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19話* 「やっやっと終わった」

いつも以上に騒がしいリストス城に黒百合塔から少しだけ見える城下街もいつもと違う雰囲気だ。

今日は式典当日、盛り上がりを見せる街とお城に私は緊張のあまり喉もカラカラ、心臓もバクバクだ。速く言ってしまえばもう黒百合塔の自室から一生出たくないくらいに憂鬱だ。


「はぁ・・・・・」


昨晩から何度目かも分からない大きなため息を吐いているのだが、私の自室の扉を叩く音が響き、私はビクリと反応する。


「黒姫 そろそろリストス城に向かい式典の準備をする」


私を呼びに来たのはルキリス、いつも通りの美声で私を地獄へと連行しようとしてくる。

引き籠りたいと思う訳だが、そんな事をしたら皆に迷惑を掛けてしまうと分かっているため、ソファに縫い付けられていた腰を力いっぱいあげた。


「分かった すぐ行く」


そう口では言うもののやはりあまり行きたくはない、舞とかワルツとかで間違えたりしたらディアス父様とかに迷惑掛けたりしないかなとか思ってしまう。

童話とかのお姫様たちは強靭な心を持っているに違いない自分から舞踏会に乗り込むくらいだ、本当に尊敬するその心を私にも少しくらい分けて欲しい。


「はぁ~」


もう一度大きなため息を零し部屋の扉を開いた。






リストス城の一室で私はあのヒラヒラフワフワのローブに袖を通していた。

分かっていたが本当に踏んで転びそうな長さだ、転ばないようにしないとと心に誓う。

パサパサと化粧を施してくれているのはリリア姉様だ普通は化粧師さんがするらしいのだがリリア姉様が自分でやると聞かなかったと黒百合塔の使用人さんが教えてくれた。


「ふふふ 今日は腕によりをかけてアイちゃんを可愛くしてあげるわ」


頬を上気させながらキラキラとした目でパサパサと化粧を施してくれている。

気合十分過ぎて少し引いている。


「あのリリア姉様 そんなに気合いを入れなくて良いからね その舞の時はたぶんフードで顔隠れるしさ!」

「なに言ってるのよ 今日はアイちゃんの為の式典なんだから主役が着飾るのはあたりまえだわ」


腕でこぶしを作りギラギラした目で言い切る姉に「はい」としか返事が出来なかった。

最後に唇にコーラル色の口紅を差す。


「ふふふ 出来たわよ」


満足そうに微笑むリリア姉様は手鏡を渡してくれた。

そこに映るのは相変わらず地味な私だが、いつもよりは頑張っている感じはする。


「ありがとう リリア姉様」

「本当に綺麗よ アイちゃん お礼なんていらないわよ それじゃあ私も準備があるから行くわ」


妹馬鹿の姉様は嬉しそうに頬笑み、私に投げキッスを渡し颯爽と部屋から出て行く姿を見送る。

次に部屋に入ってきたのはルキリスだった今日の服装はいつものローブをもう少し派手にしたような装いをしている。


「黒姫 そろそろ式典が始まる 広間に向かう」


とうとう式典が始まる。

リリア姉様に3週間みっちり教えてもらったのだ、目に余るほど下手な舞をするのだけは避けたい。


「がっ頑張る」


小さく気合いを入れているとルキリスが頭をポンポンと撫ぜてくれる、その姿に驚いたが今では少しだけ落ちついた。


「この3週間 お前は頑張っていた 問題なく式典を終えられる」


目元を少しだけ柔らかくしてそれだけ言い、そっと離れるルキリスにコクリと頷き、ローブに付いているフードを被る。


「ディアス父様たちに迷惑だけは掛けないようにするから」

「お前の舞楽しみにしているぞ」


面と向かってそう言われてしまうと少しだけ照れる。


「あんまり期待しないように」


ルキリスがふっと頬笑みクルリと向きを変えて扉へ向かう姿に私も後に続く。

広間に近づくにつれて賑やかな声が耳に届くようになる。

リストス城の広場に一番近い場所で待機しているのだが、この場所からならば広間の様子が少しだけ分かる。街の鐘が一度鳴ると同時に城の前に並んでいた紺色の軍服を着ていた兵士さんたちが剣を上にあげると同時に無数の花火が上がり、リストスの民衆の歓声が響き式典が始まる。


