真珠大量生産
魔獣に続いて、二度目。
私が犯人説。
魔獣のときは、「おいしい○○食べたいな」と具体的に肉類を想像するのが良くなかった。
それにより、魔獣が呼び寄せられてしまう。
困った能力だったけれど、雫ちゃんが結界を張ってくれたことにより、魔獣は魔の森から出てくることはなくなった。
雫ちゃんのおかげで、色々解決したのになぁ……。
ここにきて、まさかの魔魚もやはり呼び寄せる説が浮上。
魔魚は魔海から出られないから大丈夫っていう世界だったんだけど……。
「人魚は魔魚の上位種なのかもしれません」
「上位種……」
「まだ幼さはありますが、魔獣や魔魚と違い、意思や考える能力があります。ギャブッシュが動物と魔獣の間と考えるならば、人魚は人と魔魚の間のような存在ではないか、と」
ハストさんの言葉に頷く。
ギャブッシュはゼズグラッドさんとしか意思疎通はできないが、訳してくれているのを聞くと、かなりの知能があることは間違いない。男前ドラゴンである。
ミカリアム君もそのような感じなのかもしれない。
違いはギャブッシュよりも、人間としての機能が多いことなんだろう。
「……お前はなにも考えていなかったのだろう。ただ、会いたいという己の欲望に従った」
「それがなに?」
ハストさんのいつになく真剣な声と強い眼差し。
ミカリアム君はそれにふんっと鼻を鳴らして答えた。
「これまで魔魚と人間は不可侵だった。だからどちらも生きていくことができていた。お前のしたことで世界の理が崩れてよかったのか? お前が魔海から魔魚を出したことで、魔魚への不安が広がった」
「ミカはそんなのどうだっていい! だって、こえがずっとしてた。 ミカのあいたいひと、ミカがあわなくちゃいけないひと!!」
ハストさんの言葉に、ミカリアム君もキッと言い返した。
目に涙をためて、そんなの知らない! と。
ハストさんはそんなミカリアム君から目を逸らさない。ただ真剣に見つめ続ける。
「……お前はこの方がどうなってもいいのか?」
低く落ち着いた声。
ミカリアム君はグッと息を飲んだ。
けれど、それに立ち向かうように言い返す。
「なんでそんなこときくの!? そんなわけない! ミカの……ミカのたったひとりの……!」
「――だが、お前の我が儘のせいで、この方の身が危険に晒される」
その言葉はミカリアム君に衝撃を与えたようだった。
澄んだ青い目が驚きに見開かれる。
そして――
「……きけん………」
――ポツリと漏らされた声はとても弱々しかった。
「そうなの……? ミカがあおうとしたのは、よくなかった……? ミカは……」
くしゃっと顔が歪む。
そして、今までよりもさらに、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「……ミカは……」
ヒクッとミカリアム君の喉が鳴る。
しゃくり上げるように出る声は今にも消えそうで――
「わかんない……。ミカはなんでいるのかな……なまえがミカリアムなんだっておもった。にんげんのことばもわかった。でも、にんげんじゃない。ほかのともちがう」
――ミカリアム君の悲しみ。
「……なんのためにいるの? なんのためにうまれたの?」
――私も知ってるよ。
「ひとりぼっちで、ずっと。なにもわかんなかった……」
「うん」
「そうしたら、こえがしたの。……とってもうれしそうで、たのしそうで……。ミカはあいたくて……」
「うん」
「ミカ、だめだった……? ミカ、よくなかった……?」
涙を流すとそれがすべて真珠に変わって……。
「ただ、あいたかっただけなの。……ひとりぼっちがいやだったの……」
ミカリアム君の座った地面にはたくさんの真珠。
大粒できらきらと輝いて……。
これが全部魔石。
魔魚に力を与え……人間を襲うようにすることができる。
「……今、この国の王太子が港に来ている。魔を倒す者だ。お前が魔魚を従えることができると知れば、放ってはおかないだろう。……お前がこの方のためにそれを行ったとわかれば、この方にも被害が及ぶ」
「ミカは……ミカのたいせつなひとが、きけんなのはやだ……うれしそうでたのしそうなこえ。あのままがいい。ミカがいたら、それがなくなる……」
ハストさんの言葉にミカリアム君は一度、目を閉じて……。
「ミカがいないほうがいいなら……。わかった。それでいい」
ゆっくりと頷いた。
「ミカ、あいたいひとにあえた。うれしかった。それでいい」
ミカリアム君が目を開ける。
その目は濡れてはいたけど、もう涙はこぼれてこなかった。
ミカリアム君の決意がわかる。だから――
「……あの、私はあまり良くない……です」
だって、これは……。
きっとミカリアム君だけが責任を負う形になってしまう。
ハストさんもミカリアム君も私を守るために、その決断をしたのがわかるから。
「……きっと、いろいろ大変ですよね」
やっと魔獣の問題が片付いたのに、今度は魔魚の問題。
王太子であるエルジャさんはすでに今回のことを知っている。
隠しておくことは得策とは思えない。
ミカリアム君のことを話すことになり、真珠の発生源や使い方についてを伝えることになるだろう。
……たぶん、私についての話だけは抜かれて。
「私はミカリアム君のせいにはしたくないです。ちゃんと話をして、ミカリアム君の行動は私のためだったということを伝えたい。そして、もう二度とこんなことはないってわかってもらいたいです」
私が理由だったことも、隠さずに伝えたい。
「ミカリアム君は私に会いたかっただけなんだよね? 魔魚を使って港を襲うのが目的じゃなかったんだよね?」
「うん」
「じゃあ、私が『真珠を魔魚にあげるのはやめよう』って言えば、きっと守ってくれるよね」
