第1話 「自衛隊高等工科学校」
―Side:トオル―
梅雨入りを目前に控えた、6月初頭。トオルは花道駐屯地の敷地を歩いていた。
「あなたには今後、自衛官になるための一般的な訓練とパイロットになるための訓練を受けてもらう事になるわ」
前を歩く二十代半ばの、金髪の女性自衛官(WAC)。自身を”エイミー・フライクーゲル”と名乗った彼女はしかし、生まれも育ちも国籍も日本なのだとか。
そんなエイミーに続いて駐屯地内を歩く。広い駐屯地の敷地内には、大きなな建物が並んでいた。あちこちから訓練中だろう気合いの声や、ガシャガシャと金属のぶつかり合う音が聞こえてくる。
トオルは最初に連れて行かれた寮の自室で荷物を置いた後、彼女に施設を案内されながら、今後の寮生活や注意事項について聞いていた。
「06:00(マルロクマルマル)に起床ラッパ。5分で着替え等を終えて整列。06:05(マルロクマルゴ)から乾布摩擦と日朝点呼。06:10(マルロクヒトマル)からは清掃とベッドメイク。06:45(マルロクヨンゴー)から朝食を――」
説明を受けながら施設を巡っていく。その最中、芝生に並んで伏せ小銃を構える同年代を見つけた。トオルは思った――そうか、俺はこれから戦争をするんだ。
トオルの脳裏に、自分がここに来るまでの記憶が浮かび上がっていた――……
* * *
―Side:アイ―
あの戦闘から1週間後。一時退院を許可されたトオルに、アイは半ば無理やり着いて一緒に帰っていた。彼女の内を占めていたのは、不安だった。
自衛官に車で送られトオルの家に辿り着き……そこでアイはガチンと固まった。
「次代の英雄が帰ってきたぞぉおおお!」「トオル君、実践に巻き込まれた際のお気持ちは!?」「お父様とはどのような仲でしたか!?」「世間は今、貴方の話題で持ちきりですが、今後はどのような――」「ちょっ、全然見えない! トオル君、あなたはそこにいますかー!?」「なんでもいいので、何か一言!」
家の前は、記者で溢れかえっていた。
わーぎゃー、わーぎゃー。アイはトオルと二人して、自衛官に守られながらなんとか玄関へと辿り着く。「ここは我々に任せて貴方たちは中へ!」「俺達に構わず先へ行けぇ!」とどこか楽しげな自衛官に守られ、なんとか家の中へと入った。
もうほとんど我が家に近い、トオルの家。だが扉が閉まり外の喧騒はシャットアウトされたそこは、いつもとは異なりどことなく不気味な気配を漂わせていた。
何かに気付いたように廊下を走り、扉の一つを開け放ったトオル。そこは彼の母親であるホノカの自室。……と、そこには彼女がぶっ倒れていた。
「オナカが、ヘッタ……わ」
「っなぁあああああッ!?」
と、トオルは声を上げた。
アイが片腕ながら食事を作り、トオルは彼女を風呂へ放り込み部屋を掃除する。アイは不思議だった。研究し過ぎてぶっ倒れるホノカの世話を焼くのは、トオルの常だった。そのいつもの光景を見ていると……アイはなぜか、泣きそうになった。
――そして、すぐ……そのいつものは崩れ去った。
三人揃っての1週間振りの食事が終わり、空っぽの食器の並ぶテーブル。そこへコトンと、ホノカは真っ赤なメモリスティックを置いた。それは実質の、自衛隊への召集令状だった。
トオルはそれをわかっていたかのように受け取り、そして言った。
「――俺は、パイロットになる」
「ふざけないで」
ホノカが即座に言った。トオルの言葉は『自衛官になる』『戦争へ行く』『高校は中退する』『家を出る』……そういう意味だ。そんなの、許せるわけがない。アイだって同じ気持ちだった。
――なのに。
「ふざけてなんかない」
そう答える彼に、
「……本気、なの?」
そう、尋ねていた。ホノカが「アイちゃん!?」と裏切られたような声を上げる。トオルが口を開く。
「あぁ、本気だ」
「大丈夫……なんだよね?」
彼はその問いに少し考えるようにし……それから、不敵な”笑み”を浮かべて答えた。
「『俺を誰だと思っていやがる』。俺は”天才”だぞ? 大丈夫に決まってんだろ」
瞬間。あぁ……と、アイはそれでもうわかってしまう。彼を引き止めることなんて無理なんだ、と。
随分と久しぶりに見る彼の”表情”。それはかつて、たった一人切りだったアイを救った”英雄”の顔だった。
両親を失い、姉は復讐に走り、自分から全てを奪うロボットが憎くて憎くて仕方がなかった頃。彼は突然アイの前に現れて問うたのだ。
『お前の両親はロボットに全部を捧げて死んだんだろ? だったらロボットがお前の第二の両親みたいなもんじゃねーの? んな嫌ってやるなよ』
それは、アイにとって天啓にも近かった。
家族が収集したロボット物のアニメやグッズ、工学の資料にプログラムの教本が埋め尽くす家……そこにたった一人きりで残されていたアイ。憎悪の対象が満ちていた家は、たった一言で両親の腕の中に変わった。
――彼のあの言葉がなければ、アイはきっと今、生きてはいなかった。
