承・元極道は逃亡し、少女達は帰宅する
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昼下がりの都市部に、一台のワゴン車が小さな騒ぎを起こす。
前方、左右の自動車を追い抜いて警察との逃亡劇を繰り広げているワゴン車の運転手が、まさか十数年ぶりに車を運転している元服役者だとは誰も思わないだろう。
「おい!繋がったのか!?」
交差点を右へ。ハンドルを切りながら、助手席でシートベルトも付けずに横たわる若いヤクザに真殿は声を掛ける。
声を掛けられたヤクザはというと、血が抜けて徐々に生気を無くしていきながらもスマートフォンを耳に当てては外す行動を繰り返していた。
どうやら上司と連絡を取ろうと何度も電話を掛けているようだが、不運なことに何度コールしても相手側に繋がらないらしい。
それが本当に相手側が何か電話を出られない状況にあるのなら不運ということで済むのだが、徐々に思考能力も低下しつつある若いヤクザの頭の中には嫌な予想が蔓延ってしまう。
━━すなわち、自分が何らかの罠に嵌められた可能性。
しかし若いヤクザはそんな予想を頭に過ぎらせて、すぐに自分のような矮小な1ヤクザを誰が陥れるのだと内心苦笑して首を振る。
となると、残った要因の中で最も可能性が高いのは、今現在真横で警察の白バイとカーチェイスを繰り広げている男というのが濃厚な説になってくる。
関東の大部分を占める巨大極道組織・青州会。短い期間ながらもその頭目の側近だったという経歴を持ち、現組長の根回しによって出所させられたばかりの男。
真殿隆一の存在は青州会という極道組織に大きな変革を与える要因となり、当然ながらそれをよく思わない極道は少なくないだろう。
自分のような成り立てのヤクザがまさかこのような火事場に巻き込まれるとは全く想像しておらず、時代遅れのパンチパーマで着飾ったヤクザは表情を更に青くしながら震える唇で言葉を紡ぐ。
「たく、も……ついてないっ、すね……」
「ッ!おい無理するな━━うぉっ!?」
過呼吸気味になり始めた若いヤクザに気を取られたのだろう。
一瞬、助手席に目を向けた瞬間、前方の対向車線状から迫ってくる自動車への反応が遅れ、慌ててハンドルを切った時にはもう遅かった。
真殿達が乗るワゴン車の側面に若者が乗ったオープンカーが激突し、衝撃で弾き飛ばされたワゴン車は近くのファーストフード店に正面から突っ込む。
突っ込んだファーストフード店がガラス張りの窓だったが為に大仰な音を立て、道行く通行人達の内何人かは必要以上の悲鳴を上げていたが、奇跡的に改装中だった店内には客はおらず怪我人は出なかった。
自分の身よりも先にそのことを確認して安堵した真殿は、間髪入れず自分の身などやはり二の次で助手席に横たわっていた男に目を向ける。
シートベルトをしていなかった為、咄嗟に若いヤクザの身体を片手で抑え付けたのが結果的に彼の命を救ったが、無傷というわけにはいかず、事故の衝撃で気を失いかけていた。
「おいっ!お前!しっかりしろ!」
肩を掴んで必死に呼びかける真殿だったが、若いヤクザの瞳孔ははっきりしておらず、金魚のように小さく口をパクパクさせて不明瞭な言葉を紡ぐだけだった。
「お、れは……どうして……」
脳震盪の一種か。とにかく余談を許さない状況だと判断した真殿は、彼を置いていくことにした。
此処で無理矢理担ぎ上げて連れて行くよりも、先程の白バイ隊員に任せて然るべき場所で治療を受けさせないと拙いと判断したからだ。
といっても事故を起こしたばかりの車内に置いておくわけにもいかず、完全に気を失った彼を担いで外に出ると、呆然と事故現場を眺めていた野次馬に預けたのだが。
「おい!悪いんだが、こいつ頼む!」
「は、はぁっ!?え、ちょっ」
理不尽にも死に体の若いヤクザを渡されたチンピラ風の戸惑っていたが、気にしてる余裕は真殿にはなく、そのまま走り去っていく。
何より刑務所を出た直後に会った黒服達。
奴らのような追手を掻い潜るのに、怪我人を連れて逃げるのは些か難しいと判断したからだ。
そう、真殿はこの時点で既にこの状況から逃げる未来を選択していた。
別段住み慣れた刑務所に戻ることは苦ではなかったが、それでも自分で今の状況の発端を突き止めなければいけないと何処かで強い意志が芽生えていた。
心の奥で唸る静かな憤りが、中年の元極道の魂にそうしろと命令していたのだ。
