40 夏の終わりのエピローグ
夏休み明け。
朝から学校の教室では、まだ休みの空気を引き摺っているクラスメイトがチラホラと見受けられる。
かく言う俺も、休み明け初日の登校は怠い。
廊下側の後ろの席で頬杖をつき、ふわあと欠伸をこぼす。
「よっ、光輝! 久しぶりだな」
「おー……夏休み中、遊ぶ暇なかったもんな」
俺の席にやってきた御影は、ふわふわの天パ頭を揺らして爽やかに手を挙げる。顔を見るのも終業式以来だ。
「で、雨宮さんとどうだったんだよ?」
ニヤニヤと聞いてくる御影には、雨宮さんと付き合っていることを夏休み前にはそれとなく打ち明けてあった。
なんか「ついに親友の病気が治って……!」「あの恋愛回路が死んでいた光輝が」「おめでとう、赤飯は食べたか?」とやたら喜ばれて何故か泣かれた。
俺はいい親友を持ったと言える。
若干ウザかったけどな!
「俺たちも新しい生徒会メンバーでプールに行ったよ」
「生徒会入りもマジだったんだな⁉ でも大勢で行ったんじゃ、あんまり雨宮さんとは過ごせなかったんじゃないか?」
ほんのり同情を込めた目を向けられるが、そんなことはない。
夜空に咲く花火。
水着姿のカノジョ。
唇の端に触れた抹茶味を思い出し、むず痒い顔でそっぽを向く。
俺のあからさまに照れた反応に、御影が「え⁉」と露骨に高揚する。イケメンなのにコイツは言動がどうにも残念だ。
「な、なんだよ光輝……まさかお前……大人の階段上っちゃった系か⁉」
そっちこそなんだよ、大人の階段上っちゃった系って。
面白がってやがるな。
いい親友を持ったという認識は撤回しよう。
「うわー……自分大好き女装男子だった光輝が……!」
「そこは別に変わってないけどな」
女装した俺は相変わらず可愛いし大好きだが?
もう面倒なので騒ぐ御影は無視しておく。
雨宮さんがまだ登校していなくてよかった。いつも早い彼女だが、今日は朝イチにおはようと共にメッセージが来て「昨夜のうちにお弁当のおかず作り忘れちゃった! 夏休み明け一日目から遅れそう」と涙目の顔文字が踊っていた。可愛い。
遅れると言っても、遅刻ギリギリ常習犯の雷架ほどではないだろう。俺は「焦らず気を付けて来なよ」と返しておいた。
「おっはよんよーん! みんなおひさ!」
噂をすれば、元気すぎる挨拶で雷架が教室に入って来た。稲妻マークの髪飾りを光らせて、想定よりだいぶ早い登校だ。
「あ! ハレくんいる!」
主を見つけたポメラニアンのように、雷架が駆け寄って来る。
ドサッとスクールバッグから取り出したアルバムを、コイツは俺の机に許可もなく置いた。洋書風のアルバムは俺たちがプレゼントしたものだ。
「プールの日の写真、プリントアウトして持って来たんだ! アマミンたちからもらったのに収めたから見てみてー!」
「へえ……」
ペラペラとめくってみる。
いつ撮ったのかプールサイドにあるデッキチェアでうたた寝する雲雀、セクシーなポーズを決める会長、hikariの看板と薄井先輩……などなど。
以前までは景色だけで人物写真は苦手だと喚いていたのに、素人目にもカメラの腕が上達したとわかる。
もちろん、花火の写真もあった。あの日の綺麗な夜空がそのまま、独創的なアングルで写し取られている。
「これ全部、雷架さんが撮ったんだ? 上手なんだね」
「えへへ、褒められちゃった!」
写真を覗き込んで感心する御影に、雷架が後頭部を掻いて照れる。運動部に引っ張りだこな雷架が実は写真部なこと、御影は知らないだろうな。
このままいけば、お爺さんのようなプロのカメラマンにだってなれるだろう。
プロといえば、hikariとhayateの『ダブルHプロジェクト』も順調だ。
会長の親父さん直々の推薦で、『神風リゾート』のWEB広告モデルの仕事も本当に来て、現在は着々と準備が進められている。秋か冬にはお披露目されるんじゃないだろうか。すべて会長の思惑通りなのは少し恐ろしい。
