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起・少女達は再会する

◇━◇━◇━◇━◇


 居炉仔街、中心部。


 街が生み出す無限に等しい光は途絶えることなく街自身を照らし続け、太陽が沈んだ後でも自然の法則に反して夜に火を灯す。

 昔は暗くなれば生活を終えていた人々は明日の為に早く寝るのが当たり前であったが、今では子供でも普通に日が変わる日時まで起きていたりするのが稀だ。


 夜の駅前にアロハシャツの褐色美少女が立っていても何らおかしいことではあるまい。



「むぅーっ。センセェー出ない〜っ!ふざけんなよぉ!夜はウチと電話するって約束したじゃん!」


 捏造した約束を破られた腹いせに、霜北は腕をブンブン振り回して空気に八つ当たりする。

 結局、そんなもので気が晴れることもなく志村に向けられた着信回数は50回にも渡り、相手からすれば全く迷惑極まりない。

 そんなかんなで奇妙な格好で騒ぐ女というのは非常に目立つ。


「ねぇねぇ」


 それもそれなりに顔の造形が良いとなると東京の街では厄介な奴らが寄ってきたりするのだ。

 

「オネエチャン1人?てかすげぇ怒ってんじゃん。何?彼氏と喧嘩?じゃ俺らと━━」


 恐らく、というより確実にナンパ。

 荒く染めた茶髪にラフな格好の青年達の非行に、周りの人間達は面倒事に巻き込まれるのを嫌って関わろうとはせず通り過ぎていく。

 見知らぬ少女1人がどうなろうと東京という街は一々気にしていられないのだ。

 そんなこんなで、非行青年達にとってこの時間帯は羽を伸ばせる自由な時間であり、警官と街を取り仕切っているヤクザの目にだけ気をつけていれば、自分達を邪魔をするものは誰もいない。

 そんな甘いを考えを持ち女性を軽視する彼らにって、異性とは怯えるだけの獲物でしかないのだ。


 しかし、此処は大都会。あらゆる者があるゆる思想で集う街。 

 いつも予想通りの都合の良い毎日を遅れるとは限らない。



「わかるっ!?」


 普通なら別れ話を種にナンパされた女の反応は二種類。

 馬鹿だと分かっていても寂しさを紛らわす為に付いていくか、面倒だと淡白に断るか。

 ナンパ男達に取って、身を乗り出して眉を釣り上げる霜北の姿はその何方にも属さず奇妙に見えたことだろう。


「センセーねっ!約束したのに来てくんないの!おかしくない!?」

「え、あぁ。そーね。おかしいわ」


 目の前の女の勢いに圧倒されながらもなんとか話を合わせる先頭の男。後ろには更に2人同じような格好のナンパ男が居たが、霜北は好みの範疇ではないのか、両方ともスマートフォンに意識を向けている。

 故に逃げるにしても男1人の意識しか向けられていない今しかないのだが、霜北は全く危機感を感じていない様子で更に身を乗り出していた。正面に立っているギャル男が仰け反ってしまう程に。


