前フリ
#Nolaの三題噺
水族館 イヤホン 嘘吐き
https://x.com/i/status/2070415687148085671
毎月第一と第三土曜日。わたしはいつもの水族館へ行く。それが習慣になったのは、二年近く前だった。
元カレに振られたのがきっかけ。いっしょに来るはずだったのに、ひとりでやって来た。ムシャクシャしていたのに癒されて、それで通うようになったんだ。
そのうちわたし以外にも、常連さんの顔ぶれがわかるようになった。水族館に足繁く通う人がいるなんて、自分がそうなるまで知りもしなかった。お互い名前は知らないけれど、すれ違えば会釈くらいはする。そんな人が数名。
周囲の音の中の静けさを、そして集団の中の独りを、愛している人たちだと思う。それが理解できるようになったくらいには、おひとり様にも慣れてきた。
「ねえ、ちょっと」
そのうちのひとりの男性から声をかけられたのは7月の第三土曜日。昼過ぎ。そんなことがあるんだと、びっくりした。
「さっき、すれ違ったとき。たぶん、あんたのバッグに、俺のイヤホンが、落ちて入った」
「ええ?」
あわててわたしは深底トートを覗いた。たぶん下の方に転がり込んでしまって見えない。その場でしゃがんで中を漁ろうとしたけど、男性は「いい、急いでるから」と言う。
「また、来るんでしょ。連絡先教えとくから、みつかったら教えて」
「ええ、あ、はい」
そう言われて、流れでIDを交換した。家に帰って探したら、たしかに左耳のイヤホンがひとつ。
『見つかりました』
『助かった、取りに行く、どこまで出てこられる?』
『水族館に行ったときじゃダメですか?』
『ないと、なんか調子が悪いから』
「——というのが今カレとの馴れ初めで」
「それ聞くの三億回目だから」
「最初は嘘吐きって思ったけど、でもわたしと連絡先交換するために、いろいろ作戦練ったのかなーって思ったらかわいくなって」
「それも百兆回聞いた」
「ということで、結婚式の友人スピーチ頼む」
「前フリ長いんだよ。おめでとう!」




