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エピローグ

 貴族達は宮殿の大広間から、前庭へと場所を移し、皇帝陛下と皇太子の決闘という、前代未聞の大イベントを見守る。

 始めは微妙な面持ちで見学していた彼らは、父子の真剣勝負を前に、徐々に声援を送り始める。


 ジルはそんな貴族達の輪から少し離れて立つ。


 先程の式典での衝撃的な展開について、ハイネに問い詰めたいのに、こんな状況では聞くに聞けないし、彼から上着を預かっているから、帰る事も出来ない。


 皇帝に対し、大きく踏み込んだハイネの姿を恨みがましく見つめる。


(私が伯爵って……、流石に無理よ)


 バザルやライハナに住む領民を思い返す。確かに善良な人々は居た。だけど、殺人や差別に加担する者がかなり多く、うまくやって行けそうに感じられない。

 ハイネの上着の皺を伸ばしながら、小さくため息を吐く。


――キンッ


 金属音が一際高くなり、ジルは顔を上げた。


「流石ハイネ様だ!」


「殿下の勝ちだ」


 貴族達が騒ぐ。

 ハイネが皇帝の剣を弾きとばした様だ。


(凄い……。ハイネ様、ちゃんとお強いのね)


 大歓声の中、片腕を突き上げる彼の姿が眩しい。視線が合えば、モヤモヤも忘れて頬が緩んだ。


「腕を上げたな」


「アンタに舐められ続けるのも癪だからな」


 皇帝は豪快に笑い、ハイネに向かって何か小さな物を投げた。


「受け取れ、約束の物だ。うまくやれよ」


「了解」


 何を贈られたのだろうか?

 彼等の話の内容に全く見当が付かず、首を傾げた。


「ジル! 何でそんなに離れてるんだよ。ちゃんと見えてたのか?」


 貴族達の輪を抜け、ハイネはジルの元に駆け寄って来た。


「見てましたわ。剣術も得意でしたのね」


「まぁ、コロッと暗殺されないくらいにはな。ちょっと時間くれ」


「え? はい」


 自分達だけ抜け出していいのだろうかと思い、貴族達の方を見ると、パラパラと散らばり、人数が減っていく。今日はもうお開きになったのかもしれない。


 ジルは自分の手に持つ物を思い出し、ハイネに差し出す。


「上着を着ないと風邪をひいてしまいますわ」


「アンタの方が寒いだろ」


 彼は上着を受け取ると、ジルの背後に回り、肩にかけてくれた。そして手を引かれる。


(う……。どうして色んな方々が見ているのに、いつも通りに私と接するのかしら!?)


 宮殿の中に連れられ、前を行く彼をジト目で睨む。


「もう式典は終わりなのですわよね? どこに向かってますの?」


「俺の部屋」


「え!?」


 付き合っているとは言え、いきなりプライベートな空間に踏み入れてもいいのだろうかと慌てる。


(そういえばこの前、恋人同士の行為として、お互いの私室で過ごすものだと言っていたわね。まさかそれを今日実戦なさるおつもりなの!?)


「何で赤くなってるんだ。昼飯を一緒に食おうと思っただけなんだけど」


「そうでしたのね!!」


 食事するくらいなら、大丈夫そうだ。ジルは安堵し、ホッと息を吐いた。


 青い絨毯の上を歩き、宮殿の奥へ奥へと進む。公国の宮殿の造りもそうだったが、やはり、身分の高い者の居室は深部に配置されている様だ。


 ハイネは一際大きな扉の前で止まった。

 両脇に立つ衛兵が敬礼し、「お帰りなさいませ」と言っているので、ここが彼の私室とみていいだろう。


 彼は扉を開け、中に入る。


「お邪魔します……」


 シンプルながらも、センスの良い部屋だ。

 色をそろえた調度品は、一歩間違えると無機質な印象になりそうなのに、そうなっていないのは、一品一品が凝った細工が施されているからだろう。

 清涼感のある香りが彼らしい。


(私、同年代の男性の私室に入るの初めてなのよね……)


 部屋の中央で手を放されたものの、どうしていいか分からず、その場でクルクル回る。


「何やってんだ……。回転してないで、カウチに座ってて。俺はお茶貰ってくるから」


「あ、はいっ」


 彼に働かせるのは抵抗があるものの、宮殿の構造も知らないので、自分が行くとも言えず、大人しくカウチに腰かける。

 室内をボンヤリ見回していると、ハイネがトレーを手に戻って来た。カップを二つローテーブルに置き、ジルの隣に座る。


「向かいに座りませんの? どうして隣に……」


「俺の部屋なんだから、どこに座ろうと俺の勝手だろ」


「う……」


 彼から注がれる視線に再び落ち着かなくなり、持って来てもらったお茶を口にふくむ。飲みやすい温度のハイビスカスティーは酸味があるものの、許容範囲内なので美味しく感じる。