「やっぱりわかるっ!?君良い奴だな!!?飴をあげよう!」

「え?あ、ありがとう?」

「おい、サカキ。こいつやべぇ女なんじゃねぇのか?もうヤって……」

「黙ってろって。それならそれでいいだろ」


 明らかにテンションの食い違った女を前に、若干物怖じしながらも何やら会話を続ける不良少年達。

 気になった霜北がアロハ姿でピョンピョン飛び出した辺りで、リーダー格のサカキという茶髪の少年は傷んだジーンズのポケットからスマートフォンを取り出した。 


「君、“ボール”ってやってる?」

「へ?ボールって、あのボール?」


 不良達からすれば期待通りの反応を見せる霜北に、サカキはニヤけ顔を最低限抑えながら言葉を紡いだ。


「そうそう。あのSNSのボール。俺達たぶん気が合いそうだからさぁ〜。此処で会ったのも何かの縁じゃん?だから連絡先交換しとこうかなぁって。いいっしょ?別に?」


 義務教育の道徳の授業のビデオで視るような、お手本の様な売春目的の初歩的交渉術。いきなり本題に入るのではなく、まず連絡先を確保して地道に外堀を埋めていく。

 それから少しずつ逃げ道を塞いで甘い誘惑で唆せば、薬漬けにするなりして好き勝手し放題だ。

 周囲の関係の無い通行人達もそれが解っているのだが、誰一人として立ち止まって厄介事に首を突っ込もうとする者は居なかった。

 何かと時間の無い現代社会でリスクを承知の上で首を突っ込むよりかはら見知らぬ少女の人生が台無しになろうとも気にしないのだろう。

 そうしてニュースや新聞に取り上げられてから言うのだ。ああ可哀想に、不憫だ、自分がその場にいたら、と。



「待てよ」


 突然、女にしては低いハスキーな声と共に霜北の目の高さに合わせて掲げられたサカキのウデが掴まれる。

 霜北も含め、不良青年達も周囲に居る殆どの視線がサカキの手首を握り締めた来訪者へ向けられる。


 癖っ毛の強い、赤毛のポニテール。

 オレンジのパーカーを着た、三白眼の特徴的な目付きの悪い女だった。霜北の方が若干幼さなが残っているが、歳は恐らくそう変わらないだろう。

 片耳にイヤホンを指してガムで風船を膨らましながら真っ向から不良少年達と対峙するその姿は、援交目的の不良達よりもよっぽど周囲からは異常に見えた。


 確かにその奇抜な姿に面を食らったものの、サカキは自分の腕が掴まれていることを再確認すると、眉間の剣幕を深くしてメンチを切り始めた。


「なんだガキ。邪魔だからどいて━━」



 其処まで口を滑らせたところでサカキの世界は文字通り『反転』する。

 空が地に、地が空に。

 いつの間にやら軽くなった身体は途端に地面に叩き付けられ、サカキは訳もわからず腕を掴まれたまま地面に腰を抜かしていた。


「……えっ?えっ?」

 

 総じて慌てふためく不良青年達に対して、赤毛の少女は反して至って冷淡な口調でサカキの腕を締め上げる。


「さっさと帰れよチンピラ共。アタシの連れに手出ししようとすんな」

「いてっ!?いてててっ!!?わかった!!わかった━━━からっ!!」


 徐々にキツくなる締めに観念したかのように声を上げたサカキだったが、完全に締められる前に隙を突いて脚を振り上げる。狙いは、背後に回って締め上げてきた赤毛の女に振り上げた爪先で蹴りを食らわせることで、狙いは見事的中。

 

 中学の頃まで入っていた少林寺のクラブ経験と長い脚を持ち得てからこそできたアクロバットな一撃は、しかし靴先を噛まれて止められてしまった。


「なっ!!?」

「……まっふぅい(まっずい)」


 タイミングを間違えれば歯が折れて当然という荒業を悠々とやってのけた少女は、靴底を口から吐き出すと、お返しと言わんばかりにサカキの股間に自身の靴底で蹴りを叩き込んだ。


「ッッッッッ!!!?!?!?」

「ひっ、な、なんだこの女!?」

「や、やべぇっておい」


 あまりの衝撃に気絶するリーダーを置き去りに不良青年達は逃げていき、一時騒然となった場も次第にいつも通りの喧騒に呑まれていく。

 気絶するサカキを他所に取り残された女2人は互いに顔を見詰め合い、やがて身長の小さいアロハシャツの女が行動を起こしたのだった。


「モエちゃん!!もしかしてもしかして、モエちゃん!?」

「うぐっ。睦月(ムツキ)、その呼び方は……おわっ!?」


 不良青年達を撃退した少女を呼ぶには可愛らしさが過ぎる呼び名を何度も復唱しながら、赤髪の女に飛びつく霜北━━睦月。

 モエちゃん、と呼ばれた方の少女は嘆息しがちに肩を落としながらも、真正面からそれを受け止めたのだった。




 暫くすると遠くの方からサイレンの音が近づいてきた。

 実際に厄介事に介入しようとはせずとも、他力本願でも助け舟を出してくれたお節介が何処かに居たということだろう。最も半ば正当防衛とはいえ不良青年達を暴力で撃退してしまったモエからすれば都合が良い訳がなく、2人の少女はその場を後にした。

 目撃者は居たし、SNSなどでは今頃拡散されているかもしれないが、幸い一連の騒動を動画で撮っているような輩は見受けられなかった。

 

 ほんの少しの逃亡劇。東京の街は女性2人の小さな身体を隠す隠れ蓑には余りに十分過ぎた。

 やがて適当なファーストフード店に入ってサイレンの光が遠ざかっていくのを確認すると、赤髪の少女は肩の力を抜いて背もたれにもたれ掛かった。


「はぁ……ったく。何してんだよ。お前アホなんだから変なのには気をつけろっていつも言ってるだろ?」

「むぅ。違うよ、アレはあっちのアホがウチの魅力に惑わされたのが悪いんだよ。ウチ、悪くないよ」


 間髪入れず反論を返す睦月を正面に、モエは先程とは別の理由で肩を落としながら、注文したシェイクをストローで啜る。バニラとストロベリーの甘過ぎる味に口内を支配されながら、三白眼の圧力のある視線がムツキを睨み上げる。