お城のバルコニーに居ると思われるディアス父様が高らかに言う。


「我が国の新たなる姫の誕生をここに宣言する」


その声と同時に広間に居た、アレス兄様とカイト君が広間の中央へ向かう。

服装は薔薇をモチーフにしたであろう煌びやかな軍服、アレス兄様は白、カイト君は黒だ。手には私がオールさんに作ってもらったものと同じ種類だと分かる自分自身の身長よりも長い綺麗なロッドを持っており、どちらも美しくとても彼らに似合っている。

広場に中央に立つと民衆たちから黄色の声援が飛び交う。


「きゃあああああ 黒薔薇様」

「あぁ 今日も麗しい白薔薇様」

「もう死んでもいいわ」


あれだけの美系だファンが居るとは思うがここまで人気だったとは美系の恐ろしさを改めて確認する事になった。アレス兄様はニコリと頬笑み、カイト君は頷き、彼らが美しく舞った。

鋭くてそれでいて華やかな舞、そして広間に薔薇の花びらのような白い光と雪のような緑色の光が降り注ぐ、それはもう幻想的で美しい。

その舞に先ほどまで騒いでいた女性たち、更には男性たちも息を飲んだ。


「凄く綺麗 けどあの光って・・・」


私の口から自然と出た言葉に傍に居たルキリスが口を開く。


「あれが魔光だ」


エリス母様が少し前に教えてくれた広間で踊ったり大きな魔法を使う時に発生すると言われる光。話だけ聞いた時も凄いなと思ってはいたが、本物はそれ以上だ。

エリス母様は私にも出るはずと教えてくれたがあんなのが自分が舞った所で発生するとは思えない、本当に魔法の魔の字もない一般ピープルには夢のまた夢だ。


「凄く綺麗 けど私にはちょっと無理があると思うけど」


それにあそこまで完璧で美しい舞を見せられて、次に私が踊るとはどんな鬼畜プレイだよ!無理だ!まじで無理だ!!心の中で叫ぶ私だが時は無情にも進みアレス兄様たちの舞が終わる。


「今日この広場に集まってくれた国民たちよ ありがとう 今より、新たなる姫 アイ=フィミリスによる継承の舞である」


ディアス父様の声が響く、なんか緊張して胃が痛くなってきたような気がする。


「あっあのルキリス やっぱり舞いは止めた方がいいと思うけど」


私が目を泳がせながら言うがルキリスは無表情のまま私にロッドを無理やり持たせ、魔導書を広げる。


アレっ!?なんか嫌な予感がするんですが・・・・


「ルキリス落ちつい「転移魔法 オルト 黒姫を広場の真ん中へ」」


私の制止を無視して魔法を唱えると私は広場に立っていた。

目線が私に注目し静まり返る。


そりゃそうだよね!

バクバクドキドキしている心臓だがもうここまで来たらやるしかない、どうせフードで顔分からないしもうなるようになれ!!






魔法の国リストスの新たなる姫の継承式典を行う。

そんな書状がリヴィール連合国の各国に魔法で送られてきていた、水の国アビリスも例外ではない。緑と花の国リストスと呼ばれる事もあるがリストスはリヴィール連合国の中でも抜きんでた魔法技術を持っており、他国では使える者がごくわずかしかいない高位魔法を使える者が複数存在する為、魔法の国と呼ばれる事の方が多い。その為、リヴィール連合国の中でも少しだけ目立つ国、そんな事もありその書状に各国の王族たちは騒いでいる。