 少し気分がスッキリし、式典の事を聞きたくなる。


「私が伯爵って……、何かの間違いですわよね?」


「さっき説明しただろ? アンタはマリク伯領の税収で、前伯爵への貸付金残高に充当すればいいだけ。放置しておくには、気の毒なくらいの金額だった」


「もしかして、イグナーツから聞き出しましたの?」


 会社の内部事情が漏れてしまっている事に、若干気分が悪くなる。


「そう! たまたま二人で話す事があったから、アンタの会社について色々聞いといた」


(この人、絶対イグナーツから情報を仕入れる為に、わざわざ私のいない時を見計らって会いに行ったわね……。時々純粋に見えるからといって、油断できないわ……)


 つい胡乱な目つきで彼の顔を見てしまう。


「まぁ、爵位は高いにこしたことないだろ? ちょうど良かったな!」


 爽やかな笑みを向けられても、ジルとしては微妙な気分のままだ。


「でも、たった五年とはいえ、あれだけ広大な領地の管理なんて出来ると思えなくて……」


「心配するな。困った事があったら協力するから」


「それは……心強いですけど」


 ジルの言葉に、ハイネは嬉しそうにニンマリとした。


「爵位については改めて文書を送らせるから。それよりさ、さっき、親父と決闘した時、何をかけていたと思う?」


 急に話題を反らされ、ジルはキョトンとした。皇帝から小さな物を渡されていたのは目にしたが、それのことを言っているのだと分かるが、良く見えなかった。


「さぁ……? 分かりませんわ」


 ハイネは頷き、ポケットから小箱を取り出した。紅色のビロードが貼り付けられたそれは、アクセサリーでも入っていそうに見える。


 蓋が開けられる。中に鎮座していたのは、大粒のダイヤモンドがセンターストーンとして使われた指輪だった。石は大きさもさることながら、その透明度の高さからも、相当価値ある代物のようだ。


「綺麗、ですわね」


「これは、母の遺品なんだ。親父が結婚を申し込む時に渡したらしい」


 皇族ともなると、これ程の指輪を婚約指輪にしてしまうのかと、ジルは目を丸くする。


「ハイネ様はお母様の遺品を傍に置いておきたくて、皇帝陛下から譲ってもらったんです?」


「そ、そんなわけないだろ! 何でボケるんだよ。ワザとなのか?」


 何故急に怒られなければならないのか分からず、ジルは頬を膨らませた。


「分からないから聞いたのに、そんな言い方しなくてもいいでしょう?」


「あー。そうだよな……。悪かった」


 ハイネは素直に謝り、小箱の中から指輪を取り出した。


「アンタにこれを付けてほしいんだ」


「……私に?」


「そう。アンタに。一度ちゃんと言わなきゃいけないと思って……」


「む……」


「俺と結婚して」


 真っ直ぐに見つめる眼差しは、真剣そのもの。彼は冗談を言っているわけではないのだ。


「答えは『はい』しか認めない。最長でも五年内――マリク伯領を返還するまでには、アンタを嫁にするつもりだから」


「ご……五年……」


 結婚については、去年騙される様に母国の大公に嫁がせられた苦い経験から、これまでハイネから話を持ち出されても、それとなく話を逸らすなどしてかわしてきた。彼はそれを良く思わなかったから、こうして目に見える物で実感を持たせたいのかもしれない。


 ハイネの事は好きだ。たぶん……何もかもが。


 でも、結婚した後、愛だけじゃやっていけない事が分かるから怖いのだ。

 利用されたり、期待に応えられなくて幻滅されたり。たぶん色んな事がある。好きだからこそ、余計に傷つくんじゃないだろうか?


 だけど、こうして彼と交際して、出会いのチャンスを奪っている以上、無責任に逃げ続ける事も出来ない。


 覚悟を決め、ノロノロと彼の前に左手を差し出す。


「く……ください……」


「もっと嬉しそうな顔しろよ」


 彼は苦言を呈しながらも、ホッとした表情でジルの手を掴む。


 薬指に指輪が通されていく。

 直前まで微妙な気分だったのに、指輪という拘束具で彼に捕らわれていく様な光景が、甘い様な感覚をもたらした。

 不思議とぴったりはまったのは、何の偶然か?


(私、本当に将来ハイネ様と結婚するのね)


 ストンと地に足が付いた様な感覚だ。

 思えば、この国に来てからずいぶんフワフワと、自分の所属する国すらよく分からないままに、暮らしていた。

 ジルに居場所を与えてくれたハイネに対し、何故か強い不信感を感じ、彼を傷つけた事もあった。


 それなのに、彼はちゃんと向かい合ってくれた。

 今度は自分が、彼を思いやる番なのかもしれない。


「大切にします」


 二つの意志を込めた言葉を紡ぐ。


「俺も……大事にするから」


 引き寄せられた腕の中で目を閉じると、漸く彼との未来が見えた気がした。



ここまで読んでいただいて有難うございます~(∩´∀`)∩


新連載を開始しましたので、お時間ある方は是非みにきてください

https://kakuyomu.jp/works/1177354054896088693

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