起・極道は集まる
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東京。渋谷北部――関東系極道組織『青州会』総本部。
東京という都市に刻まれた数多に及ぶ血と抗争の歴史。
人々の妄想や捏造が加えられている部分も多々見受けられるのは確かだが、青州会という極道組織は今の時代に珍しく、人々のイメージ通りのヤクザとして今の今まで生き残った任侠一家だ。
金と薬と風俗によって闇に片足を引きずり込まれた一般人から金を巻き上げ、自分達の道楽の為に億万単位の金を使う。
極悪非道、悠々自適。この組織に所属する幹部達の悪名は警察の情報網でも完全には把握できていないという。
そんな要注意人物ばかり集まる此処、総本部に、いつにも増してピリピリとした緊張感が張り詰めていた。
数少ないの出入り口の前で誰かを待ち続ける数十人の黒服の男達。その全員が青州会傘下のヤクザであり、それぞれが自分の親分や他の兄弟分を待ち姿が見える度に頭を下げていた。
「碇のオジキ!入やられます!」
見る者に寺門を連想させる巨大で仰々しい通用門の前で一人の黒服が叫ぶのと同時に、場一体に緊張感が走る。
百近くの黒服の男達が、元からそう作られた機械人形でもあるかのように頭を下げている光景は異様を通り越してもはや圧巻である。
その黒服の群衆は真ん中で開いて意図的に奥の建物へと続く道を作っており、門をくぐり抜けた影がその道を我が物顔で歩き出す。
熊並の巨体に、金髪のオールバック。少し前の漫画に出てきそうな如何にもな雰囲気の極道が金歯を厭らしく輝いていた。
「おう。出迎え御苦労やのう」
不遜な態度のまま一切揺るがすことなく人の群れの間を進んでいく大男。
誰もが敬意を持って、また恐怖を持って目を合わさないように頭を下げていたのだが、不意に群衆の中から何かが道に現れ畏まった表情で大男と対峙する。
「碇のオジキ。こうしてお顔を拝見するのは久しぶりですね」
「……蛇蛾樂か。なんやお前随分偉うなったらしいのぉ」
威厳ある風格の袴姿の大男と、まるでホストのような風貌な二枚目の糸目の青年。
見た目からして異質であるこの二人の邂逅に、先程から変わらないように見えて場の黒服達全員が内心騒然としていた。
何しろこの二人は、今の青州会を支える古株と最年少若手の幹部その人達なのだ。
片や、“虎殺し”の碇源悟郎。二十代になる前から関西極道組織に所属し、ある抗争をきっかけに青州会に移籍して異例の幹部昇格。その後も表の不動産業や裏の薬物関係の仕事を中心的に規模を広げていった、正に一般人が想像するヤクザ、力の象徴である。
片や、“赤蛭”の蛇蛾樂宗玄。年齢は二十歳代後半と五十半ばの碇の半分ほどしか歳を取っていないが、若さ故の柔軟な思考力で堅実にシノギを集めている。同じ組の中でも食えない男として警戒されることが多く、古典的な極道である碇とは対象的にインテヤリヤクザとしてのイメージが強い。
つまり何が言いたいかというと、この二人は全く真逆の性質のヤクザなのだ。
一緒に話しているところなど殆ど誰も見たところがなく、当然ながら気が合うとも仲がいいとも噂になったことは一度もない。
むしろ仲が悪く、裏でお互いを陥れる権謀術数を練り合っているのではないかとまでまことしやかな噂も流れていた為、場の黒服達はいつ血みどろの殺し合いが起きるのではないかと気が気でなかった。
なのだが、そんな血生臭い殺し合いがいきなり起きる訳もなく、碇が煙草を咥えたのと同時に蛇蛾樂が懐からライターを取り出し火を付ける。
深く煙を吸い込む碇を蛇蛾樂はゆっくりと見据え、やがて先に口を開いたのは煙を吐き出した古参極道の方だった。
「で、どうや。俺が居らん間にオヤジはおっ死んだりしとらんやろうのぉ?」
「まるでそうなることを望んでるみたいな言い方ですね」
「口の聞き方には気を付けいガキ。海に沈められる前にまだやりたいこといっぱいあるやろ?」
随分と古典的な脅しをかけてくる相手に小さく嘆息しながら、それが半分本気だとも解っているので蛇蛾樂はスーツの襟を正して自身の身を護るために話を逸らす。
「まぁその話は置いておくとして。今日の議題、聞いてますか?」
「ふぅ……。オヤジの、後釜か」
