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元・悪童王子は、愛する公爵令嬢のために元取り巻きを断罪する

 元取り巻きたちが集まる夜会は、王都の一角にある侯爵家の別邸で開かれた。


 表向きは若手貴族の親睦会。


 だが、招待状を受け取った瞬間から、アルベルトには分かっていた。


 これは、ろくでもない集まりだ。


 磨き上げられた床。きらびやかなシャンデリア。上質な酒と料理。


 見た目だけなら華やかだが、空気の底には、妙にぬるい油のような不快さが漂っている。


「殿下!」


 真っ先にやってきたのは、筆頭取り巻きだったヴィクトルだ。


 以前より頬がこけているが、媚びた笑みだけは変わらない。


「お久しぶりです。お招きに応じてくださるとは、まだ我々を見捨ててはいなかったのですね」


「……そうだな」


 アルベルトは薄く笑った。


 胸元には、セシリアから渡された極小の録音魔導具が仕込まれている。


 今夜の目的は一つ。


 相手に、自分たちの口で罪を吐かせることだ。


 案の定、男たちはすぐに酒を勧めてきた。


「殿下、最近はずいぶん真面目にされているとか。公務も学問も、ほどほどでよろしいではありませんか」


「そうですとも。あの堅物な公爵令嬢に付き合っていたら、息が詰まるでしょう?」


「女のくせに数字だ書類だとうるさい。王子たるもの、もっと豪快であるべきです」


 アルベルトは表情を崩さない。


「……それで?」


 促すと、ヴィクトルはにやりと口元を歪めた。


「殿下さえその気になれば、また以前のように自由になれます。あの女を追い出してしまえばいいのです」


「あの女、ね」


「ええ。所詮は公爵令嬢。王子である殿下に指図など、分を弁えておりません」


「洗脳でもされているのではありませんか? でなければ、殿下があそこまで従う理由などありません」


「本当に厄介な女ですよ。色気も愛嬌もなく、まるで会計官のようだ」


「殿下もお気の毒です。あの女さえいなければ、また以前のように楽しく遊べるのに」


 くつくつと笑いが漏れる。


 その瞬間、アルベルトの指先がわずかに強張った。


 自分のことを馬鹿にされるのは構わない。


 事実、昔の自分はそうされて当然の愚か者だった。


 だが、セシリアを侮辱されるのは耐え難かった。


 彼女は誰よりも真剣に、この国と自分に向き合ってくれた人だ。


 それを何も知らないくせに、好き勝手に貶めるな。


 胸の内で燃え上がる怒りを押し殺し、アルベルトは静かに問うた。


「以前のように、か。たとえば、どんなふうに?」


 あえて愚かだった頃の自分を思わせる声で問い返すと、男たちは安心したように口を軽くした。


「もちろん、以前のように楽しみましょう。すでに手は打ってあります」


「手?」


 ヴィクトルが声を潜める。


「隣国との貿易協定に関わる予算です。あれを少し動かせば、かなりの金になります。表向きは物流整備費として流し、差額をこちらへ。殿下のサインひとつで済むよう、書類も整えております」


