第10話 剛腕怪腕
『両者! 準備が出来たら位置について!』
ノエルの隣にいた教師、ノヴの声が競技場に響き渡った。
レンとメラルは睨み合ったまま距離を離し、お互い左右のコートで構えている。その間はおおよそ20メートル。
この競技場は魔法戦闘を安全に行うために作られており、観客席の防御はもちろんのこと、競技者にも配慮されている。
両者が離れた場所から始めるのは、より安全に魔法戦闘を行うためだ。
試合開始時にはお互い離れた場所から魔法を飛ばし合い、攻撃の合間を縫って強烈な一撃、もしくはカウンターを決める。
それが、この魔法戦闘の定石。
だが、この試合に関しては、その定石は当てはまらない。
魔法の使えないレンはもちろん、メラルも同様だった。
二人がコートに記された円の中に入ると、競技場全体に光が満ちる。
試合が始まろうとしている。
そして、最上階から見下ろすヴァンが、告げた。
『試合、開始ーー!』
「ハアアアアアーー!!!!」
号令と同時に、メラルが魔力を練り上げる。
周囲に魔法陣が幾重にも重なり、彼の体からは赤い熱気が昇り立つ。
「やっぱり自己強化魔法か……!」
「おうよ! 俺の魔法は単純至極!! ”強くなってブン殴る!” それだけよ!!」
そう言うと、メラルは拳を固く握って振りかぶった。
その時メラルが取った体勢は、完全に背をピッチャーのような、砲丸投げ選手のような、いかにも全力を拳に乗せるための体勢だ。
それを見てレンは直感した。
(ーー来る! 属性魔法じゃない、足を強化して距離を詰めるワケでも、広範囲の攻撃でもない……!)
レンは先ほどの廊下で起きた出来事を、”メラルに襟首を掴まれた瞬間”を思い出す。
あの時、決して腕が届く間合ではなかった。しかし、メラルがこちらに腕を向けると、不自然に歪みつつ、一瞬でレンの襟首を掴み取ったのだ。
しかも、勘の良いレンが簡単に掴まれてしまう程、伸長にタイムラグは全く無い。
(……たぶん来るのは正真正銘の、”突き”……それも明らかに先ほど以上に強化した……)
レンは短い吸気と吐息を繰り返し、集中した。
「いっくぜぇぇぇぇ!!!!」
掛け声と共に、剛腕が空気を揺らした。
瞬間、メラルの拳は、20メートルも離れているレンの目前まで迫る。
「ーーくっ!!」
レンは辛うじて頭を振って避けた。
ーーブン!!!!
熱風と共に、聞いたことのないような風切り音がレンの耳に入る。
「……凄い魔法だ……これ、1発でも食らったら死んじゃうかな……?」
魔力の無いレンには、競技場に入った瞬間にかけられる防御魔法がかからない。
存在に違和感が出ないよう、認識阻害魔法でかかったように見せているだけだ。ある意味、サリーの組んだ術式が裏目に出ていたと言える。
「躱しやがったな! そんな避け方初めて見たぜ! おもしれぇ!!」
叫ぶメラルは再び振りかぶった。
(……連発はできないのか。それとも、そう見せているだけか……でもまずは近づかなきゃ、まだ僕の射程じゃない……)
レンは一歩、慎重に歩を進めた。
まだ遠くのメラルは魔力を練り、今にも怪腕を振るおうとしている。
一撃でも貰えば待っているのは”死”。
それを分かっていながら、レンはまた一歩、もう一歩と足を進めた。




