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EXM-エクスマキナ-  作者: スプライト
第2章 〜高等工科学校編〜
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第2話 「シミュレータ訓練」

 日々は飛ぶような早さで過ぎていく。


 数日で、起床ラッパで反射的に身体を起こせるようになった。十数日で、ラッパの上手い下手がわかるようになった。数十日で国旗掲揚や国旗降下で敬礼するのが当たり前になり、いつしか敬礼の仕草が身体に染み付いていた。


 ギンというエースとの一対一の指導。トオルはそれに必死に食らいつき、短期間で知識や技術を身につけていった。


 ……そして、訓練開始からはや2ヶ月が経った、8月某日。


「本日のシミュレータ訓練は2039年度生と合同で実施する」


 いつもよりやや遅れた時間にやってきたギンが言った。


 「了解ッ!」と応を返しやってきたのは、”訓練器材講堂”という施設。入るとそこは、研究施設を思わせる内観だ。廊下を進みと施設の一角に辿り着く。いくつもの扉が並んでいる。扉脇の窓を覗き込むとそこは小部屋(と言ってもかなりの広さだが)になっている。伸びた足場の先にはEXMの胴体。それが右へ左へと揺れていた。そんな小部屋が全部で4つ。


 廊下にはいくつものディスプレイが並んでいた。そこにはECHOとEXM、あるいはEXM同士が戦っている姿が映し出されていた。


 と、そこへ。


「よォ末岡1佐、遅かったじゃねェか」


 いきなり壁が現れた。そう錯覚する程に巨漢の男が現れた。身長は二メートル近く。腕は丸太のように太い。彼が身動ぎする度、筋肉が動く音が聞こえそうになる。彼が気軽に片手を上げて挨拶をする――それだけで、迷彩柄の戦闘服は内側からはち切れそうな程に膨らんでいた。


 トオルには彼がまるで、人間の外見ガワに窮屈に身体を押し込めた虎や獅子のように見えた。


大賀オオガ3佐。すまないな、待たせた」


「がァっはっはッ! 別に責めちゃァいねェよ。どうせ門口陸将に呼び出されてたんだろォ」


 ギンは肩を竦めて肯定した。巨漢の3佐は「それよりも、」とトオルへ視線を向ける。ギョロリとした目はまるで仁王像を連想させた。トオルは自然、緊張に身体が強張る。


 だが、身体は反射的に敬礼の姿勢を取っていた。


「新津生徒です!」


「がァっはっはッ! そう固くなるな。オレァ”区隊長”の大賀アラジ3佐だ。コイツ等の教育・指導を受け持ってる。今後はオメェの事も面倒も見る機会も増えるだろう」


 区隊――学校でいう所の”クラス”だ。ようするに区隊長というのは、担任の先生だ……まあ、ごく頻繁に鬼や嵐や魔神にもなるのだが。


 トオルが「よろしくお願いします!」と返した所で、ちょうど一区切りついたのか小部屋から生徒が出てくる。


「ちょうどいい。新津生徒、次ィ入れ。初戦でECHOの群れを撃退したその実力、見せてもらおうじゃねェか」


「はいッ!」


 トオルは戦闘服の上着を脱いだ。しかし、その下にあったのはシャツではない――パイロットスーツだ。


 体に密着するような、やや光沢感のある素材。動く度にギュッギュッと音が鳴った。スーツ内には液体が流れており、搭乗時にはコックピット内のGメーターと連動し身体にかかる圧を調整してくれる。


 スーツの各部には金属製のリング――センサが取り付けられていた。特に首のリングには、今は空っぽだが注射筒シリンダを装着させるための”ソケット”や、喉から直接音を拾う声帯マイクとしての機能も備わっている。また、目元から耳に掛けては特別性のアイフォンが掛けられている。


 上着を他の生徒のものに並べてハンガーにかけた――。




 ……コックピットの座席。


 トオルはそこに身体を預けていた。シュウエンとはいくらかの差異が見られるその内装。だが困惑することはない。座学で散々教わった上、シミュレータ自体も初めてではない。


 トオルは手順を思い出しながら様々な項目のチェックを行なっていく。トグル(スイッチ)は全て降りているか、座席の位置はちょうど良いか、操縦桿の高さは合っているか、フットペダルと操縦桿はスムーズに動くが、トリガーに引っかかりはないか、”シートベルト”が繋がっているか――スーツの背部が座席と接続されているか。


 それらを指差喚呼ユビサシカクニンする――全て問題なし。そうしてようやく起動鍵メモリキーを差し込む。メインモニタに表示されたキーボードをタッチしてパスワードを入力。


 パスワードが認証されると、モニタに機体各部の診断結果が滝のごとく流れた。同時に機体の各部に光が灯っていく。前面に”外の風景バーチャル”が広がっていく。全ての診断が終了し、最後に一文が表示される。


