第10話:心が先に、記憶を探し始めた
イベント翌週の月曜日。
「陽翔、おはよー!」
「今度の体育、ドッジボールらしいぜ。一緒のチームな!」
相変わらずクラスメイトは陽翔に話しかけていた。そしてそんな些細な一言が、朝の教室の空気を変えていた。陽翔は戸惑いながらも、少しずつ返事を返すようになっていた。
(どうしてみんな、こんなに自然に接してくれるんだろう……)
理由はわからない。でも、確かに“ひとり”ではなくなっていた。
──
放課後。陽翔は図書室で静かに本を読んでいた。
そこへ現れたのが、如月あおい。元気なタイプではないが、異世界でも魔法の知識を駆使して陽翔の支援をしていた、頭脳派の少女だ。
「あ、いた……やっぱり図書室だと思った」
「……なんで分かったんだよ」
「陽翔くん、昔から“静かなとこで考え事するタイプ”だったから。無意識に、そういう場所に来ちゃうんだね」
あおいは隣に座りながら、小声で言った。
「……実はね、陽翔くんに聞きたいことがあるの」
「俺に?」
「うん。ちょっと特殊な質問なんだけど……“誰かを忘れる”って、どんな気持ちなの?」
その言葉に、陽翔の手が止まった。
「……怖い。なんか、大事なものを落としてきたみたいな感覚がずっとあって。でも、何を探せばいいのかすら分からない。……そんな感じ」
あおいは少し黙って、それから、ぽつりとこぼした。
「それって、私たちからしたら……“陽翔くんが、陽翔くんを失くした”ように見えるんだよ」
「……俺は、そうなのか」
「うん。でもね、記憶が戻らなくてもいいって思ってる人もいるよ。今の陽翔くんと、もう一度関係を築いていけるなら、それでいいって」
あおいは、優しく笑った。
「私も……その一人」
そのまっすぐな瞳に、陽翔は言葉を失った。この“今の自分”を、見てくれている人が確かにいる。それが、少しだけ救いになった。
──
夜。陽翔はまたスケッチブックを開いた。
でも今日は、いつもと違った。手が止まってしまう。思い浮かべるべき絵が、頭に浮かんでこない。
(……あの写真に写ってた俺は、どんな顔で、誰を見てたんだろう)
“記憶”ではなく、“感覚”としての疑問が湧いてきた。
誰かを、確かに大切に想っていた。その“誰か”のことを、今の自分はまた好きになれるのか――
思わず、ペンが走る。
描いたのは、見たことのない誰かの笑顔だった。でも、なぜか懐かしい。あたたかい。その輪郭に、少しだけ美月の面影が重なって見えた。
陽翔は、そっとつぶやいた。
「……俺、誰を……」
心の奥に、かすかに残る残響。それは“想い”という名の記憶が、静かに目覚め始めている合図だったのかもしれない。




