世界の理
簀巻きといっても、むしろはないので、正確に言えばマント巻き。
マント巻きの人魚は私と目が合うと、ピチッと尾びれを動かした。
「やっとあえたのに……」
ピチピチと跳ねる人魚の髪は長くて、透けるような水色。
こちらを見つめる目が澄んだ青色だった。
顔は……すごく美人だ。優しそうな眼差しにすっと通った鼻筋。
きれいな眉は今は悲しそうに下げられていた。
「幽霊ってもしかして……」
「会いたい、会いたい」と泣く幽霊の正体は――人魚!?
「やっとあえた……」
しくしくと泣く様子と、その言葉。
港の人が言っていた、美人な幽霊とは人魚のことだったのだろう。
目が合うと、青色の目から、ぽろぽろと涙が流れていく。
その涙は、普通のものとは違っていた。
「……真珠になってますね」
目から出たときはちゃんと液体だし、きっと涙なんだろう。
けれど、それが頬を伝い、顎から落ちると、大粒の真珠に変わっている。
わぁ……異世界……。
「……真珠の正体は」
「この人魚でしょう」
「ですよね……」
真珠の正体は人魚の涙。
まさか、真珠の別名がそのまんまだったなんて……。
「シーナ様を海に連れ去ったのもこの人魚です。捕まえたとき、港に戻るよりも、こちらの島のほうが近かったため、こちらに上陸しました」
「それで、この島にいたんですね」
ハストさんの説明に、なるほどと頷く。
それにしても、海にいる人魚を捕まえるハストさんって、やっぱりすごいよね。着衣水泳で人魚に勝てる人間はハストさんぐらいじゃないだろうか……。
つよい。
「あの、少し話してみてもいいですか?」
「はい。では連れてきます」
そう言うと、ハストさんは立ち上がり、人魚のいる波打ち際へと歩いていく。
ピチピチと跳ねていた人魚は、マント巻きのまま腕に抱えられ、、たき火のそばへと転がされた。
私が近づくと、人魚は上半身を起こし、じっと私を見つめる。
そして――
「ずっと……ずっと……あいたかった」
澄んだ青い目からぽろぽろと涙がこぼれていく。そしてそれは真珠へと変わり、砂浜へと落ちていった。
その泣き声はさっき夢で聞いた声と同じ。
一人ぼっちだと泣いている声。
……真珠に触れたときに聞こえたのも、この声だった。
「はじめまして。名前は?」
「なまえ……なまえはミカリアム」
「ミカリアムちゃん?」
「うん……! ミカのなまえ!」
名前を呼ぶと、うれしそうに尾びれがピチピチと跳ねた。
すると、ハストさんがそっと言葉を足す。
「この人魚は性別でいうと男ではないか、と」
「あ、そうだったんですね。それじゃあミカリアム君、かな」
港の噂でも「女の幽霊」と言っていたし、今はマント巻きになっているから、わからなかった。
見た目は成人したぐらいの女性かな? と思ったので、港の人も顔しか見ていないと勘違いするかもしれない。
ハストさんは人魚を捕まえるときにしっかりと全身を見たはずで、きっと女性より男性の体をしていたのだろう。
「えっと、それじゃあミカリアム君に少し質問があるんだけど、いいかな?」
「うん! うん!」
「ミカリアムくんはいつからここにいるの?」
まずは簡単に答えられそうなことから。
すぐに答えが返ってくると思ったが、ミカリアム君は顔を悲しそうに歪めた。
「……わからない。きづいたらうまれてた」
「わからない……?」
「うん。おおきなかいからうまれた。ほかにミカとおなじの、いなかった。……ずっとひとりぼっち」
「……うん」
「ミカ、ほかのとちがうのはわかった。でも……わからない。みんなとちがう。おなじじゃない。でも、じぶんがなにかはわからない」
「そうなんだね……」
「かなしくて、ずっとないてた」
その場面が私がさっき夢で聞いたところなんだろう。
……とてもつらそうだった。
生まれた意味、ここにいる意味を、ミカリアム君はずっと一人で探して……見つからなくて……。
「でも、あるひ、こえがしたの」
「声?」
悲しそうだったミカリアム君の表情が変わる。
その顔はとても幸せそうで――
「うん。どこからかわからなかった。でも、たしかにきこえた」
「どんな声?」
「『おいしい、おいしい』って、とってもうれしそうな声!」
「……へぇ」
なるほど。おいしいっていう声ね。
……ふーん。
「どうしてもあいたいっておもった。ミカはきっとあわなくちゃいけないって」
ミカリアム君がえへへと私に笑いかける。
「このしま、いろがちがううみにかこまれているから、にんげんがこない」
「あ、たしかに港からみた海と色が違いますね……」
「私もこの島を見て回りましたが、周囲はすべて魔海でした。普通の人間は近寄らないでしょう」
