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回復魔法が万能な異世界で「治療魔法を使うな」と言ったら追放された 〜何もしない治療師の、静かな異世界譚〜  作者: 蒼野澪
第一部 効かない祝福

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第3話 治ったのに、信用されない

 治療所は、完全に混乱していた。


 英雄の隊が戻ったことで、負傷者は一気に増えた。血の匂い、汗の匂い、焦りと恐怖が混ざり合い、空気が重く淀む。治癒師たちは光を絶やさず、詠唱の声が途切れることはない。


 ――それでも。


「……おかしい」


 治癒師の一人が、声を潜めて呟いた。


「治療は終わっているはずなのに、顔色が戻らない」


 寝台に横たわる兵士は、傷そのものは塞がっている。血も止まり、外見上は“治った”状態だ。だが呼吸は浅く、腹がほとんど動いていない。


 俺は、その様子を見て小さく舌打ちした。


「だから言っただろ……」


 誰に聞かせるでもない独り言だったが、近くにいた若い治癒師が反応した。


「何か言いましたか?」


「いや。ただの愚痴だ」


 本当は違う。これは愚痴じゃない。結果だ。


 治療魔法は傷を塞ぐ。だが、塞ぐだけだ。流れを無視して閉じれば、行き場を失ったものは内側で暴れる。


「……お前」


 さっきから俺を警戒していた中年の治癒師が、鋭い視線を向けてきた。


「また、触るつもりか」


「触らないと、こいつは数刻ももたない」


「外傷は治っている!」


「外が問題じゃない」


 俺は兵士の腹に手を当てた。冷たい。さっき助けた男とは違う冷たさだ。流れが途中で止まり、戻る力すら残っていない。


「……もう、遅いかもしれない」


 治癒師たちの顔色が変わる。


「どういう意味だ」


「今すぐ調整すれば、助かる可能性はある。でも――」


 俺は言葉を切った。


「この状態を作ったのは、治療魔法だ」


 その瞬間、空気が凍りついた。


「……今、何と言った」


「聞こえた通りだ」


 治癒師の一人が声を荒げる。


「治療魔法を侮辱する気か!? 神殿が築き上げた——」


「侮辱してない。ただ、向いてない場面があるって言ってるだけだ」


 だが、その言葉が届く前に、兵士が大きく息を吸い、苦しそうに身をよじった。


「ぐ……っ」


「来た……!」


 俺は即座に圧をかける位置を探った。だが、遅い。流れはすでに内側で暴れ始めている。


「押さえろ!」


 数人が兵士を押さえつける。俺は腹部と胸部に同時に手を置き、必死に“戻そう”とした。


 ……だめだ。


 詰まりが固すぎる。塞がれてから時間が経ちすぎている。


「やめろ!」


 治癒師が俺の肩を掴んだ。


「お前のせいで悪化している!」


「違う!」


「黙れ! 治療魔法を使わず、妙な真似をするから——」


 その言葉の途中で、兵士の身体が大きく跳ね、そして――動かなくなった。


 沈黙。


 誰かが、息を呑む音がした。


 治癒師が、ゆっくりと兵士の首に手を当てる。数秒後、首を横に振った。


「……死亡」


 空気が、冷たくなった。


 視線が一斉に俺へと向けられる。さっきまでの困惑ではない。はっきりとした、敵意を含んだ視線だ。


「やはり、そういうことか」


「さっき助かったのは、偶然だったんだ」

「魔法を使わない治療など、危険すぎる」


 俺は何も言わなかった。


 言い返しても、意味がない。ここでは結果しか見られない。そして今、目の前には“死”という結果がある。


 だが――


「……違う」


 小さな声がした。


 治療所の隅で、さっき助けた男が上体を起こしていた。まだ青白いが、目ははっきりとこちらを見ている。


「俺は……この人に、助けられた」


「静かにしていろ!」


「違うんだ!」


 男は咳き込みながらも、必死に声を張った。


「さっき死んだそいつ……最初から、呼吸がおかしかった。俺と同じだ。でも、治療魔法をかけられた時、俺は……もっと苦しくなった」


 治療所が、静まり返る。


「この人が触って、押して……それで、楽になった」


 治癒師たちは言葉を失った。だが、それでも空気は変わらない。


「結果は一つだ」


 中年の治癒師が、冷たく言った。


「一人は生き、一人は死んだ。それだけだ」


 正しい。ここでは、それが正義だ。


 俺は静かに手を下ろした。


「……もういい」


 これ以上、ここにいても意味はない。理解されるには、あまりにも早すぎる。


 だが、背中に突き刺さる視線の中に、違うものが混じっているのも感じていた。


 恐怖。

 疑念。

 そして、ほんのわずかな――期待。


 それが、この世界では一番厄介だ。


 治ったのに、信用されない。


 助けたのに、疑われる。


 俺はその場を離れながら、確信していた。


 この村で、俺はもう“異物”だ。

 そして――このままでは、必ず誰かが死ぬ。


 嫌な予感は、もう予感ですらなかった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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