彼が決めたというのだ。どうして、わたしに止める事ができようか。でも、だからこそ――アイもまた覚悟が決まっていた。
「……うん。わかった」
「アイちゃんッ!」
アイはホノカに向かって頭を下げた。
「お願いします、ホノカさん。トオルくんが自衛官になるのを、許してあげてください。パイロットになるのを、許してあげてください」
「……絶対に駄目よ。私は、戦争の道具にするために息子を育てた覚えはないわッ……! ましてや、死なせる為に産んだわけでも――」
半ばヒステリックにホノカが叫び、
「――わたしが、トオルくんの為の機体を作ります」
アイは答えていた。はっきりとホノカの目に向き合って。
「わたしが、トオルくんの為の機体を作ります。トオルくんを守ってくれる機体を作ります! わたしがッ、トオルくんをッ――絶対に死なせませんッ!」
声はリビングに響き渡った。
シンと静まり返った部屋。アイを見返すホノカは……ゆっくりと目を瞑った。それから、タバコを取り出すと、その先端に火を点けた。
「……ふぅ」
タバコの煙が彼女の口から零れた。それから、
「トオル……あんた、今後は薬、飲まなくていいわ」
と言った。トオルは意図を掴みかねたように首を傾げた。ホノカは「あーもぅ」と髪をぐしゃぐしゃと掻く。
「だぁーから、あんたの体質が変わったから、今後は薬を飲まなくてもいいっつってんのよ――”自衛隊”に行った後も」
「へ……?」
それから彼女は、トオルとアイへ言った。
「いぃーこと? 絶ぇええええ対っ、死ぬんじゃないわよ? 死なせるんじゃないわよ? わかったわね!?」
それから間もなく。世間に急かされたようにトオルは高等工科学校に入学し……アイは病室で、一心不乱にEXMの研究と設計を始めた。
アイは思った。あるいは、あの時……戦場となった街で、機体へと向かう彼の裾から手が離れてしまった時点で、こうなる未来は決まっていたのかもしれない、と――……
* * *
―Side:トオル―
「――これで施設の説明は大体終わりかな」
『正直、アイがあれだけトオルを支持してくれるだなんて思いもしなかった』……などと余計な事を考えていたトオルの意識が、案内役の言葉で現実に戻ってくる。
二人は駐屯地の端まで辿り着いていた。花道キャンパスにいるのは皆がパイロット候補生――その数はそう多くはなく、施設の大半が自衛隊と共通だった。
エイミーが「最後は、」と歩き始める……と、その進行先に、他の施設に比べて随分と寂れた建物が現れた。
「これは?」
別に普段の生活には関わらないようなものなのだろう。そのまま通り過ぎようとしていたエイミーが振り返る。彼女は「あー、んー」と悩むような嬉しいような、よくわからない表情を取る。
「うーん……強いて言うなら、骨董蔵?」
彼女は「まー。機会があれば案内する事もある、かな?」とだけ言って、進んでいってしまう。ふぅん、とトオルは少しだけ後ろ髪を引かれながら足を踏み出し……。
「そういえば」
とエイミーは振り返った。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
ニュースで散々言われているだろうに……と思い、しかし、これはそういう意味の問いではないと気付く。トオルは暫し考え、そして答えた。
「――”新津”トオルです」
と。
* * *
最後の目的地はとある施設のとある部屋の扉。エイミーはどこか緊張した面持ちでノックを響かせた。
「第161機人連隊・第1機人中隊・第1機人小隊長・フライクーゲル2尉! 入ります!」
「入れ」
エイミーが扉を開き入室する。トオルはその肩書きを聞いて初めて、彼女がEXMのパイロットであった事を知った。
トオルも後に続いて中に入る。まっさきに目に飛び込んできたのは、大きな机に腕を組んだ人物。その顔は包帯で覆われていた。ゲンドウポーズ……と驚きの所為か変な事を考えていると、いつの間にやら無音で扉を閉めたエイミーが、トオルの隣に立っていた。
彼女が、ビシッと音がしそうな様子で敬礼を行う。
「新津生徒を連れて参りました!」
「よし」
包帯の男が言う。やや機械的な掠れた声にも関わらず、トオルは”重さ”を感じた。トオルは見よう見まねの敬礼をして、言う。
「新津トオルです! よろしくお願いいたします!」
包帯の男はそれを見ると、「今はまだそう固苦しくする事はない」とくつくつ笑った。それからきゅりきゅりとタイヤの音を鳴らしながら、その大きな机を回り込んでくる。トオルは彼が車椅子だった事にようやく気付く。
彼はトオルの側までやってくると手を差し出した。
「門口ヒロだ。ようこそ未来の英雄、世界は君を待っていた」
どこか悪戯っぽく彼は言った。机に置かれた大きな卓上名札には『第16師団長 陸将 門口ヒロ』の文字が刻まれていた。ここはつまり、師団長室だった。
――って、師団長!?