ミカリアム君の言葉に海に視線を移せば、紫色の空の下に赤と黒が混ざり合ったような色が広がっている。
私が海水浴を楽しんだエメラルドグリーンの海は、夜になったとしてもこんな色にはならないだろう。
「ミカはずっとこのしまのまわりにいたの。でも、でてみようっておもった。ほかのは、いろのちがううみからでられないけど、ミカはでられる。だから、にんげんのちかくまでいって、こえをさがしたの」
声の主を探すため、魔海から出たミカリアム君。
一番近かったのが、あの港だったのだろう。
「ふねににんげんがいた。もしかしたらってちかづいて、でも、いなかった。どこにもいない。ミカのあわなきゃいけないひと。……だから、かなしくなって、ないてた」
舟のそばにいき、人を見て「会いたい、会いたい」と泣くミカリアム君はたしかに幽霊に見えたんだろう。
そして、そのときに流した涙が真珠になる。
それは、いままで魔海にしかなかったものが、人間の目に触れる場所に存在するようになったということで……。
「幽霊が噂になって……」
「……シンジュを密漁者が見つけたのか」
この港で起こっていたことが一つの線になっていく。
「きづいたら、にんげんがミカをさがして、おいかけてくるようになってたの」
「……密漁者はシンジュの発生源が幽霊であることを把握したのか」
「ミカ、こわかった。つかまるとおもった。いろのちがううみににげこんで、やりすごしてた。……このしまはあんぜん。ここにいればいい。でも、あいたい」
密漁者に追われながら、それでも魔海から出ることにしたミカリアム君。
……どうしても、会いたい人がいるから。
「にんげんは、いろのちがううみにもきた。だから、ほかのにまもってもらうことにした」
「他のとはなんだ?」
「ほかの、いろのちがううみにいるの」
「……魔魚か」
「にんげんはそうよんでた」
「魔魚に守ってもらうとは?」
「ほかのにミカのなみだをたべさせると、いろがちがううみでもうごけるようになったの」
ミカリアム君の言葉にハストさんと目を合わせる。
つまり、魔魚が魔海から出て活動できるようになったのは、予想通り真珠のせいで……。
その真珠は偶然や食物連鎖ではなく、ミカリアム君が与えたから……!?
「ほかのはミカのいうことをよくきいてくれるの」
「……魔魚を従わせることができるのか」
「しらない。ただミカがこうしてほしいってつたえたら、やってくれた」
ミカリアム君の言葉にハストさんは深くため息をついた。
ハストさんの空気がピリついていくのがわかる。きっと今、ミカリアム君はすごいことを言っているのだ。
「魔魚は普通であれば魔海から出ることができない。だが、その涙を摂取すれば、魔海から出ることができる。そうだな?」
「うん」
「魔魚は普通であれば統制することなどできない。だが、お前の指示であれば、魔魚はその通りに動く。そうだな?」
「うん」
ハストさんの威圧感のある言葉にもミカリアム君はまったく気にせずに頷く。
「あの、波止場まで来た魔魚もミカリアム君がなにかしたの?」
カツオにして、おいしく食べたあの魔魚。
あれもミカリアム君が?
「『おいしい』ってこえはなんどもきこえてた。でも、いつもすごくとおかったの。でも、すごくちかくだってわかった。なんとかしなくちゃって」
「そっか……」
「まってたけど、かえってこなかったの」
「うん……」
ごめんね……。食べちゃった……。
「だから、つぎはうみだけじゃなく、りくにもあがれるのにしたの」
「あのエビだよね」
水陸両用だったもんね。
ミカリアム君もちゃんと考えて、真珠を配っているんだな。
「でも、かえってこなかった」
「……うん」
……ごめんね。……食べちゃった。
「もうミカがいくしかない。にんげんはこわいから、あまりちかづきたくないけど、ミカがいこう! ってきめたの」
……私が食べちゃうからね。
「そうしたら、ほんとうにいたの! やっと、やっとあえたの!!」
ミカリアム君が尾びれをピチピチと跳ねさせる。
「あなたのこえがきこえてたの! 『おいしい』ってよろこぶこえ! ずっときこえてたの!! ミカはあなたにあいたかった!!」
うれしそうな姿。
ずっとずっと夢見ていたことが叶った。
ミカリアム君が泣きながら笑う。
とても幸せそうに。
「あなたにあうために、たくさんないて、たくさんがんばったの!」
魔海から魔魚は出られない。
そんな常識を覆し、魔海と海の境界を越え、ミカリアム君は私に会いにきたのだ。
なので、私はそっと微笑んで――
「私でしたね」
犯人ね。
世界の理<<<<<<(越えられる境界)<<<<<<OLの食欲!!