美空姉さんも引き続きめちゃくちゃ張り切っている。
最近の姉さんは仕事のインスピレーションが止まらないとかで、始終生き生きしているんだよな。
ただやっぱり、hikariの女の子の相方については諦めていないようで、「誰か可愛い子いないの?」とはちょくちょく探られる。
某虹色は心を入れ替え、仕事態度は真面目になったようだが……hikariの相方はまた別だ。相性の問題もあるしな。
「おっ」
そこで俺は、廊下を歩いて来る雨宮さんを発見した。
朝はバタバタしていただろうに、雫型のピンはしっかり前髪についているから、そわそわと妙に胸が浮つく。
すっかり人気者な雨宮さんは、通りすがりの生徒たちから「わっ、夏休み明けの雨宮さんだ!」「心洗われる可愛さ」「可憐だよな……」などと囁かれている。全面同意見だが、俺のカノジョです。
俺はなんだか待ち切れず、写真鑑賞をしている御影と雷架を置いて廊下に出た。
「おはよう、雨宮さん」
「あ……おはよう、晴間くん!」
立ち止まって顔を見合わせ、どことなく初々しい気分で視線を交わす。窓からはまだ暑さを孕んだ日差しが差している。
今日も朝から雨宮さんは可愛い。
「あのね、さっき下駄箱のところで雲雀さんと会長さんに会ったの。また生徒会メンバーでお出掛けしたいねって話していたよ」
「まだ生徒会の仕事の方はなんにもしてないけどな……」
「ぶ、文化祭の準備、頑張ろう!」
秋になれば人手が欲しいのだったか。
会長にはなんだかんだ世話にもなったので、その分はhikariとして以外も働き蟻をさせてもらおう。
「そっ、それとあのね! 晴間くんに直接、聞きたいなってことがあって……わっ!」
雨宮さんは制服のスカートのポケットからなにかを取り出そうとして、焦ったのか落としてしまう。ヒラリと舞って、それは俺の足元に着地した。
拾い上げれば名刺だった。
真っ赤なカードに星やドクロが散りばめられたこれは、ココロさんのだ。
肩書きにはヘアメイクアーティストとあるが、本名などはない。ココロさんはココロさんである。
「でもなんで、ココロさんの名刺……?」
「前に家まで車で送ってもらった時にくれてね。その……モデルに興味を持ったら、連絡して欲しいって……」
「へえ」
名刺を雨宮さんに返しつつ、そんなことしていたのかあの人と思う。雨宮さんをモデルに勧誘なんて、美空姉さんの差し金か……?
そりゃ俺だって、雨宮さんにならhikariの相方を頼みたいさ。相方は俺と同等か、それ以上に可愛い女の子でないといけないからな。
うんうんとひとりで頷いていたら、雨宮さんはキリッとなにかを決意した顔つきになる。
「私、私ね……hikariさんの可愛さには遠く及ばないし、まだまだ晴間くんの彼女としても未熟なんだけど……どっちの隣も、譲りたくないの」
「雨宮さん……?」
これは、朝の学校の廊下で聞いていい話なんだろうか。
だけどこれまで自分を押し殺し、ワガママも口にしなかった雨宮さんが、俺の隣を譲りたくないと意思を表明しているのだ。
言葉を遮ることは出来ない。
そういえば花火の時も、hikariの隣を目指すとかなんとか言っていたような……ん?
「ココロさんに電話するのがいいかなって考えたんだけど、やっぱり先に晴間くんに相談しておかなきゃって……」
「ま、待ってくれ、雨宮さん……それって……?」
俺は今、果てしなく混乱している。
雨宮さんはなにかを決意した顔だった。
問い掛ける前に、雨宮さんはまだ少し自信なさげに、だけどちょっとやそっとでは折れそうにない強い瞳をして言った。
「hikariさんみたいなモデルって……私にもなれるかな?」
遠くの方で、夏の終わりを告げる蝉が鳴く。
雨宮さんがモデル『shizuku』として、hikariの再来……いや、それ以上に世間を賑わせるのは、そう遠くない未来のことだ。