トオルはその15万人のトップに君臨する彼にやや気圧されつつ握手を交わした。
――細い。
とトオルは思った。折れてしまわないかと不安になるほど細い指だった。それに包帯の巻かれた頭……気になり自然と視線がいってしまう。そんな心を読んだかのように、
「見てみるかい? ちら」
「――ひっ!?」
トオルの口から思わず声が溢れた。というか、見る見ないを答える暇すらなかった。包帯をずらしたそこにあったのは抉れ、焼け爛れ、腐り、膿んだ肉。とても人間だとは思えぬ肌だった。
慌てて口を手で押さえるも遅い。あまりに失礼だ……とトオルが謝罪しようとした時、
「新津生徒、気にしなくても大丈夫です。門口陸将の”いつもの”です」
トオルは素直に思った。
――マジでタチが悪いッ!
ヒロは軽くくつくつと笑うと「私だけ座っているというのも心苦しい。君も座りなさい」とソファへトオルを促した。
「さて、」とヒロが本題に入る。
「新津生徒には本来のカリキュラムとは異なる訓練を受けてもらう事になる。具体的には君に専属の教官を付け技術教育を行う。後々、体力錬成などは他の生徒に合流して行ってもらうが――と、ちょうど来たようだな」
ヒロが言葉を区切り言った直後、ノックの音が部屋に響いた。それは順番が逆じゃないか、と思っているトオルの耳に入室希望者の声。
「第161機人連隊長(ダイヒャクロクジュウイチキジンレンタイチョウ)・末岡1佐、入ります」
ヒロが「入れ」と答えるのを聞きながら、トオルは息を飲んだ。聞こえてきた名が、あまりにも有名なものだったからだ。
扉を開けて入ってくる人物。その名は、
――末岡ギン。
おそらく現代日本において知らぬ者はいない、天才。
名を表すかのような銀の短髪。優れた体躯。そして何より、彼はまだ29という齢でしかないにも関わらず”1佐”――かつては大佐と呼ばれた階級にある。現代においては1000人の部下を率い、移動時には専用のドライバーが送迎する……そんな地位だ。
そんな彼には様々な逸話や肩書きがあった。
齢15の時点で前線にいた。14年間最前線で戦い続けている。撃破数トップ。不死身。生きる伝説。他にも、外国人をスカウトして一つの部隊を作り上げ、その活躍によって多くの日本人を救い――結果、外国人への偏見を緩和させた、など。
無数の彼を指す言葉の中でも、どれか一つ、最も端的に彼を表している言葉を選ぶとすればそれは、
「――”エース”」
彼こそが、EXMパイロットのエースだった。
ヒロは己の隣に立たせた彼を示していう。
「末岡1佐には君の教官を務めてもらう」
「え」
ありえなかった。なにせ彼は最前線で戦い続けるべき人物だ。それに、連隊長――1000人を預かる身。新人一人の教育にかまけていい人間じゃない。そんなトオルの感情が見えるかのようにヒロは言う。
「彼たっての希望でね。さらに言えば、彼は君の父の知り合いでもある。……まぁ、君の父と知古であったのは私も同じだがね。……それでどうかな。彼ならばこの上ない条件だと思うのだが」
――二人とも父の知り合いだったのか。
と、そうではなくて。もちろんトオルとしては願ったり叶ったりなのだけれど。
「末岡さん……いえ、末岡1佐は連隊長ですよね? その、部隊の指揮とかは……?」
ギンは不遜にも見える笑みを浮かべて答えた。
「気にする事はない。オレの階級など国民へのパフォーマンスに過ぎん」
「相変わらず君は謙虚な事だ」
くつくつと笑うヒロ。それが本気か皮肉なのかはトオルには掴めない。ギンの年齢に比して、1佐という地位はありえないどころか”異常”だ。と同時に、彼のその地位は妥当でもあるのだ。
――武勲。
EXMは単騎で敵と相対しそれを撃破する。ゆえに戦果は明白。そして彼のあげた戦果は圧倒的だった。
「オレはただのお飾りに過ぎん。元より指揮は全て副連隊長が行っている。……そもそも、指揮官としての教育を受けていないオレが大部隊を率いれるわけがないだろう。オレに出来る事は戦場で先頭を駆ける事だけだ」
そこまで言われては、本心はどうあれトオルは頷かざるを得なかった。
「さて、顔合わせも済んだところだし今日はしっかり休むといい。明日からは厳しい訓練が続く事になる」
そしてヒロは「最後に、」と口を開いた。
「君は個人での訓練が多くなる。しかし、そんな君にこそ君に言おう。――最後に君を助けるのは才能でも努力でもない。”仲間”だ」
そうして、トオルの自衛隊生徒としての日々が始まった――……