見た目に反して器用さで煙で輪を作りながら訪ねかける碇に対し力強く頷き、蛇蛾樂はそのまま言葉を紡ぐ。
「いくら元気と言っても、年齢の割には、ですから。オヤジも今年でもう八十だ。いつ倒れるかわからない」
「あのオヤジが病気なんかに負けて倒れとる姿なんか全然想像できへんけどなぁ。もはやギャグや。病原菌に鬼が殺せるかいな」
「そんな風に会長を神格化する古参の方々は多いですが……あの人も人の子ですよ」
「知っとるわボケ」
辛辣に返しながら顔に向かって煙を吹きかけてくる碇。蛇蛾樂は碇の行動をうざっらしく感じていたのだが、やがてその煙の中で胸ぐらを掴まれると、僅かな『憤り』を『恐怖』に変えられて視線を正面に!引き寄せられてしまう。
すると、数歩先に居た筈の巨漢がいつの間にやら目の前まで迫っており、一つも穏やかな箇所が無い凶悪な人相が蛇蛾樂を睨んでいた。
「言い忘れとったんやけどな。若造が知ったような口でペラペラペラペラ喋んなや。ましてやおどれみたいな金勘定しかできんヘタレが何を俺と対等になったつもりで話しとんねん」
碇の言葉には明確な殺意に近しい嫌悪が含まれており、咄嗟に蛇蛾樂は防御を取ろうとしたが、遅かった。
蛇蛾樂が腹筋に力を込めるよりも僅かに速く、碇の岩のような拳が射出され蛇蛾樂の鳩尾に深く食い込む。
「かはっ」
肺の中の空気どころか、今朝食べたトーストとスクランブルエッグまで吐き出しそうになりながら両腕で腹を抱えて地面に膝をつく若い男の姿。
見た目が良いだけにその苦しむ姿はより一層悲惨に見えたが、周りで見ていた黒服達は誰一人として手を貸そうと駆け寄ったりはしない。そんなことをすれば次に碇の機嫌を損ねた罪で殴られるのは自分かもしれないと恐怖心が先に打ち勝って脚を竦ませていたのだ。
「オレは優しいからな。今回はこれで許したるわ。幹部会ではあんまり舐めた口叩かんようにな」
よって苦悶の表情で呻く蛇蛾樂に声を掛けるのは暴力を奮った張本人である碇のみ。彼は並のプレレスラー以上の巨大な体躯で自分よりも遥かに若い幹部を一瞥すると、そのまま奥の会場へと足を進めていった。
それから暫くして碇の姿が完全に見えなくなってから、蛇蛾樂の部下と思わしき黒服達の一部が堰を切ったように己の主人の元まで駆け寄ってくる。
「蛇蛾樂さん!無事ですか!?」
蛇蛾樂の部下達は明らかに蛇蛾樂よりも年齢が上であったのだが、役割の都合上か、ややあべこべながらも年下の上司のことをさん付けで呼称する。
そのことに未だ慣れていない自分に苦笑しながらも、蛇蛾樂は誰にでも崩さない丁寧口調で、口元を手で拭いながらゆっくりと立ち上がった。
「ええ、大丈夫ですよ……まだ、沈められてはいませんから」
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青州会。幹部会会場。
関東のほぼ全域を支配する巨大極道組織の総本山。
その会合場では数年ぶりに全ての幹部が集まるという異例の事態が起こっていた。
名目はこの場にいる幹部全員の実質的上司である男直々の徴集。青州会会長の号令を受けたのが、普段はそれぞれ多忙である幹部達を一同に集めるという奇跡を現実のものとしたのだ。
しかし肝心の伊鶴来会長の姿は未だ会場には無く、平均年齢五十を超える老体の面々にも僅かな動揺が広がり始めていた。
その中で落ち着きを取り払ってる面々の中でも一際異彩を放つ大柄な男。
他の幹部達が次々インテリ系へと鞍替えをする中、暴力と恐怖だけで自分の島を支配してきた碇は場の空気など考えずに不遜な態度で扇で自身を仰いでいた。
「何やオヤジは豪い遅いのぉ。連絡、誰も聞いとらんのか?」
幹部会には碇よりも更に古株である最古参の幹部達も出席しているのだが、依然として傲岸不遜な態度は変わらず、人を見下した態度のままだった。
それに気を悪くしたのだろう。二列に並べられた椅子に座っている幹部達の中でも、一番奥の伊鶴来会長が座る予定の席に近い位置に居る隻腕の老紳士が碇に鋭い眼光を向ける。
「碇。てめぇ、イキがるのはいいがちったぁ礼節ってもんを弁えやがれ。兄貴分の前だぞ」
「礼節ぅ?島津の兄貴こそ、極道にそないしょーもないもん求めてどないせぇっちゅうですかい。お行儀の良いママゴトなんか俺らの仕事じゃないでしょう?」
