第32章 勲章
ハルトは最近、クリスと光が一緒にいるところを何度も目撃していた。
何やら真剣に話しているようなのだが、胸がチクっとして面白くない。
ヤギたちと棚田にいるハルトと後藤。
「なぁ後藤。最近やたらと光ちゃんとクリスが一緒にいる気がするんだけど、何かあるのか?」
後藤は一瞬ギョッとして、
「さ、さぁな。何か用事があるんじゃないか?」
ハルトは腑に落ちない気分で、
「そうか……」
ヤギを飼育小屋に連れて帰るときも、光とクリスが真剣な顔をして話していた。
(あの2人、何時間話してるんだ? まさか!)
クリスと自分を比べ、見た目もスペックもクリスが断然上だと痛感するハルト。もしクリスが光ちゃんを好きになったら、光ちゃんだって……。
そう思うと急にイライラが込み上げてきた。
「光ちゃん!!」
「クリスさん!!」
なんと、ハルトと美琴が同時にやってきた。
突然のことに驚く2人。
ハルトは光を引き寄せて抱きしめると、
「光ちゃんは俺の婚約者だからね!」
一方、美琴はクリスの耳を引っ張り、
「私という者がありながら、もう浮気ですか」
「え?」
「は?」
お互いを指さして驚くハルトと美琴。
クリスと光は吹き出し、
「ようやく気付いてくれましたね」
「はい、クリスさん」
そこへ後藤が説明にやってくる。
「鈍いハルトがどういう行動に出るのか実験してたんだよ。まさか美琴さんまで釣れるなんて思わぬ収穫だったな、クリス」
「後藤、いい加減にしろよ」
バツが悪そうに毒づくハルト。
「でも光、嬉しそうだぞ。兄の前でいつまで抱きしめてるんだよ」
ハルトは真っ赤になった。そして、
「ん? なんでミコ姉ちゃんとクリスが?」
「あ、私達結婚するから」
「「「え〜!?!?」」」
「急に結婚ってどういうことですか!!」
経緯を知っているはずの後藤までもが驚く。
「この度ご縁がありまして……」
いつもクールなクリスが、珍しくもじもじしている。
そこへ、てんとう虫通信から音声が響いた。
『クリスの優秀なDNAを残すため、クリスがストーカーまがいなことをしていた美琴さんと番になっていただきました。美琴さんも好みの男性とのことで、めでたく成立いたしました』
「トア!!」
あのクリスが真っ赤になっている。
「なんかハルト達の展開に似てないか?」
クスクス笑う後藤。
『クリスにはそれなりのスキルがありますから、天照家次世代継承プロジェクトのような中継はありません』
「トア!!」
今度はハルトが真っ赤になる。
「ハルト!! デートの中継って何!?」
「行こう、光ちゃん!」
ハルトは光の手を取り、逃げるように走り出した。
◇
棚田に腰を下ろす2人。
ハルトは、自分がいかに恋愛経験がないか、どう接していいか分からず世界の代表者から2時間もデートの講義を受けたこと、慣れない服を着たり、光が喜んでくれそうなことを一生懸命考えたことを正直に打ち明けた。
光がカンカンに怒って「別れる」と言われたらどうしようと顔を上げると、光は優しくキスをして「お互いセカンドキスだね」と笑った。
「でも、次からのデートで中継なんてさせたら許さないんだからね。てんとう虫、全部壊すから」
「分かった、トアに伝えとく」
トアは聞いていたが、黙っていることにした。
◇
一方、クリスと美琴。
「あの……そろそろ耳を離していただけると……」
「あ、ごめんなさい。光ちゃんの危機かと思って……ちょっと話があるんだけど」
美琴とクリスは、美琴の家に向かった。
「クリスさん。あなたはハンサムなんだから、誤解を招く行動は避けた方がいいと思うの。相手の女の子が本気になっちゃうわよ」
「なんだ、ヤキモチを焼いてくれたんじゃないんですね」
少しガッカリするクリス。
「私とのことも、他に良い女性が現れたらその方と子孫繁栄してくれて大丈夫よ。現れなければ体外受精で残せばいいわ」
「絶対嫌ですよ! 私は美琴さんがいいんですから……って、体外受精!?」
美琴は一呼吸置いてから、
「単刀直入に聞くけど、ストーカーって何?」
クリスは視線を落とし、
「一目惚れだったんですよ。自分でも信じられないくらい……あなたが帰宅された後も仕事ぶりを見ていました。颯爽と働く姿が眩しくて……こんなに誰かに夢中になったのは初めてで、自分でも戸惑っています。」
美琴は、クリスの顎を掴んで顔を持ち上げた。
「私、バツイチなんだけど……本当に私でいいの? あなた初婚でしょう?」
「知ってます、調べましたから。結婚期間は1年ほどでしたね」
「なんだ、知ってたのね」
「私だってそれなりに経験はありますから、お互い様ですよ」
「そっか……人類存亡のためじゃなかったんだ。そっか……そっか……」
美琴の瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。