「ミカ、あなたのいうことなら、なんでもきく」
ミカリアム君の返事に頷き返す。
その言葉が嘘ではないとわかる。
「二度と同じことは起きない。それを信じてもらうことを諦めたくないです」
「……すべてを伝えることは可能です。しかし、その際、今、得たものを手放さなければならないかもしれません」
「そうですね。今は雫ちゃんが結界を張ってくれたおかげで、こうして旅行をしたり、みんなと一緒にいられたりしてるんですよね。……危険分子だからと捉えられて、王宮に捕まるかもしれませんよね」
今ある自由はたくさんの人が協力して手に入れてくれたもの。
すべてを説明するということは、私の自由がなくなることにつながるかもしれない。
でも……。
「……私とミカリアム君は同じなんです」
置かれている状況がとてもよく似ていた。
「うまく使えば有用でも、間違えば、この国にとってよくない能力がある。この国に住む人の安心のためには、そういう能力の人はいないほうがいいのかな、と思います。……私の意思やミカリアム君の意思。そんなの、気にしないのがいいだろうって」
王宮に小部屋に閉じ込めているのが一番いい。
「――でも、ハストさんは違いました」
王宮の小部屋にいた私に会いに来てくれた。
「私にいろんなことを嘘をつかず、教えてくれました。いろんな方法があるって教えてくれました」
ハストさんがミカリアム君に対して真剣になるのもわかる。
きっと、すごい能力なのだ。
涙を流せば、それが魔石になる。
魔石を与えた魔魚は魔海から出ることができる。
海だけでなく、陸でも動けるものに与えれば、陸への攻撃もできる。
――使い方によっては国を滅ぼせる。
そういう能力。
……そして、その能力は私の『お願い』によって行使される。
「私は……。これは自惚れじゃなく……。この国や世界を……滅ぼすことも可能なのかもしれません」
まずは魔獣。結界が不安定な中、私はどこにでも魔獣を呼ぶことができた。
雫ちゃんによって結界が張り直されて、その能力は使えなくなった。
次に魔魚。ミカリアム君により、魔魚を使い、攻撃できるようになった。
ミカリアム君は私の声が聞こえ、私はミカリアム君の声が聞こえた。きっと、繋がりがあるんだろう。
「でも、私は……滅ぼそうとは思わないんです」
この異世界に来て、一人でもがんばるぞ! って決めた。
あの王宮の小部屋で一人ぼっちだったとしても、きっと前向きにいられるようにがんばったと思う。
けれど、それだけじゃダメだったときもあったかもしれない。
なんで私だけがって泣いたり、こんなに苦しいのはいやだって泣いたり……。
――もう、こんな世界滅ぼそう。
そう思う瞬間がなかったとは言えない。
でも、私には――
「――ハストさんがいてくれたから」
――たくさんの優しさを分けてくれたから。
「もし、結果として私が捕まっても、それでいいです。ミカリアム君を一人ぼっちにはしません」
――ひとりぼっちの私をハストさんは助けてくれたから。
「大丈夫。真珠のことは、密漁者にばれちゃったけど、こうやって集めて、隠しておけばいい」
ミカリアム君の腰元に落ちる、たくさんの真珠。
両手で一か所に集める。これぐらいの量なら、簡単に隠せる。
「涙がこぼれる前に拭いちゃえば、真珠にはならないし。ね?」
ポケットからハンカチを取り出して、ミカリアム君の頬を拭く。
もう止まっていたはずの涙がまたあふれてくる。
頬を伝っている間に涙を拭えば、真珠にはならなかった。
「あ、これ、海に落ちたから、ビショビショだったね、ごめん!」
ハンカチが海水で濡れていたことに気づき、慌てる。
それでも、ミカリアム君の涙は止まらなくて、右の頬と左の頬をいったりきたり。
「……ハストさんにもらった優しさだから。だれかを滅ぼすためじゃなく、同じように優しさを分けていきたいです」
繋いでいけたらいいな、と思う。
優しさをみんなで伝えていけたら、と。
「……あなたには敵わない」
ハストさんが深く息を吐いて……。
私を見つめる水色の目は、私の大好きな色。
「魔海も魔魚もなくなるものではありません。魔力が生まれ溜まりやすい場所が魔海となり、そこにいる生き物たちが魔魚となる。これは変えようとしても変えられなかった世界の理」
「はい」
「密猟者を捕まえたとしても、追従する者が出る可能性はあります。シンジュが魔海に落ちているかもしれない、魔魚が持っているかもしれないと考え、境界を越えるものはいるでしょう。だが、ミカリアムがしっかりと管理していれば、稼ぐことができず、それもじきに終わる」
「はい」
「そうすればこの海域は元通りか、と」
「はいっ!」
本当にうまくいくかはわからない。
けれど、まずはみんなに説明をしてみるところから……。
みんなはすごい人だから。
きっと一緒に考えてくれる。
「ハストさんはすごく強いし、レリィ君もすごいんだよ。あと、雫ちゃんはすごくかわいくて、しかも聖女様でね? アッシュさんもすごいし、スラスターさんは頭がいいんだ。エルジャさんはまだわからない部分も多いけど、でも、うーん、王太子様なんだけど、甘えベタな男の子って感じかな?」
みんなのことを説明していく。
そして、私のことも。
「ミカリアム君。遅くなってごめんね。私の名前は小井椎奈だよ」
「いさらい、しぃな?」
「うん。椎奈で呼ぶ人が多いかな?」
「……しぃな」
「うん」
「しぃな!」
「うん」
「しぃな!!」
私の名前を聞いたミカリアム君はきょとんとする。
ついで、私の名前を何度も呼んで――
「わー! 待って待って! 拭くのは間に合わない……!」
真珠が大量生産!!
 