「ほう」


「それだけではありません。反対する役人には圧をかけます。必要なら、セシリア嬢が勝手に処理したことにして、責任を押しつけてもいい」


「そうだな。女一人に罪を着せるくらい簡単だ」


「泣いて公爵家に帰るのが関の山でしょう」


「いっそ殿下の婚約話に傷がついたとでも噂を流してやれば――」


 そこで、アルベルトはゆっくりと酒杯を置いた。


 かちり、と小さな音がしただけなのに、周囲の空気が変わる。


「話は終わりか?」


「……殿下?」


 男たちが怪訝そうに目を瞬かせる。


 アルベルトは静かに立ち上がった。


 かつてのような、気まぐれで愚かな王子の顔ではない。


 セシリアの隣で学び、責務を知った王族の顔だった。


「残念ながら、私はもう、あの頃の愚かな王子ではない」


 ひやりとした声が、広間に落ちる。


「セシリア様は私に教えてくださった。王族とは、特権ではなく責任そのものだと。国家の損失を見逃すことは、王族であることを放棄するのと同じだと」


 ヴィクトルの顔色が変わった。


「で、殿下……何を……」


「君たちは、私を利用して金を奪い、国に損害を与え、挙句の果てに私の教育係へ罪をなすりつけようとした」


 アルベルトは胸元から録音魔導具を取り出した。


 淡い光が、小さく瞬く。


「証拠は十分だ」


 男たちの顔から血の気が引く。


「では、セシリア様の教えに従って――いや、王族の責務として、君たちを裁定しよう」


 その言葉と同時に、扉が大きく開いた。


「王宮騎士団である! 誰も動くな!」


 踏み込んできたのは、武装した騎士たちだった。


 先頭に立つ騎士団長の厳しい視線が、広間を射抜く。


「なっ、何の真似だ!」


「無礼だぞ!」


「殿下、これは誤解です!」


 男たちは口々に叫ぶが、もう遅い。


 騎士団長は冷淡に言い放った。


「予算流用の企て、王族の権威を利用した不正、ならびに公務妨害の嫌疑により、身柄を拘束する」


「ま、待ってくれ! 殿下、私はあなたのためを――!」


「私のため?」


 アルベルトは彼を見下ろした。


 その眼差しに、かつての甘さは一片もない。


「お前たちは、私の愚かさに群がっていただけだ」


「違う、違うんです! 我々はただ――」


「黙れ」


 低いひと言に、広間が静まり返る。


「私は、セシリア様に恥じぬ王子でありたい」


 その言葉は、怒鳴り声よりもずっと重かった。


「そのために、民の暮らしを踏みにじる不正を見逃すつもりはない」


 騎士たちが男たちを取り押さえていく。


 床に崩れ落ちる者。


 喚く者。


 許しを請う者。


 かつては自分の周りで笑っていた者たちが、今はみっともなく取り乱していた。


 だが、アルベルトの胸にあったのは、奇妙なほど静かな感覚だった。


 これで終わる。


 セシリアの教えを、ひとつ形にできた。


 それだけでよかった。


     ◇


 数日後。


 セシリアは教育期間の終了を告げるため、王宮を訪れていた。


 執務室には午後の光が差し込み、机の上には整然と書類が並んでいる。


 以前のアルベルトなら考えられない光景だった。


「アルベルト。本当に立派になりました」


 セシリアは優雅に微笑む。


「元取り巻きたちの件も見事でした。証拠の押さえ方、騎士団との連携、断罪の手順。どれも申し分ありません」


「……ありがとうございます」


 褒められて嬉しいはずなのに、胸の鼓動はそれどころではなかった。


 今日、言わなければならない。


 今を逃したら、きっともう機会はない。


 アルベルトはぎゅっと拳を握りしめ、真っ直ぐにセシリアを見つめた。


「セシリア様。私は、もう貴女の教え子や弟ではありません」


 セシリアが小さく目を見開く。


「私は、セシリア様を愛しています」


 言ってしまった。


 喉が焼けるように熱い。


 顔も、きっと真っ赤だ。


 だが、目だけは逸らさない。


「貴女に見合う男になるために、私は努力してきました。これからも、この国のために働きます。だからどうか……いつか、対等な相手として、私の隣を考えていただけませんか」


