6.封印と解除指令
「……この数枚の画像だけで、あなたもそう感じるのね」
そう呟きながら、会議室の正面モニターに向き直った。
(この写真のどこかにそれが見えているの?)
そして、もう何十回と見る角度や方向を変えて検証した画像を改めて見直す。
屈辱だった。
神谷が異文化関係の専門家だとしても、自分はこの場に説明者として立っている。彼より時間をかけ幾度となく見返した画像に・・・自分には何も見えていないにもかかわらず、ちらりと見た数枚の写真でその結論に行きついた事に、強い敗北感を感じていた。
(やはり、私には何も見えない)
タブレットを持つ左手で利き手の肘を支えると、顎に軽く手を添える。
(きっと、呼ばれた状況からの想定よ)
その考えに達すると、少し気持ちが落ち着いてきた。
(もしかしたら、驚いた顔を見られたかな?)
神谷に悟られない様、ゆっくりと、静かに呼吸し振り返る。
「いいわ。あなたを認める。"あの方”が選んだ人だから」
(私があなたを試す!)
その表情には、決意の影が浮かんでいた。
「“あの方”?誰のことを言っているんだ?」
「いいの。話を続けるわ」
『ふっ』と小さく息を吐くと、気を取り直したように再び口を開く。
「テラノバ・インターナショナル・パワーズがアステロイドベルトで資源採掘を始めて18年。小惑星ZB-03では、1年半前から採掘が進められています。そして先月末、二本目の坑道の深部で大規模な崩落が発生した……そして、問題の核心が写っている写真がこれよ。」
モニターに映し出された画像には、円形シールド坑道を掘削する四基の採掘ロボットが、押し潰されたまま沈黙していた。 小惑星の重力は微小だ。通常なら崩落が起きても、シールドマシンを潰すほどの破壊力は生まない。だが、この現場では岩盤が突き破り、マシンを圧し潰している。
岩盤内の高圧縮源が採掘によって脆くなった岩盤を一気に突き破った可能性がある。しかしその場合崩落は一点を中心に放射状に広がるはずだ。現場では、性質の異なる岩盤が互いに馴染まず、層ごと剥がれ落ちたような様相を示していた。
そして、その剥がれた場所には──黒く光沢を放つ鉱石のようなものが露出していた。
「どう?神谷センセ。今の時点での見解は?」
タブレットを片手に、腰に手を当て、挑発的な姿勢を取ると冷笑を浮かべた。 それは、驚いた顔を見たかもしれない神谷への仕返しだった。
神谷は画像を観察する。離れて見ると細部が見えない。そして、近づけば画像の粗さが気になる。角度を変えて見ようにも3D画像でないので意味がない。暫く視点を変えて観察していたが、これと言った明確なポイントは発見できない。
「この解像度では正確な判断はできないな。もっと鮮明な画像はないのか?」
(ふっ……そうよ。だって見えていないんでしょ?)
表示されている画像を縮小し、次々と画像を表示させながら言った。
「これらは採掘マシンのカメラ画像を、Electronic Visual Processing(EVP)で高解像度処理したものよ。元画像なんて、人間の目では認識できないわ」
神谷の反応を伺いながら、横目で画像をみつつ、淡々と話を続ける。
「観測機も送ったけど、どれもこんな画像ばかり」
次に表示されたのは、旧世代フィルムカメラで撮影した写真。白い霧が全体を覆い、星空のような粒子が散っているだけだ。 神谷は息を呑んだ。
「そうか、放射線の影響だな。電子カメラには何らかのジャミングが入る……なるほど。つまり、直接目で見るしかないということか」
「そのとおりよ」
「そして、あなたが呼ばれた理由はこの黒い物質」
最小化していた画像を拡大し再表示すると、ポケットからレーザーポインターを取り出し画像を示す。
「ここから……こう。これを線として見ると、こういうふうに繋がって見えない?」
曖昧な画像だが、言われてみれば確かにそう見える。
「鉱石が結晶化したものでは?」
(そんなの私も見えた)
「私達も最初はそう思った。でも違った。目視した結果、直線的な構造や幾何学的な配置が確認され、人工建造物の可能性が高いと判断された。サンプルを採取しようにも、傷すらつけられなかった」
(だったら、これはどう?)
そして、タブレットのポケットから一枚の書類を取り出し、モニターに貼り付けた。
「これを見て」
書類はコピーの様だった。原紙は多分版画の要領で写し取ったのだろう。そこには、奇妙な刻印が並んでいた。文字のようで文字ではない。曲線と枝分かれを持つ記号が整然と並ぶ。三本の水平線、三角形と円、点列、そして円を貫く斜線。自然に刻まれたものではない。何らかの法則・・・秩序がある並びに見えた。
ナタリアの声が低くなる。
「AIによる解析ではこういう意味を持つらしい――
《????????を封印する。現在の我々の力では処理できない。ここを開けるな》
“????????”が何と読むかは不明。ただ、危険な物質か何かの名前だろうと推測されている」
神谷は肩をすくめた。
「なるほど。問題が解決済みなら、俺の出番はないように思うが……」
(ふん、それはギブアップなの?でも、そうはさせない。あなたの仕事はここから)
書類から視線を外すと、わずかに震える手で髪をかき上げる。
居場所を探す手は胸元のネックレスに落ち着き、そっと押さえた。
そして、神谷を正面にとらえ、震えが声に乗らない様に静かに告げた。
「……上からの指示は、《この封印を解け》……なのよ」
「なんだって!?」
来週土曜更新予定です




