42 文化祭とオーディション
「結論から言うと……雨宮さんには、オーディションを受けてもらうことになった」
廊下をふたりで歩きながら、俺は重苦しい表情で告げた。
通りすがる他クラスの教室からは、「お化け屋敷の美学がわかってない!」やら「やるならもっと本気でやれよ! メイド喫茶をよおっ!」などと白熱している様子が窺えるが、こちらとは温度差がすごい。文化祭が近いからな。
オーディション、とはいったいなんのことか。
話は夏の終わりまで遡る。
様々な出来事があったいろんな意味で暑いひと夏を越えて、雨宮さんは俺の隣だけでなく、hikariの隣も譲りたくないと願うようになったらしい。
その想いに至るまで、きっと俺の知らぬところで葛藤もあったのだろう。
そして、ひとつの決断をした。
それが「hikariさんみたいなモデルって……私でもなれるかな?」だ。
聞かれた時、俺の意識は宇宙まで飛んだ。
だって、だってだぞ?
あんな自分に自信がなくて、控え目な雨宮さんが!
自らモデルデビューしたいと!
そう申し出てきたのだ!
加えてhikariの隣に立ちたいがためだと……そんなん、飛ぶだろう宇宙。大気圏くらい余裕で突破するだろう。
そこから俺は速攻、雨宮さんの決意が揺らがないうちに美空姉さんに電話した。
『Candy in the Candy』のカリスマ女社長にして、俺を女装の世界に引きずり込んだ張本人の従姉妹は、もともとhikariの相方候補を探していたからな。
ぜひ紹介したい『可愛い子』がいると話した。
可愛いにアクセントをおきまくった。
ひとまず面倒なので、俺のカノジョだとは伏せたけどな!
てっきり姉さんは、すごい勢いで食いつくだろうと予想していた。
しかし、事態は予想外の方向に進んでいたのだ。
「俺が紹介するより先に、痺れを切らした姉さんが『hikariの相方オーディション』を大々的に企画していてさ……。いや、当事者の俺はなんにも知らされてなかったんだけど、そろそろ募集も始まるそうなんだ」
廊下の角を曲がれば、そこが目的地の生徒会室だ。その前に一度立ち止まって、雨宮さんに事の次第を説明する。
行動力が有り余るわりに説明不足な姉さんは、「あら? 言ってなかった?」と通話越しにビックリしていた。
いやいや、ビックリはこちらだが⁉
「ごめんな、ココロさんが名刺まで渡して先にオファーしていたのに……」
「う、ううん! 晴間くんは気にしないで!」
項垂れる俺に、雨宮さんが胸元でブンブンと両手を横に振る。
見た目は幼女な天才ヘアメイクアーティストのココロさんは、雨宮さんとも仲が良い。雨宮さんの秘められた可愛さを早々に見抜き、モデルへと勧誘していた。
つまり、すでにhikari本人と関係者(=ココロさん)からの推薦があるわけだが……オーディション企画はガチンコ勝負。
後ろ暗い話、業界には最初から合格者が決まっている出来レースも多い。
そんな中でも美空姉さんは、やるからには全員平等に審査する心構えであった。そういうところ一本気な人なのだ。
よって雨宮さんにも、一候補としてオーディションに参加して欲しいという流れになったのであった。
「私だけ贔屓っていうか、特別扱いはよくないもんね! 私も正々堂々と、hikariさんの相方の座を……か、勝ち取ってみせるから!」
「雨宮さん……」
「hikariさんの相方になりたい人は五億人はいるもんね! 負けない!」
「その単位はデカすぎるが……」
小さな拳を握る雨宮さんは、メラメラ燃えていた。ぱっちりとした瞳には固い意志が宿っている。
本当に、初めて友達になった頃からずいぶんと強くなった。
何度でも俺は、そんな変わり続ける雨宮さんに惚れ直してしまう。
……むしろ俺の方こそ、大丈夫か?
hikariとして、彼女の憧れのモデルのままでいられるのか?
俺の『可愛い』が廃れてしまうことだって……。
「……って、俺らしくない! 俺らしくないぞ、こんな思考!」
「きゅ、急にどうしたの?」
いきなり叫び出した俺に、雨宮さんがきょとんとしている。
最近見たhikariが引退する夢がやけにリアルな上に印象的で、ふとした瞬間に頭を過ぎるのだ。
一度は片隅に追いやったはずなのに……。
せっかく雨宮さんが前向きになったんだ、俺が後ろ向きでどうする!
「ごめん! なんでもないから」
「晴間くん……悩みがあったら、ちゃんと打ち明けてね? 私は今まで晴間くんにとっても助けられて来たし、それは雷架ちゃんも雲雀さんも、会長さんだって一緒なんだから、みんないくらでも力になるよ」
「た、助けたなんて大袈裟だって」
「大袈裟じゃないの!」
ぷうっと、頬を膨らませる雨宮さん。
しかり方も可愛いなんて反則だ。
「なにより私は、晴間くんの、カ、カノジョなんだから! なんでも聞くからね」
「うっ!」
いまだカノジョを名乗るのに戸惑いがあるところも、俺の胸にクリーンヒットだ。
こんな悩み、なかなか話せそうにはないけど……真剣に心配してもらえているというのは、むず痒くも嬉しいもんだな。
「雨宮さん、ありが……っ」
俺が礼を言おうとしたところで、タッタッタッと軽快な足音がした。
「ハレくんとアマミンだー!」





