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第三十四話

 イオンとユルグ老は、ルシフェルカの淡い栗色の髪が白髪に変わっていくのを目の当たりにし、思わず硬直していた。大量に吐血したあと、うずくまって動かなくなったルシフェルカの身に起こったのは、異能力を使用した反動であることは二人ともそれとなく理解していたが、みるみるうちに白くなる髪に驚愕する気持ちを隠すことはできなかった。

 しかしながら、二人とも医術の心得がある者同士である。すぐに我に返ると、吐しゃ物が咽喉に詰まらぬようルシフェルカの体をそっと側臥位(そくがい)にし、容体を見始めた。

 ユルグ老がルシフェルカの衣服の締め付けを緩めながらイオンに問うた。

「イオン、彼女がここ最近双竜山に潜伏していると噂のあった『白い悪魔』なのだな」

 イオンは気を失っている少女の手首に己の三本指を当てて脈を診ていたが、ユルグの質問に動揺した様子はなく、あっさりと肯いた。

「そうです。でも、そんな呼び名を勝手につけたのはトラロックの図書館員たちです。悪魔だなんて……。ルシカさんに能力を無理やり使わせて、その威力を勝手に恐れて。今度はルーエまであんな目に遭わせた。あいつらは研究者なんかじゃない――俺は認めない」

 最後は怒りを吐き出すかのように語気を強めたイオンに、ユルグ老は、そうか、とだけ返した。ルシフェルカとどのようにして出会ったのか、問いたいのは山々であったが、今は悠長に問答している場合ではなかった。

 ユルグは眉間にしわを寄せ、青白い顔色をしたルシフェルカを見た。非常に危険な状態だった。それはイオンも分かっているのだろう。希代の天才少年と言われた彼でさえ厳しい表情をしていた。

 と、そんなときであった。枯れ葉を踏み砕く乾いた音がした。

 ルシフェルカの能力によって枯れた木々の間から現れたのは、鮮やかな青色をした外套をまとった男だった。

「その外套……トラロックの方ですな」

 見覚えのある外套をまとった男に、ユルグ老がいち早く口を開いた。イオンはルシフェルカに覆いかぶさり、彼女を庇う。

 男は外套の頭巾を後ろにやり、素顔をあらわにした。短い髪は栗色、肌はトラロック王国民らしく色白だった。ユルグ老の問いかけには答えず、まずは周囲の様子を見る鋭い視線の眼は切れ長で、感情のない冷たさを感じさせた。自分本位でいかにも学者であるといった雰囲気を醸すその男は、倒れた黒獅子を見たあとイオンたちにやっと目を向けた。

「そこに倒れているのは、ルシフェルカだな」

 男は、やや低めで落ち着いた声音をしていた。王立図書館ではどういった地位にいるのかは分からないが、どうやら全てを知っているらしいことはその発言から知ることができた。

 ユルグ老は男の無礼な物腰に腹を立てることはなかったが、しかし、男の質問に答えることもしなかった。

「ここは、双竜山は黒竜族の領域。あなたは誰の了解を得てここにいるのですかな」

 男の瞳にようやく人間らしい色が浮かんだ。倒れた黒獅子を通り過ぎ、乾いた血だまりで気を失っているルーエ少年の傍らにまず膝をつくと、落ち着き払った声で言った。

「腹部を守護獣の牙が貫通している。加えてこの出血量。――しかし、命に別状はない。ルシフェルカの力だな」

 男には質問に答える気がないと踏むと、ユルグ老が静かに告げた。

「イオン、もういいだろう。警笛を鳴らしなさい。急がないとルシカさんが危ない」

 淡々とした口調の指示に従い、イオンが服の下から小さな笛を出すと、男の制止の声がかかった。

「その状態のルシフェルカの処置をするなら、トラロック王国方面へ下山したほうがいい。黒竜族の里へ戻ったところで、彼女は助からないだろう」

 男の言葉にイオンが気色ばんだ。

「おまえ……誰のせいでこんなことになったと思っているんだ。よくそんなことが言える!」

「イオン、落ち着きなさい。まずは警笛を吹くことだ」

「師匠……。わかりました」

 傍若無人な男に憤りを隠せないイオンは、菫色の美しい瞳で男を睨めつけながらも警笛を口に咥えた。――その刹那だった。

『待て、イオン!』

 聞きなれた声が、大気に響き渡るようにして聞こえたかと思うと、霧かと思われた大きな塊が徐々に人の形を成していった。そうして現れたのは、誰あろう黒竜族の若き長・ルーガであった。


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