『MAN-type Instrument's Attitude Control - System』


 ”MANIAC-Systemマニアクス”と名付けられた人型戦車用姿勢制御システム。”天才”と呼ばれた夫婦が組み上げ、巨大人型ロボットなんてものを実現にまで漕ぎ着けさせたオーパーツ。


「……ふぅ」


 一つ、息を吐く。


 トオルは最後の手順を行う。メモリキーに手を掛ける。ここには、これまで操縦データが詰まっている。それらを参照して、機体は自動で”チューニング”される――乗る程に操縦性が上がっていくのだ。


 メモリキーはその人だけにとっての、パイロット人生の全て。これを捻る瞬間がトオルは好きだ。ガシャリ、とコクピット内に音が響いた。エンジンに命が灯る。振動がシート越しに伝わってくる。やがてそれが最大限にまで高まる。


『プッシュバック、起動』


「プッシュバック――起動!」


 通信機越し――アラジの指示を復唱した。と同時、声に応えるかの如くバーチャル内の機体の眼が光を放った。


 ……まあ、眼が光るのはただ外部への『起動するから、危ないから離れてくださいね』というサインでしかないのだけれど。それでも、この瞬間はココロオドル。


 トオルはトグルのいくつかを上げる。それに合わせて赤外線センサや通信装置、情報共有システム(C4I)が起動する。レーダー等が画面に表示された。


『ロック解除』


「ロック解除」


 機体を固定していたハンガーのロックを解除する。身体が自由に動く。ショットキャノンを手に取った。そして、


『――訓練開始ッ!』


 アラジの合図と同時に、


「新津生徒、プッシュバック――行きます!」


 コンテナの外へ、足を踏み出した――……


   *  *  *


 ―Side:ギン―


 駆け出し、対峙する、二機の薄茶色の機体。武装はECHOを相手する時と同じだ。


 お互い牽制にショットキャノンのトリガーを引く。しかしスタン弾では、生体であるECHO相手とは違い、金属の装甲に弾かれ決定打にならなかった。トリガーを引きながら、お互いジリジリとその距離を詰めていく。接近戦に持ち込み、一気に叩く――そのための駆け引きが行われていた。


 ディスプレイ越しにそれを見ていたギンが言う。


「今は、対人などというカリキュラムもあるのか」


「……ん? そういやお前はずっと前線に出てばかりで知らないんだったなァ!」


 彼の声を拾い、アラジが答える。


「いくらか前に門口陸将からのお達しがあってよォ。いやはや……これがなかなかどうして、悪くねェ」


 門口陸将――彼の名が出てきた事で、「ほう」とギンの目が細まった。


「対人をやらせた奴は総じて”柔軟性”が高い。実戦でイレギュラーが起こった際の対応力が段違ェだ。それは、MOB倒してるだけじゃ得れねェもんだ」


 それを聞いたギンが興味深そうに言った。


「そういうものか。ならばオレもやってみるか」


「がァっはっはッ! オメェの相手が務まるやつなんざいねェっての!」


 そう笑うアラジにギンは言う。


「お前ならわからんぞ?」


「勘弁してくれやァ。前線を離れて何年経ってると思ってやがる」


 そんな軽口を叩いている内に、戦況に動き。


 トオル機がナイフを抜いた。地面を蹴り、一気に距離を詰めた。対して相手機はナイフを抜かなかった。ギリギリまでまで引き付けトリガーを引いた。その狙いは脚だ。


 ――賢い選択だ。


 とギンは思う。あの状況で冷静に判断を下した度胸に舌を捲いた。あの距離ならばスタン弾といえども十分な脅威になる。弾は正確にトオル機の脚へと吸い込まれ……しかし、


 ――その弾が”ショットキャノン”に防がれた。


 ガシャァンと音を鳴らし砕ける”それ”。トオル機の、次の一歩がしっかり地面を踏みしめる。相手機は急いでショットキャノンを放棄。後退しながらナイフを抜こうとするが……。