 人生で最も勇気を振り絞った告白だった。


 セシリアは、しばらく黙ってアルベルトを見つめた。


 そして――


「――よく言えました!」


 ぱあっと花が咲くような笑顔を浮かべたかと思うと、彼女はアルベルトの頭をぽんぽんと撫でた。


 優しく。


 迷いなく。


 まるで本当に、よくできた子どもを褒めるように。


 アルベルトの思考が止まる。


「アルベルトは本当に立派な王子になりましたね。私にとってあなたは、国を任せられる誇らしい弟のような存在ですわ」


「…………は?」


 思わず、間の抜けた声が漏れた。


 だが、セシリアは気づかない。


「あなたを教育できたことは、公爵家を継ぐ私にとって最高の栄誉です。叔母上にも安心していただけますし、本当に良かった」


「お、弟……?」


「ええ。弟のように大切な――」


「私は弟ではありません!」


 思わず声が大きくなる。


 アルベルトは反射的にセシリアの手を取っていた。


 だが、強く掴みすぎたと気づき、慌てて力を緩める。


「その……私は、本気で……」


 言葉に詰まる。


 セシリアは掴まれた手をそっと引き抜き、くすりと笑った。


「あら。生意気になりましたね」


 楽しそうで、でもどこか困ったような、柔らかな笑みだった。


「ですが、その自信は良いことです。これからも、その調子で励みなさい」


 だめだ。


 まるで通じていない。


 立派になった。


 成長した。


 頼もしい。


 そう褒められるたび、アルベルトの恋心はきれいに「弟」へと分類されてしまう。


 セシリアは最後に一礼した。


「では、私はこれで。殿下の今後のご活躍をお祈りしております」


「セシリア様……!」


 呼び止めても、彼女は優雅に微笑んだまま王宮を後にした。


 扉が閉まったあと、アルベルトはしばらくその場に立ち尽くしていた。


 やがて、ゆっくりと机に突っ伏す。


「弟なんて嫌だ……」


 くぐもった声が、誰もいない執務室に響く。


「私は、セシリア様と結婚したいんだ……!」


 元・悪童王子は更生した。


 公務も学問も断罪もやり遂げた。


 国を背負う覚悟もある。


 けれど、敬愛する公爵令嬢の「弟」からだけは、どうしても卒業できなかった。


     ◇


 その頃。


 公爵邸。


 執務机に向かっていたセシリアは、書類に署名する手をふと止めた。


「……まったく、あの子ったら」


 アルベルトの真剣な眼差しが、脳裏に浮かぶ。


 あれは、年下の王子の気まぐれな戯れ言などではなかった。


 本気だった。


 それが分かったからこそ、少しだけ困る。


「生意気な告白をして……」


 小さく息をつき、窓の外を見る。


 夕暮れの光が庭を淡く染めていた。


 胸の奥に、かすかな引っかかりが残っている。


 本当に、自分にとってアルベルトは「弟」なのだろうか。


 努力して、立ち上がって、責務を果たし、まっすぐ自分を見つめてきたあの子を思い出すと、ほんの少しだけ頬が熱い。


「……少し、寂しいような気もするわね」


 その呟きを聞く者はいない。


 セシリアは静かに微笑み、再びペンを取った。


 だが、完璧な公爵令嬢の胸の奥を、ひとりの「愛しい教え子」の真剣な眼差しが、確かに揺らし始めていた。


 だからこれは、元・悪童王子の更生物語であり――


 敬愛する公爵令嬢の「弟」から卒業するための、長い初恋の始まりでもあった。

最後までお読みいただきありがとうございました!


更生も断罪も完璧だったのに、セシリアにはしっかり弟扱いされてしまったアルベルトでした。


頑張る方向は全部合っているのに、恋愛だけどうしても噛み合わないのが、彼らしいなと思っています。


個人的には、これからもアルベルトが真っ赤になりながら必死に恋をして、セシリアが「立派になりましたね」と全然ズレた褒め方をしてほしいです。


そんな二人の続きも、また書けたらと思っています。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります!

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― 新着の感想 ―
自堕落取り巻きは任命を許可した王の責任にもなるから王子自身やらせるのが最初から最終課題だったんだろうな。 王子自身も好きな女性から弟扱いという非公式に数年間の自堕落のツケを払ってますが(笑)
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