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回復魔法が万能な異世界で「治療魔法を使うな」と言ったら追放された 〜何もしない治療師の、静かな異世界譚〜  作者: 蒼野澪
第一部 効かない祝福

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第4話 半死の少女

 夜になっても、治療所の明かりは消えなかった。


 英雄の隊が持ち帰った傷は深く、数も多い。治療魔法の光が何度も瞬き、そのたびに誰かが助かり、誰かが運ばれ、誰かが静かに息を引き取った。


 俺は、治療所の隅で壁にもたれていた。


 もう手を出すな、という空気がはっきりと流れている。露骨に言われたわけじゃない。だが、視線と沈黙がそれを語っていた。


(……まあ、そうなるよな)


 理解できる。自分でも、同じ立場なら同じ判断をするかもしれない。


 そんな時だった。


「……お願い、です」


 か細い声が、喧騒の中で不意に届いた。


 振り向くと、年老いた女が立っていた。震える手で、俺の袖を掴んでいる。


「この子を……見てください」


 女の後ろには、布に包まれた小さな体があった。担架ですらない。抱えられるほど軽い。


「治療魔法は、もう……」


 言葉の続きを、女は飲み込んだ。


 俺は一瞬、治癒師たちの方を見た。忙しなく動く背中。こちらを見る者はいない。


「……いいのか」


「え?」


「俺は、さっき問題になった“あれ”だ」


 女は一度だけ瞬きをし、強く頷いた。


「それでも……この子は、もう……」


 覚悟を決めた顔だった。


 俺は、ため息を一つ吐いて、少女の前に膝をついた。


 布をめくると、顔色は土気色で、呼吸はほとんど感じられない。胸も腹も、ほとんど動いていなかった。


 ――半死。


 生きているとも、死んでいるとも言い切れない状態。


「……魔力暴走だな」


 独り言のように呟く。体内の流れが、完全に壊れている。あちこちで詰まり、逆流し、滞留している。


 治療魔法が効かないのも、当然だった。


「戻れるか……?」


 俺は少女の首筋に指を当て、微かな脈を探す。あった。細く、弱く、それでも確かに。


「……まだ、戻れる」


 女が息を呑む。


「本当、ですか……?」


「保証はできない。でも、何もしなければ、確実に終わる」


 選択肢は、それだけだ。


 俺は少女の身体をゆっくりと横にし、まず呼吸を整えるところから始めた。だが、意識はない。指示は通らない。


(なら、外からだ)


 腹部に手を置く。冷たい。いや、冷たさすら感じにくい。流れが、ほとんど止まっている。


 いきなり動かすのは危険だ。


 俺は、自分の呼吸を意識した。吸って、吐く。吐く方を、長く。


 それに合わせるように、手を置くだけで、圧はかけない。ただ、待つ。


 時間が、妙に長く感じられた。


「……何をしている」


 低い声が背後から聞こえた。


 振り向かなくても分かる。中年の治癒師だ。


「治療だ」


「触っているだけじゃないか」


「今は、それでいい」


「……正気か?」


 答えず、再び少女に意識を戻す。


 やがて、指先にわずかな変化が伝わった。ほんの一瞬、脈が強く打った。


(今だ)


 俺は、最初の一点にだけ、極めて弱い圧をかけた。


 少女の喉が、かすかに鳴る。


「……っ」


 女が、口を押さえる。


 呼吸が、ほんの一瞬だけ戻った。


 そこからは、ひたすら地味な作業だった。押して、緩めて、待つ。場所を変え、また待つ。


 派手さはない。光もない。奇跡のような演出もない。


 あるのは、時間と、集中だけだ。


 どれくらい経ったか分からない。


 少女の胸が、はっきりと上下した。


「……息、してる……」


 女の声が震える。


 俺は、まだ手を離さなかった。ここで油断すれば、すべてが逆戻りだ。


「水を。さっきと同じだ。喉を濡らす程度で」


 女は何度も頷き、慌てて器を持ってくる。


 数滴の水が、少女の唇に落ちる。


 そして――


「……おば、あ……」


 掠れた声が、確かに聞こえた。


 その瞬間、女が泣き崩れた。


 治療所の一角が、静まり返る。


 治癒師たちも、さすがに無視できなくなっていた。数人がこちらを見て、言葉を失っている。


 俺は、ゆっくりと手を離した。


「……今日は、ここまでだ。無理に動かすな。絶対に」


 女は何度も頭を下げた。


「ありがとうございます……ありがとうございます……」


 俺は、首を横に振った。


「感謝は、いらない」


 本音だった。感謝されるほどのことはしていない。ただ、間に合っただけだ。


 だが――


 背中に、嫌な視線が集まっているのを感じる。


 救ってしまった。


 それが、この村で何を意味するのか。

 俺はもう、分かり始めていた。


 夜は、まだ終わらない。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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