なぜなら、リストスの王族ともなれば高位魔法を使える者がほとんどなのだ、まぁリストスに他国より嫁入りした場合は別なのだが、そのリストスの王族と婚姻関係を結び子をなせば自国の王族にも高位魔法を使う者が現れる可能性が出てくるのだ。その為、リストスの姫には他国からの縁談話が絶え間なく来るとの事、だがリストスの王族は自由恋愛を推奨しており姫が良しとしない相手とは縁談が進まず、顔合わせる事など夢のまた夢との事。良い例としてはリストスの第1姫リリア様だ、美しい容姿と華やかさを持つ彼女には年端もいかない頃からたくさんの縁談が来ていたらしいのだが、“私の恋人は実験だわ”と言い捨てすべて蹴ったらしく、もうリストスの姫と婚姻関係を結び子をなすなど無理な話だと諦めていた他国の王族だが、今回の書状にまた希望を見いだしているらしい。


僕はリストスの新たなる姫を知っている、少し前にリストスに兄様を探しに足を運んでいた時に出会った、強い意志を持ったまっすぐな目をした彼女の名はアイ。

出会いはリンゴをぶつけられると言うとてもアグレッシブな感じだったが、少しだけ話しただけで心惹かれたのだ、見ず知らずの相手にも真剣に向き合う姿に何度でも会いたいと思った。

リストスの継承式典に参加したいと父上と母上に言った時はとても驚いた顔をしていたが、今では“全力で落としてこい”と言われている、そんな事を父上たちに言われなくとも彼女に僕の事を好きになって欲しいと心から思う、たとえ恋敵が心から尊敬している兄だとしてもだ。


僕が招待を受けているのは夜の舞踏会だがリストスに少しだけ早く到着した為、以前のようにマントを羽織りお忍びで街を歩く、リストス城の広場は式典という事もあり公開されていた。

その広間に目を向けると二人の青年が美しい舞いを披露していた。確か彼らはこの国の第1王子のアレス=フィミリス様と第2王子のカイリ=フィミリス様だ。魔法王の息子ということもありどちらも美しい容姿を持ち、国民からの信頼も厚く他国の姫君も夢中な者が多いと聞いていたが、彼らの舞いの華やかさと魔光の幻想的な光に男の僕でさえ息を飲む。彼らの舞が終わると同時に魔法王が高らかに叫んだ


「今日この広場に集まってくれた国民たちよ ありがとう 今より、新たなる姫 アイ=フィミリスによる継承の舞である」


その愛しい人の名に広間に更に近づくと広間の中心に美しい藍色の光と共に彼女が現れる。美しい水色のローブと銀色のロッドを手にしている。彼女がロッドを握りクルリと回るそして舞う。先ほどのアレス様やカイリ様の舞いも華やか美しかったが彼女の舞は水が光を反射するように静かな美しさを持っている様に感じる。丈の長いローブは彼女が動くと同じようにヒラリと動き、ロッドを振ると何処からともなく美しいピンク色の小さな花びらのように光が舞った、リヴィール連合国では見たこのない花びらだが何処となく儚い美しさを感じる。周りの国民たちも息を飲みその舞を見ていた、数分の舞が終わると同時に彼女はフワリと地面に座ると広場に現れた時のように藍色の光と共に消えた。


数分の沈黙ののち、パチパチと小さな拍手から始まり、数秒後には大きな拍手が広場を埋め尽くし、歓声が上がる。


「とても綺麗な舞だったわね」

「あぁ黒薔薇様も白薔薇様の舞いも美しいが、黒百合姫様の舞いもまた違った美しさがあるな」

「えぇ本当に素敵だったは」

「素敵な姫様がリストスに来てくれて良かった」


強く気高い彼女がやはり僕は好きなのだ。






舞いが終わると同時にルキリスが魔法で元の場所に転移させてくれたらしい。


「やっやっと終わった」


へなへなと座り込むとルキリスが頭にまた手を載せポンポン頭を撫ぜる。

子供扱いしているのか!?と突っ込みたい所だが彼のこの行動に私の心は少しだけ落ちつくのだ。


「よくやった 黒姫」

「魔光発生して良かったよ 本当に」


ぐったりと力尽きている私だが魔光が発生しないかと心配したがちゃんと光が舞っていた。なんか桜の花びらみたいなのが舞っていたのだ 成功と言えるだろう。


「次は舞踏会か」


ゲッソリとそう呟く。

姫とはなかなかの重労働である。


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