兄貴分に叱咤されて流石に口調は改めたものの、その不敵な笑みを浮かべた表情と不遜な態度はやはり変わらず、会話中も終始厭らしい笑みを浮かべていた。
「この際やから言うときますわ。兄貴らも、それと役立たずのガキ共も、最近腑抜け過ぎやないですか?」
「てめぇ!!碇!!口を慎みやがれ!!」
先程の老紳士とはまた違った老人が叫んで碇の言葉を諌めたが、等の碇はそんな言葉は聞こえていないとも言わんばかりに構わず言葉を紡ぐ。
「それに兄貴ら、俺に内緒で先月完成した『十王字ビル』の建設に一枚噛んどるでしょ?」
「ッ!お前、それをどこで……!?」
「やっぱりや」
僅かにざわめきを強くする場の雰囲気を見て愉快気に笑みを零す碇。その口元から垣間見える金歯の数々が見る者に不安と恐怖を与える。
「それでクソ中国人共を何十人も雇っとったでしょう?そのせいで街が紛れ込んだ中華マフィアでごった返しになってるの、気が付いてはりますか?」
「そんなことお前に言われなくとも」
「判っててやってることが問題なんじゃボケェ!!」
激昂と共に碇の巨大で太く丸太のような脚が地面に打ち付けられ、周囲に地震が起きたかのような錯覚を連想させる。
しかし実際は碇が地団駄を踏んだだけであり、それだけで人々の脳内に大自然の脅威を連想させるのだから、碇という獣を興奮させてはいけないと周囲の人々に再び恐怖を植え付けた。
「おどれらはなんじゃ!?極道やろうがい!!金勘定ばっかしおって本質見失っとんちゃうんかい!?おぉ!!?」
「いまいち、話が見えねぇなぁ」
凄みを聞かせる碇の迫力に誰もが蹴落とされかけていたが、そんな中初めに碇を叱責した老紳士風の隻腕の極道が静かな低音で再度諌めに入る。
「なぁ碇よ。てめぇ何が言いてぇ?てめぇが喧嘩好きなのは知ってるが、今の極道の在り方としては此処に居る連中達の方が合っている。なのにてめぇはガキみてぇにあーだこーだ騒ぎやがって。何が目的だ?菓子でも買って欲しくてねだってんのか?」
「流石は島津の兄貴。アンタはやっぱ違うわ。仕事のやり方変えてもその日本刀みたいにギラついた片目は変わっとらん」
巨大な肩を揺るがせて嗤う碇の姿に視線が次から次へと集まっていく。その全てが自分に向いたと確信すると、これまで以上に凶悪な笑みが浮かべた碇の顔面が周囲を嘲っていた。
その中に兄貴分達に対する敬意も、弟分達に対する慈愛も何も含まれていない。
「実はのぉ……今日この場に兄貴達を呼びつけたのは俺で、伊鶴来のオヤジの身柄は俺が預かっとるんですわ」
「「「ッ!!?」」」
先程の己の発言全てを茶番に変える物言いに一時は場は騒然となる。
今まで『群れの中の異端』だった男が、明確に『敵性個体』に変化した事実に誰もが警戒心を顕にする。
懐の拳銃に手を伸ばすものさえいたが、そのような気が早い者達は一番の年長者である島津が押さえ、彼だけは変わらない冷静さで昔から知る悪ガキにへと声を掛けた。
「そいつぁ、冗談じゃ済まされねぇ話だぞ。碇」
「今更冗談や言うても許してくれまへんでしょう?それに、俺はそないしょーもないもんボケは言いませんわ」
島津へと言葉を返しながら立ち上がる碇。その瞬間周囲が再びざわつきを取り戻す。
自身の行動に情けなく一喜一憂する幹部達を碇は苛立たしく思って一瞥すると、やがて杖を付いて立ち上がった一目置く兄貴分に穏やかな口調で声を掛ける。
「信じてもらわれへんやろうけど一応オヤジの許可は取ってますんで邪魔はせんといてくださいね。俺の国取り」
「国取り……?」
「それ言うために今日は兄貴らとガキ共呼び出したんですわ。精々俺の邪魔せんようにしてくださいって、お願いするためになぁ」
鸚鵡返しのように尋ね返されたら問に碇は絶対に撃たれないという自身の元、回答を口にしながらその場を後にしたのだった。
「ほな、さいなら。これからオヤジと晩飯の約束ありますんで」
会合の後、結局のところ伊鶴来会長は姿を見せなかった。
伊鶴来会長の身柄を確保している。その言葉を信じている幹部もいれば、享楽主義の男の戯言など鵜呑みにしない幹部も居たが、どちらにしても下手な手出しはせずに碇は会場から無傷のまま開放された。
「碇の叔父貴!」