「美琴さん。私は本気であなたと一緒にいたいと思っています。決して気の迷いや、人類のためなどではありません」
美琴は意を決して言った。
「私、あなたに言わないといけないことが……」
クリスは優しく、美琴の唇に人差し指を添えた。
「ストーブの上のヤカンに物がぶつかって倒れてきて、近くにいたお子さんを庇ったんですよね。火傷の痕など、私は気にしません」
美琴は目を見開き、震える指でブラウスのボタンを外し、背中を向けた。
背中の半分がケロイド化していた。
「これでもですか……? 夫は私に触れようとしなくなりました。無理しなくて大丈夫です」
クリスはそっと、その背中にキスをした。
「美琴さん。あなたは大変魅力的な女性です。困っている人や動物を放っておけない、とても慈悲深い方だ。他人の子供の命を救った……この痕は、あなたの【勲章】です!! もっと自分を誇ってください。何度でも言います、あなたは美しく素晴らしい女性です」
「クリスさん……私……」
クリスは美琴を強く抱きしめた。
「私があなたを守ります。嫌なことなんて全部忘れさせます!! どうか、私と結婚してください」
美琴はクリスの目を見つめた。
真っ直ぐで、どこまでも真剣な瞳。
「クリスさん……ありがとう。悪い魔法から解けた気がします。あなたの言葉を信じます」
2人の唇が柔らかく重なった。
部屋の明かりが消え、クリスの溢れる情熱が、深く美琴へと届いていった。
翌日の朝。
ちょっとバツが悪い気分の美琴。
クリスは、いつも通りの雰囲気でコーヒーを飲んでいる。
美琴は、今回の展開に自分でも驚いていた。
(ま、まさか私が、よく知りもしないクリスさんと……良い人だとは思うけれど……)
「美琴さん。今日荷物を取って来ますね。私の私物は、少ないですし……」
「は?」
「まさか気が変わったわけじゃないですよね?」
「何をですか?」
「結婚ですよ」
たじろぐ美琴。
「あ、あの……順番が違ってしまいましたが……もう少しじっくりと時間をかけて……」
クリスは立ち上がり、出ていってしまう。
「あ……」
(私、何かクリスさんの気に障ることを……)
1時間後、クリスが再び訪れる。
スーツケースを1つ持っていた。
「クリスさん」
「ただいま、美琴」
そう言って頬にキスをする。
「あ、あの、さっき……」
クリスがスーツの内ポケットから書類を取り出す。
クリス自身の身上書と、婚姻届だった。
「これで私のことは、だいたい分かりますし、必要書類は全て用意してあります。」
美琴がページを開くと、家系図から生い立ち、学歴と職歴、年収まで書かれていた。
「納得していただけたならサインしてください」
「クリスさん。私は今のままでも!!」
クリスは美琴を抱きしめて、
「あなたが立派に自立した女性なのは分かっています。私は、あなたと結婚したいのです。でないと何かあった場合、あなたを守れない。そんな後悔をさせないでください」
「クリスさん……」
美琴の瞳が潤んでくる。クリスは婚姻届を開き、
「もうこれ以上、時間を無駄にしたくないんです。私の分はサインしてあります」
クリスは、美琴に一目惚れしていた段階で、用意周到に書類を集めていた。そして、荷物をまとめて美琴の元へ来たのだった。
2人は市役所で婚姻届を提出し、クリスは岡山の住まいを美琴の家へと移した。
◇
野外での結婚披露パーティー。
ハルトがグラスを手に立ち上がる。
「完全に先を越されてしまいましたが……クリス! ミコ姉! 結婚おめでとう!!」
集まった仲間たちから、口々にお祝いの言葉が飛ぶ。
結の郷で行われた披露宴の模様は、てんとう虫通信を通じて世界各国へ中継された。相手がハルトの従姉妹だと知ると、世界の仲間たちの喜びも一層大きくなった。
ハルトがクリスに近寄り、こっそり尋ねる。
「式も新婚旅行も、しないんだって?」
「はい。やるべきことが山積みですので」
「私もヤギたちが心配だしね」
「飛行機が飛んでるうちに行ってきなよ」
「式も新婚旅行も大事だぞ」
と源が助言する。
「クリスさん達が行ってくれないと、他の人達が行きにくくなるでしょ? 特に私とか」
光がちゃめっ気たっぷりに言った。
みんなに背中を押され、クリスと美琴は沖縄へ旅立った。
2人だけの結婚式を挙げ、数日間、かけがえのない時間を過ごした。
後日、ハルトのもとに写真が送られてきた。
ウエディングドレスを着た美しい美琴と、モデルのように立ち姿が決まっているクリスが、幸せそうに微笑んでいる。
(2人とも幸せそうで本当に良かった。おめでとうクリス、ミコ姉)
安全が確認された桑畑の予定地で、ヤギたちと共に2人の幸せを祈るハルトだった。
(33章へ続く)