「待ってろ。すぐに原因をぶん殴って来てやる」
放れた言葉は既に意識を失った若いヤクザに、そして自分自身にも向けれた戒めの言葉でもあった。
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都内。某マンションの4階『402』号室。
都心部からは少し離れた住宅街。駅からも距離があり、昼間感じた街の喧騒とはガラリと一変した静けさに、睦月とモエはまず肩から力を抜いた。
「「はぁ〜」」
少女2人は同時に仲良く息を吐く。
それで1日の疲労が解消してくれるわけは無いのだが、2人の此処最近の出来事は、溜息でもついていないとやっていられない状況ばかりだ。
巷を騒がせる爆弾魔事件に遭遇したり、正体不明の未確認生物を預かることになったり。それらとは別種の驚きではあるが目を疑うような軍服美人でも出会ったこともあった。
それらが大きく心身の体力を削り、モエが居候させてもらっている同居人の婦警の賃貸にて彼女達を嘆息させる大きな要因となっていた。
自身の部屋のベッドにうつ伏せに倒れる睦月の近くで天井を仰ぎながら放心していたモエは、不意にその三白眼を部屋の隅に追いやられるように置かれた『バッグ』に向ける。
「……で、アレ。どうするんだよ」
「……」
心底疲れた人間の声に、同じく疲労し切った睦月はまるで屍のように何の反応もしない。
実際、無視しているというよりも何と答えたればいいのかわからないのだろう。それがわかっているからこそモエもしつこく言及はせず、また疲れた表情で天井を仰ぎ見た。
━━中身が『変な化物』なんかじゃなけりゃ、こんなに疲れなかったのになぁ……。
呆けて無意識に口を開くモエの頭に浮かぶのは、ついさっきの昼間の出来事。
知人である戸張という少女が件のバッグの上に転倒したのをきっかけに始まった一連の騒動。
志村という科学者が置き忘れたそのバッグの中には『何らか』を閉じ込めたガラス瓶が入っていたらしく、戸張が転倒した際に誤ってそれが割れてしまったらしい。
その表紙に内部に詰まっていた液体と『何らか』が外に放り出され、現場となった駅前は一時小規模な騒動となった。
後からソーシャルネットワークサービスの1種である『ボール』で確認してみたところ、『女子大生の悪ふざけ』として一連の騒動を処理されていたが、果たして上手く鎮静してくれるかどうか。
実際間近で説明不可能な現場を見たモエだからこそ、その不安は中々消えてはくれなかった。
「アレ、動かなくなったな」
「……」
当然のことながら一人でに動いたりしないバッグを見つめてモエが声を漏らす。
ムツキはというと依然無反応で、相当疲れているのだろうと判断したモエは一人でに続けて言葉を紡いだ。
「ミニカーから腕だの脚だの目玉だの……おかしいだろ。なんだよあれ」
脳裏に浮かぶ、悪夢のような光景。
昼間逃げるように街を駆けていた時は背化に背負っていても殆ど恐怖を感じなかったというのに、落ち着いた今になってあの記憶を恐怖として思い出す。
バックの中で液体にまみれた『眼球』が此方を見つめていた。
目と目が合った時に感じた背筋が凍り付く感覚。人と人とでは感じられない奇怪で奇妙な感覚に呑まれてしまった自分を、モエはひたすら恥じた。
モエは女性である前に自分が1人の武人であると自覚している。
それは誰かに暴力奮うことを肯定した日があるということであり、その日から恐怖を与える者としてせめて己が恐怖を感じてはいけないと言い聞かせてきた。
云わば信念のようなものだ。恐怖を抱いていれば己の信じる拳が曇るような、そんな気がしたから。
しかし、あの瞬間彼女は恐怖を感じてしまった。
それが戦闘の最中で無かったにしろ、何か対して後退りをしたのは何年ぶりだろうか。
歯痒い感覚はいつまでたっても消えてはくれず、逃亡中にもそれを無意識に感じ取っていたのだろう。維持になって結局逃げ込むまで捨てることもできなかった。
「……ごめん睦月。こんなの、どっかに捨てればよかったのに」
今になって、同居人の住居になんて物を持ってきてしまったんだと自責の念に駆られるモエ。
逃亡中は睦月も行動を共にしていたので彼女が一方的に悪いわけでは断じて無いのだが、責任感の強さが謝罪を口にさせたのだろう。
対して睦月はうつ伏せのまま依然として動かない。
怒っているのだろうか? そう思って不安になり、顔を枕に埋めている睦月に触れようと手を伸ばした矢先、モエは気が付く。
