第63話 ザグラムの森にて
魔法都市ザグラム。
商業都市から北東に位置するこの都市には門が一つしかない。
その理由は背後に高いカブレス山と直結するような形になっているためだ。
正確には山側にも小さな門が数カ所あるが、それは魔法薬の素材収集のためであり使用しているのもほんの一部の研究者のみ。
魔王継承権第6位、プライド・オークのジードはカブレス山の森に身を潜めていた。
「……遅い」
ジードが呟くと、その吐息が白くなった。
案内人との待ち合わせの時刻はとっくに過ぎている。
人類の防衛前線を抜けた三人の魔人。
彼らにはそれぞれ任務が与えられている。
一人は商業都市メルクを破壊し国の流通を麻痺させる。
一人は亜人特区にて魔界の門を開き、魔人軍を召集。人間領内に拠点の拠点とする。
一人は魔法都市ザグラムにて魔法研究の全てを簒奪する。
一見、連携が少なく歪な作戦に見えるが、悪魔軍師ダエワの戦略とはそういうものだ。
悪手に見えても、状況が変わるにつれて最初の悪手が生きてくる。
また、単純に一都市を蹂躙できる戦力が三人の魔人にはあった。
だからこそ、連携を取る必要がないのだ。
三人の誰か一人でも作戦を遂行出来れば、前線に影響を及ぼせるほどの効果がある。
そういった理由からか、ダエワの性格故かは分からないが、彼の指示書は至ってシンプルだった。
”魔法都市にいる協力者と力を合わせて人間を恐怖に陥れよう! ★みんなの心の悪魔 ダエワより☆”
ビリビリ……
カブレス山から吹き付ける風が顔に当たる。
細かく破かれたダエワお手製のファンシー指示書は吹き飛ばされていく。
「バカらしい……。所詮人間の協力者など、アテに出来るものか。待つのはやめだ……」
ジードは立ち上がり、かけていたマントを脱ぎ去った。
すると、その逞ましい体が顕になる。
プライド・オーク。
魔人の中では新しい種類のオーク属。
強靭な肉体、高い魔法抵抗力、身体強化特化の魔力が特徴だ。
魔界での研究によれば、前世に強さへの渇望を抱いた者が転生するとされている。
ジードは前世の記憶など知らないが、確かに彼の強さへの拘りは尋常ではない。
猛者と聞けばすぐに会いに行き、立ち合いを求めた。そして、勝てない相手などいなかった。
そう、現在の魔王を除いては。
ジードは魔王と再び闘うために、魔王継承権を受諾し、幹部となったのだ。
あの闘いから10年。
リベンジを誓って、彼は死に物狂いになった。
天賦の才にに加え、死の間際を彷徨うような鍛錬。
その結果、ジードの力は魔王に匹敵するほどになった。
彼が下らなと断ずる幹部の職務などこれで最後だ。
ジードは一刻も早く魔界へ帰り、魔王と戦わなければならない。
「この程度の都市、力づくで屈服させてやる」
森の空気が張り詰める。
危険を察知した鳥達が一斉に飛び立った。
魔力と活力を漲らせ、ジードは魔法都市ザグラムへ歩を進めた。
◇
「バカな……!?」
一撃だった。
それは、剣による一閃。
ただの剣ではない。
鏡のように輝く刃、宝石のような柄、魔力を超えた神気を放つ絶剣だった。
「こ、この俺が、一振り、で……」
「あーあ、いっつもこうだ。いい加減飽きてきたな、この切れ味にも」
目の前の人間はそう呟いてジードの体を見回した。
肩から腰にかけて綺麗に別れた体を見て、眉を潜めている。
「うわーー我ながら引くなぁ……。アンタが魔人ってやつでしょ?」
「……貴様……何者だ……」
「うっわ……そんな状態で喋れるんだ。流石はファンタジーだ」
ジードは意識が溶けかけている。
だが、この男の一撃を覚えておかなければならない。
(この屈辱を、悔しさを、後悔を魂に叩き込まなければ、次の転生には必ずや……)
「な、なにもの……かはぁ!!」
「うるさいよ」
無残にも剣を突き立てられ、それ以上の言葉が紡がれることはなかった。
そうしてジードにトドメを刺した男の視界に輝く何かが映った。
「おっ……! 何コレ!」
彼が拾ったのは古めかしい鍵。
持ち手には赤い宝石が輝いている。
「あの変態王子へのいい土産ができたな。よし、帰るか」
「ゆーしゃさまー!!!」
踵を返したところで、ザグラム方面から声がした。
ちょうど振り返った先には小男が短い足で走ってきていた。
「お、そ、い!! 俺がピンチだったらどうすんだよ!」
「はぁはぁ……! すみません……」
「全く、もういいよ! それより早いとこ帰ろう」
「ええーー!! もう倒しちゃったんですか!? ハヤトさんが早すぎるんですよ!!」
「勇者! 名前で呼ぶな!!」
二人は口論しながらも、ザグラムへの帰路についた。
そうして、カブレスの森に平穏が戻った。
たった一人の、”魔法の使えない男”の手によって。
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