17 やっぱり、雨宮さんは可愛い。
翌日の朝、俺は眠たい目をこすって登校した。
昨晩は結局ほとんど寝られず、一晩中スマホでネットサーフィンに興じていた。有り体に言えば完全なる寝不足だ。
夜更かしはお肌の天敵だと、常にココロさんから口うるさく言われているのに、荒れたらモデル失格なので反省しなくては。
hikariがhikariであるために気を付けよう。
「おはよっす、光輝。えらい眠そうだな。美容のためとかでいつも早寝早起きなお前が珍しい」
「おー。ちょっとな」
早朝でまだ人がまばらな教室内。
天パをふわふわさせながら、今日も爽やかな王子様フェイスを引っ提げて、御影が俺の席までやってきた。
目敏い御影はすぐに俺の眠気に気付いたようだ。
雨宮さんとのことは折りを見て話そうと考えているので、今回は適当に流しておく。
「いくら眠くても、あんまり授業中に寝るなよ。数学のノートは見せてやらないからな」
「わかってるよ。それより英語の課題やったか? 長文の答え合わせをさせてくれ、イケメンで頭もいい優等生の御影くん」
「光輝、英語は得意だから大丈夫だろ」
「数学は終わっているけどな。このままだと夏休みに補習くらいそうでマジやべえ」
御影はオールマイティー型のイケメンだから、運動も勉強もそつなくこなすが、俺は運動は並みで成績も並み。
特に成績の方は極端で、英語が特出してよくて数学が特出して悪いのでプラマイゼロだ。
ちなみに英語の成績がいい理由は、美空姉さんが外国で仕事をすることもあって、英語ペラペラな彼女に鍛えられたからである。
そんな学生らしい他愛のない会話の合間に、御影の彼女のノロケ話とかノロケ話とかノロケ話とかを聞かされていたら、ふと思い出したように御影が「ああ、そういえば」と言う。
「街中のタワシ像からちょっと行ったところに、新しくできたばかりのスイーツ店があるのは知っているか? なんか超特大の『幻のどら焼き』っていうのが、写真映えするとかで有名になっているとこ」
「えっ? お、おう」
ピンポイントな話題を出され、俺は机に頬杖えをついたままギクリと体を強張らせる。
そして『幻のどら焼き』が超特大なことは周知の事実だったのか。映え系スイーツだったんだな、あれ。
「下駄箱の前でさっき、うちのクラスの女子たちが喋っているのが聞こえたんだけどな。昨日の夕方に女子たちがそのスイーツ店に行ったら、なんでも『女の子でも憧れるくらい、hikari並みに可愛い子』がいたらしいぜ、スイーツ店に」
俺は気のないフリをして「へえー」と返す。
その『hikari並みに可愛い子』とは、絶対に雨宮さんのことだ。
100パーセントの確率でそう。
hikariと可愛いさを並列で語れる女子が、そこらにホイホイいるはずないからな。
昨日の雨宮さんの天地開闢の可愛さを見て、クラスの女子たちが噂をしていたに違いない。クラスメイトだというのに、正体が雨宮さんだとはやはり誰も気づいていないようだ。
俺のことは気付いた女子がいたっぽいけど……噂の中では、たぶん存在を亡き者にされている。
いや、別に構わないけどな!
「おいおい、いいのかよ、光輝?」
「は? なにがだよ」
御影はなぜかチラチラと俺の反応を伺っている。
なんだ?
「いつものお前だったら、『hikari並み』に可愛いとか言われたら即座に『自分可愛い最高モード』に突入して、『まあ、俺より可愛いなんてことはねえだろうけどな』なんて自信過剰な腹立つ台詞をサラッと吐くだろう? 今日はモードに突入しなくていいのか?」
「お前、俺をなんだと思っているんだ?」
「大事な親友だと思っているぞ。ちょっと病気持ちの」
「ありがとう。俺も御影のことは一番の親友だと思っているからな。いつかそのイケメン顔をぶん殴ってやるから覚えとけよ」
軽口はこのへんにして、俺はフッと悟った表情を浮かべる。
「hikariが……俺が世界一可愛かったのは、もう過去の話さ。俺はもう二番目なんだ」
そう、世界で一番可愛いのは雨宮さん。
その事実が立証されてから、hikariは世界で二番目になってしまった。だが悔しさはない。
雨宮さんの可愛さの前には、hikariすら膝を折るしかないのだから……。
「は!? いやいや、え? どうした光輝、悪いもんでも食ったのか? お前がそんな発言をするなんて……! 熱でもあるんじゃないのか!?」
大袈裟に御影は動揺している。
悪いもんって、心当たりは巨大などら焼きを胃に詰め込んだことくらいだよ。
「光輝、熱があるなら保健室に行こう。それか悩みでもあるなら親友のよしみで俺が聞くぞ。自分の可愛さを二番目なんていうお前、正気じゃない」
「うるせえ、正気だわ」
いや、最初から正気じゃないかもしれないが、とにかく俺は正気だ。
正気で雨宮さんの可愛さに骨抜きにされている。
噂をすれば、教室のドアがガラ……と控えめな音を立てて開き、雨宮さんが入ってきた。
いつも俺が登校する頃には、先に教室にいる雨宮さんにしては遅い方だ。
心なしか、眼鏡越しの目をとろんとさせて眠そうに見えるのは気のせいか?
いや、それよりも……。
「……あのヘアピン」
俯きがちに歩くところや、分厚い眼鏡はいつも通り。
だけど普段なら雨宮さんの可愛い顔を覆っている、重たくて長い前髪は、昨日のように可愛らしくピンで留められていた。
俺がスイーツ店で選んだ、あの雫型の青い石がついたヘアピンで。
学校という狭い場で顔を露にするのは、外でするより勇気がいるだろうに……。
「あ」
俺の熱視線に反応してくれた雨宮さんが、そっと顔を上げて、俺に向けて小さく小さく微笑む。
道端に咲く可憐な花のような笑顔。
恥ずかしそうに片手でピンに触れながら、唇は確かに「おはよう」と動いた。
それからそそくさと、頬を染めて逃げるように自分の席に向かっていく。
その一連の動作を見つめていた俺はーーズシャリと崩れ落ちるように、机へと突っ伏した。
「光輝っ? 突然どうした!? 光輝、おい光輝……し、死んでいる……! 今の一瞬でいったいお前になにがあったんだよ、光輝ぃ!?」
御影がなにか叫んでいるがもうダメだ。
俺の脈は止まってしまった。
心肺停止。
だが本望だ。
ーーああ、やっぱり。
雨宮さんは俺よりも、世界で一番可愛い。
これにて一章完結です!
ここまでお読み頂きありがとうございます!
一章が思ったより伸びてしまいましたが、二章からは三大美女のひとりが絡んできます。
雨宮さんも今より積極的に頑張っていく予定なので、よかったらまたよろしくお願いいたしますー!