「だとしてもだ。こんな時間に危ないだろう?」

「うぅ……」


 目つきと口調が相まって先程の不良以上の凄みを醸し出していたが、言葉の内容こそは友人を心配する優しい言葉だった。それを理解しているからこそ普段からよく回るムツキの舌も今は大人しいままだった。

 それが物珍しかったのか、多少機嫌の治ったモエはふと店の中から街の景色を見下ろして言葉を漏らす。


「それにしても、いつ帰ってきてたんだよ。いきなりハワイ行くとか言って音沙汰無しだった癖に」

「今日だよ」

「やっぱりか……だからその格好……」


 改めて見てもおかしな格好だと、目の前に行儀良く座ってハンバーガーを頬張る友人の姿に、モエは本日三度目の嘆息をしざるおえない。

 アロハシャツに何故か値札が付いたままのビーチサンダル。スカートに至ってはセンスを疑うドピンクのフラダンススカートだ。 

 本人の容姿が美麗なのも際立って、睦月は立っているだけで視線を集める。友人としては先程のように妙な輩が絡んでくる事件が後を立たなくて気が気でないのだ。


「お前、そのいきあたりばったりな性格やめろって。どうせ家にもまだ帰ってないんだろ?親父さん心配するぞ」

「パパはいいんですぅーっ。センセーの顔見たから今日はもう満足っ」


 小さなテーブルに俯せになる睦月の言葉に、モエの眉が微かに反応する。


「センセーって……まだあのわけのわからない大学教授のとこ言ってるのか。あのな睦月、前にも言ったけど」

「あーやだやだっ!今日の分のお説教ならもう補給済みですからこれ以上供給されたらキャパシティオーバーで破裂しちゃう〜!」

「またわけのわからないことを……」


 志村に対して何か思うところがあるのか、微かに眉を顰めるモエ。対象的に志村に絶対的な信頼を置いている睦月は、間接的にではあるが信頼する相手を悪く言われたようでわかりやすく膨れっ面であった。

 言動全てが奇想天外な睦月と付き合うに当たって、ある程度のことは時と共に容認できるようになる。それは言ってしまえば『慣れ』に近い。

 だからといって全てが全て容認できる訳がなく、例えば睦月自身に危険が降り掛かるような行動を起こそうとしているのを察すれば、他の誰かがブレーキを掛けてやらなければいけないというのが彼女を知る人々の共通認識なのだ。


「あの男が得体の知れない実験やってるのは知ってるだろ。ヤクザでつるんでるって噂もある」

「大事な研究だって」

「そう言ってもアイツは今まで何回も事故を起こしてきたじゃないか」


 論破するように畳み掛けるモエの言葉に睦月は押し黙る。

 多少罪悪感を感じながらも、友人を思えばこそモエの志村に対する見解説明は止まらない。

 

「校内における集団睡眠事件に、奴が関わっていた不良グループの一斉失踪事件。挙句の果に一週間前の爆発事故だ」

「でも、でもでもそれって全部噂じゃ」

「そうだとしても、そんな噂の中心にいる奴とお前が一緒に居るだなんてアタシは心配だよ」

 

 モエのテーピング尽くしの掌が睦月の手の甲に重ねられる。

 テーピング越しにも伝わる肌の感覚は厚く、そして暖かった。


「モエちゃん……」

「会うなとは言わないけど、あまり親しくするのもどうかと思う。お前にもしものことがあったら、アタシ」


 神妙な空気で話し合いを進める2人。

 夜のファーストフード店は昼間に比べて客も少なく、そんな2人の会話を邪魔する者は1人も居なかったのだが。




 ━━その後に、窓の外で『爆炎』という巨大な花火が打ち上がった。




「!?」


 空気圧で粉砕される店内の硝子。2人は窓より離れた席に座っていたのだが、爆風が襲い掛かってくることを事前に察知したモエが咄嗟に睦月を抱きしめて床へと回避行動に出ていたので少々の被害も受けずに済んだ。

 すぐに店内は爆発によって発生した衝撃波、暴風の影響を受けて散乱状態と化し、被害が収まるとすぐに店内には非常ベルの音と女性店員の悲鳴で場は騒然となった。


「モエちゃん……これって……?」

「ッ」

  

 騒がないまでも、咄嗟の災害に状況の掴めない2人は割れた窓の外の世界を見据えていた。

 轟々と内側から燃える廃ビル。

 気が付けば、正面で轟々と燃える廃ビルの前に多くの野次馬が集まってきていた。


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