自身を送迎する組の車に乗り込もうとした碇に背後から声が掛けられる。
老齢の幹部達も含めてある意味、碇に畏怖さえ抱いて声を掛ける者は誰もいなかったのだが、意外にも幹部会が始まる前で腹を殴られた最も若い幹部――蛇蛾樂だけは臆さずに碇の前に現れた。
記憶に新しい、昼方腹部を殴り付けたばかりの若者の来訪に碇は一瞬眉を顰めたものの、すぐにいつもの不敵な笑みを浮かべて若造を歓迎する。
「何や蛇蛾樂。俺は忙しいや。用があるんやったら早ぅせい。それとも俺の国取りに一枚噛みたいんか?」
「いえ、まぁ。そうではなくて。ちょっと聞きたいことがあるだけですよ」
いつもはどんな身分の相手の言葉にも同調して機嫌を取る蛇蛾樂だったが、今下手に言葉を返せばまた昼の二の舞いになると咳き込んでからさっさと本題を口にすることにした。
幹部を含め、あの会場に出席した誰もが疑問に思い決して口に出せなかった疑問を。
「居炉仔街の下水道に転がっていた死体。顔面が潰されたあの死体は叔父貴が処分するように里中さん達に連絡したそうですね」
「……」
「アレは、誰です?」
晴天の空の下でありながら場の空気が硬直する。
二人の幹部達が放つ空気の代わり様は周りの部下達のほうをハラハラさせているのだが、一瞬冷たく硬直した空気は、すぐさま原因となった質問をしたばかりの若い幹部の柔和な笑みによって崩された。
「……いえ、やっぱりやめておきましょう。聞いたら私も巻き込まれるかもしれない」
「……いや、別にええわ。隠すほどのことでもない」
今にでも蛇蛾樂を殴り付けそうな危なっかしい雰囲気は醸し出し続けたままであったが、一転してつまらなさそうな表情になった碇は淡々と簡潔に後輩幹部の疑問に口を開いてやる。
「何処の国の奴かは知らんがな。俺が隠してた小鳥ちゃんを盗もうとしやがった。せやから追い詰めて潰しただけや」
「小鳥って……」
蛇蛾樂は知っていた。
詳しくは知らないのも確かではあるが、風のうわさで現会長代行である伊鶴来の立場を揺らがしかねない切り札を碇が所有し続けていると。
それがその【小鳥】だとするのであれば、それを狙って来たのは何処の勢力なのか。
しかも、あろうことかその犯人の一派は碇が大事に隠しておいた小鳥を攫った挙句、碇組の庭に爆弾まで投擲したのだ。
被害は少なく、警察側には碇が直々に根回しをして大事にならないように取り計らってはいるが、そこまでされて黙っているような男ではないと蛇蛾樂は知っている。
連日世間を騒がしている爆弾魔との関係も含めて、碇は徹底的に潰すつもりなのだろうが、それにしては動きが遅いような気もする。
彼の短気さから考えればすぐにでも組を総動員させて犯人を見つけ出していてもおかしくはないというのに。
僅かな疑問を懐きつつも、これ以上しつこく訊いてもまた拳が飛んでくるだけだと判断して蛇蛾樂は諦めて愛想笑いを浮かべる。
「よくわかりました。教えてくださってありがとうございます」
「おう。情報量は今度支払えや」
気の利いた冗談のようにも聞こえる捨て台詞を残してそのまま消えるかと思われた碇だったが、送迎の車に足を踏み入れる直前に突然振り返る。
何事かと内申首を傾げる蛇蛾樂の前で、碇は少し悩むかのような仕草を見せたあと、意を決して口を開いた。
「……関係ないんやけどな、お前、真殿隆一って奴知っとるか?」
「?いえ、存じ上げませんが……何方ですか?」
「いや、知らんかったらええんねん。邪魔したな」
彼にしては随分と塩らしい対応を残して、碇は車の中へと消えていく。
質問に対して明確な答えは口にしないまま。
遠ざかって行く車を見据えながら、若い幹部はこの日初めて見せる無表情で咥えた煙草に火を付ける。
東京という街は今は何処も歩き煙草をするだけで口五月蝿い団体が文句言って来るが、極道組織が管理している敷地内であればそれを気にすることも無い。
蛇蛾樂は一日ぶりの煙草の味に目を細め、今日一日に起きた出来事を振り返る。
昼の殴打。会長直々の召集に、その会長の失踪。会長を保護しているという碇の兄貴。
その全てを明確に思い出し、男は唯一言言葉を漏らす。
誰の耳にも届かずに、ただ風に溶けていくだけの無意味な言葉を。
「碇の叔父貴が話を面白くしてくれるなら……さて、どのタイミングで1枚噛もうか」