 ――決着が、付いた。


 相手機の胸部にナイフが突き立っていた。


「……アイツをどう思う?」


 ギンは画面の中で立つトオル機を示しながら言う。


「んァ? 優秀だと思うが」


「そういう意味ではない事くらい、わかっているだろう」


 アラジはややバツが悪そうになる。一つ溜息を吐くと、周囲に聞こえぬよう声のトーンを落として言った。


「優秀だと思ったのは事実だ。とても、”努力家”だ。……なァ、末岡1佐。聞くが、アレは本当にあの人の息子で間違いないのか?」


「……あぁ、あの人の子だ」


「そいつァ……、」


 その先の言葉を、アラジは飲み込んだ。それで会話は終わりだった。お互いもう、話すべき事は話し終えていた。


 と、ギンは突然口元を押さえた。背を向け、その場を去っていく。


「どうした? 最後まで見ていなくていいのか?」


「……構わん」


 アラジに短く答え、廊下の角を曲がる。そこでガクリと膝を着いた。咳が出る。口元を押さえていた手には、血が付着していた。


「まだだ、まだやれる……」


 手についた血を、ギンは強く握り込んだ――……


   *  *  *


 ―Side:トオル―


 トオルは小部屋から出、廊下へと戻ってきていた。と同時にアラジが声を掛けてくる。


「お疲れさん。なかなか悪くない戦いっぷりだったじゃねェか」


「ありがとうございますッ!」


 トオルは敬礼して返す。しかし内心では、


 ――危なかった。


 その一言が占めていた。こちとら実戦を経験した身。しかもギンには一対一で訓練をつけて貰っているのだ。対人戦が初めてとはいえ、まさかここまで追い詰められるとは……。


 ――甘く、見ていた。


 ディスプレイで他の生徒が戦っているのを見て、これならなんとかなるだろう……とタカを括っていたのがいけなかったのか。特に最後の一撃はトオルに”死”さえ連想させた。


 と、隣の小部屋が開く。トオルは相手に興味を抱き、そちらを振り向く。その姿を見てトオルは驚く。


「――女……?」


 それも、とびきりの美少女。


 パイロットスーツがぴったりと張り付いた体は華奢で、とても、毎日訓練を受けてきたなど思えない程。小さな顔に、やわらかそうな唇とくりっとした瞳。栗色の髪は基本的にはショートカットだが、もみあげだけは少し伸ばされていた。


 コツン、コツン、と足音を響かせてこちらへ近づいてくる。すぐ目の前でちょこんと首を傾げ、こちらを見上げてくる。さらりと少し長いもみあげが、そのきめ細かい肌を撫ぜる。


「キミ、すごく強いんだね。あたし初めて負けちゃったよ」


 可愛らしい声、と思うと同時に納得もする。道理で強かったわけだ、と。要するに、彼女こそが区隊の最強トップだったのだ。


 彼女はトオルへ、ぴしっと敬礼を向けた。


「初めまして、尾山オヤマミツキです。これからよろしくね、トオル君っ」


 彼女――ミツキは、くすりと柔らかな笑みを浮かべた。


 その言葉にトオルの心臓がドキリと跳ねた、その時。


「ごぉらッ!」


 ゴチンと彼女の頭頂にゲンコツが叩き落とされた。「うひゃんッ!?」と彼女から悲鳴が上がる。その背後にアラジが立っていた。彼女は逃げるようにトオルの背に回り込んだ。腰に当てられる小さく、柔らかな手。それをトオルは強く意識させられる。


「なァにが『よろしくねェんっ』、だ! テメェはまた……!」


「そんな言い方してないもーんっ!」


 べーっと、トオル越しに彼女が舌を出す。上官と部下、という風には見えない遠慮のないやり取り。よく見れば身体の体格こそ凄まじい差があるが、仕草の端々にはどこか似たものがあった。


「実はあたし、アラジ叔父さんの親戚なの」


「叔父さんじゃねェっつったろうが! 大・賀・3・佐、だ!」


 彼女は「はいはい、わっかりましたぁー」とアラジに返す。それから、「あっ……ごめんねっ」と引っ付いていたトオルの背から離れた。柔らかだった手の感触が離れていく。それを名残惜しいと感じた、その瞬間にアラジは言った。


「――そいつオレの”甥”だぞ」


 瞬間、トオルの思考が吹っ飛んだ。


 ……。


 ……。


 ……甥?


 ギギギ、とトオルの首がぎこちなく動き、アラジに首を傾げる。


「……まじ?」


「マジだ。……ほら」


 敬語さえ忘れて問うたトオルに、アラジは周囲を顎で示す。そこには死んだような、あるいは達観したような、はたまた”覚悟”を決めた顔をした生徒の面々。


「うん?」


 と可愛らしく小首を傾げるミツキ。あ、とトオルは理解した。理解してしまった。


「デ……デカルチャぁあああああああああああああああああああああッ」


 慟哭が口から零れた。両手両膝が床に着いていた。それを見て彼女――ではない、”彼”が言う。


「あーもうっ! 叔父さんほんっとありえなーいっ! なぁーんでそんなすぐバラすっかなー」


「生徒を守るのもオレの任務だからなァ」


 そして、ミツキは「それじゃー改めて」とトオルの側にしゃがんだ。頬杖をついて悪戯っぽい笑み浮かべ……。


「”初めまして”。尾山ミツキ訓練生です。年齢は17歳。可愛いものが大好きな――”男のオトコ”ですっ」


 語尾に音符が付きそうな声音で「ミツキ、って呼んでね」と言った。憎たらしい事に、男とわかった今でも可愛いかった。

 そして、言った。


「まーでも……ここに女の子がいるわけないからね?」


 ミツキの言葉は、生徒全員の胸にグサリと刺さった――。




 ……それ以来、彼ら39年度生と一緒に訓練をする機会が多くなった。シミュレータ訓練だけでなく、体力錬成なども。そして、それら全ての訓練において、トオルが1位、ミツキが2位という結果を残した。


 トオルはミツキという強敵に対抗するため、徐々に訓練量を増やしていった――……


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