第11話:今の僕で、もう一度
9月。秋風が教室を吹き抜ける頃、クラスでは文化祭の準備が始まっていた。
担任が実行委員の立候補を促す中、静かな教室に手が挙がる。
「陽翔くん、一緒にやらない?」
声をかけたのは、美月だった。一瞬ざわめく教室。陽翔が目を瞬かせたのは、当然の反応だった。
「……なんで、俺なんかを」
「“なんか”じゃない。今の陽翔くんに、頼みたいんだよ」
真っすぐな眼差し。陽翔は、その目を避けられなかった。
「……分かった。やってみる」
静かな声だったが、そのひと言に、教室の空気が少し温かくなった。
──
クラスの出し物は、簡単なカフェ形式の喫茶店。装飾、衣装、メニュー作りなど、やることは山積みだった。
陽翔は、ポスターや看板のデザインを任された。気づけば、絵の得意な一部の生徒たちと中心になって案を出し合っていた。
「お前、やっぱ絵めちゃくちゃ上手いんだな……!」
「こういう構図、一発で出るのすげえよ」
「センスある! 陽翔くん、やっぱり前世で画家だったでしょ?」
からかい交じりの称賛に、陽翔は苦笑した。
(こんなふうに、笑われるのが……嫌じゃない)
クラスメイトと肩を並べ、同じ目的のために動いている。その感覚が、心地よかった。
──
ある日の放課後。装飾の買い出しで、陽翔と美月は二人きりになった。
「ねえ、陽翔くん」
「ん?」
「“ありがとう”って、ちゃんと言いたかったんだ」
「……何に?」
「文化祭、引き受けてくれて。一緒に頑張ってくれること」
言いながら、美月は小さく笑った。
「昔の陽翔くんも、人前に立つのは苦手だったけど、何かをするときは、すごく真剣で、みんなのことよく見てたんだよ」
「……それ、俺が変わってないって意味か?」
「ううん、“戻ろう”としてくれてるって意味」
美月の笑顔は、どこか切なくて、でも嬉しそうだった。
陽翔はその横顔を見ながら、胸の奥にふと疑問が浮かんだ。
(……この気持ち、なんだろう。懐かしい……?)
──
文化祭前日。装飾がほぼ完成し、教室はまるで本当のカフェのように仕上がっていた。
陽翔はポスターの最終チェックをしていたが、不意に誰かが声をかけてきた。
「ねぇ、陽翔くん」
振り向くと、そこにはアリアがいた。
「これ……ちょっとだけ、見てくれる?」
彼女が手渡したのは、手縫いのメニューカバー。細かい刺繍で「Class Café 2-B」と入っている。
「陽翔くんがデザインしてくれたロゴ、私、すごく気に入ってるんだ。だから……ちゃんと形にしたかったの」
「……ありがとな」
陽翔は、メニューを大事そうに受け取った。
アリアは、少し照れたように言った。
「ねぇ、陽翔くん。“今”の陽翔くんが好きって、ちゃんと伝えておくね」
言葉が、一瞬、時間を止めた。
「記憶が戻らなくても、無理に思い出せなくてもいい。だって、私は“今のあなた”にまた、恋してるんだもん」
陽翔は返事をしなかった。でもその瞳の奥に、確かに何かが揺れていた。
──
夜。陽翔は再びスケッチブックを開いた。
今日は、クラスの様子を描いた。飾りつけに夢中な仲間たち、笑い合う女子、何気なく自分に話しかけてくれる誰か。
(俺は……ちゃんと、“ここ”にいる)
そのページを描き終えたとき、陽翔は小さくつぶやいた。
「……思い出せないけど、今の俺でも、大丈夫かもしれない」
そう、思えたのだった。