柔らかな低反発枕と顔の間で、微かな寝息が漏れ出していることに。
「……こんな状況で……」
疲労した声に僅かに加えられる人匙のスパイス。
舌どころか脳全てを通して感じる『怒り』の感情に身を任せ、睦月の寝ているベッドのシーツは勢い良く引っ張られたのだった。
「寝るなぁ!!!」
「ふがっ!?」
人間一人乗せた状態でのテーブルクロス引きは上手くいかなったようで、ベットからシーツごと引きずり降ろされた睦月が珍妙な悲鳴を上げる。
それからうつ伏せになり、10秒足らずで起き上がったと思うと、真っ白なシーツを脇に抱えたモエの眼前に勢い良く立ち上がり講義の声を上げる。
「モ・エ・ちゃ・ん!!痛い!!」
「アタシは痛い友達を持って心が痛いよ……」
「その発言でウチのハートもブレイクされたー!!」
左右の部屋に在住者が居ないとはいえ、夜中のマンションで上げるべきではない声量を上げてベットに再び倒れ込む睦月。
そんな友人の姿に再度嘆息しながら、モエの視線は部屋の隅のバッグへと移された。
部屋の隅で開かれた黒のスポーツバッグ。あの中に己の理解の範疇を超えた異形が潜んでいると思うと、流石の勝気少女モエも身震いせずにはいられない。
といっても、あの広場での一件以来、ミニカーに寄生した奇妙な生物は動きを見せることは無い。バッグの中を覗いていないので中がどうなっているかは定かではないが。
そもそも確認する勇気も無いのだがと気の抜けた欠伸をしたのも束の間。此処までの一連の考えが消えかけたところで、モエはある違和感に気が付く。
――中は誰も覗いていない筈なのに、何故スポーツバッグのチャックは開いていたのだろう?
疑問はやがて明確な不安に変わり、焦ったモエの身体は自然と別途の上に寝転がる睦月に向かって駆け出していた。半ば突進する勢いで。
「うわぉっ!?ど、どしたーいっモエちゃん!?幽霊!?超脳略者!?ゴキブリ!?最期のは流石のムツキちゃんも対処できないぜ!!」
「あ、アレ!アレ見ろ!居ないんだよ!!」
豪く抽象的でありながら、必死な物言いのモエの姿に流石の睦月も多々ならぬ事態だと察し、モエの影からそっと部屋の隅に目を向ける。
すると其処にはチャックが半分開いたバックが転がっており、丁度ベットの上の位置から中が空洞であることが確認できた。
その光景に睦月は珍しく頭を悩ませ、やがてモエの眼前で閃いたように人差し指を上に向ける。
「……モエちゃん、逃した?」
「犬猫逃したみたいに言うな!誰がそんなことするか!!」
モエの怒号が鳴り響いたのと時同じくして、不意に部屋の扉がの開く音が睦月の自室にまで届いた。
混乱した2人の少女の脳内に最悪の展開が同時に予想される。
考えられる要素としては、扉が内側から開けられたというただ一点。
無論、部屋の中には睦月とモエ以外誰も居ない筈なのだが、今現在二人の頭の中には同様の光景が広がっていた。
それは昼間の駅前の光景。志村のバックと二人の共通の友人である戸張が引き金となって起こった小さな騒動。
その発端となった赤いミニカーは、まるで意思があるかの如く勝手に動き出したのだ。質量保存の法則を全く無視して人間のものと思わしき腕や脚を植物の根や幹のように伸ばしながら。
「待て待て待て待て待て待て!!」
恐怖心を無理矢理抑えてベットから飛び上がったモエ。それに引き続いた睦月がほぼ同時に部屋から廊下に飛び出して、異形が自分達の部屋から外の世界へと飛び出すのを阻止しようとしたのだが。
刹那、空気感を壊す軽い破裂音が狭い空間に響き渡る。
暫くして、真っ暗闇から明かりが付けられると、玄関にはどう見ても二十代としか思えない見た目のモエの同居人の姿があった。
「もぉーっ。アンタ達、電気も付けずに何してんのよ。なんか虫飛んできたからお姉ちゃん慌てて潰しちゃったじゃない」
真夜中且つ明かりが全く付いていない廊下で飛んできた虫を潰せるモエの同居人の動体視力が如何ほどのものなのかという疑問は置いておくとして。2人の視線はその潰されたという虫へと下がる。
モエの同居人である女性が手にしたスリッパによって潰されていたのは二人の大嫌いな黒光りするあの虫などではなく、――背中から昆虫のものらしき羽を生やした真っ赤なポルシェのミニカーだった。
同居人を含めた3人がその事実に気が付いて同時に悲鳴を上げるのは、此処から3秒後の出来事である。




