眼鏡屋は、鳴かぬ蛍の夢をみる 2
・・・恋に焦がれて鳴く蝉よりも
・・・・・・・・・・鳴かぬ蛍が身を焦がす・・・
子猫は、毎朝ここを通る彼に会うのが楽しみだった。
塀の上で、毛づくろいをしながら彼を待つ。
「おはよ、今日は腹減っていないか?」
人差し指で、顎を撫でられ気持ちよさそうに目を細め口を開ける。
「お前、鳴かないのな」
子猫の為に用意しておいた魚肉ソーセージを半分に折り、ネコの前に置いて学校へと向かう。
子猫は、それを食べ終えると背中を追った。
***
「はよ~理」
「うっす」
横に並ぶ親友の潤に軽く手をあげ、校門をくぐった。
「な、お前来週のホワイトデーお返し用意したか」
「あ~。クラスの女子のはあれ・・・調理実習のおまけだろ」
「違うって!ほら、机の中に入ってた」
バレンタインの日机の中に、綺麗にラッピングされたチョコレート。
【津田君へ】と書かれたメッセージカードを開けると、≪ずっと好きでした≫と書かれてあった。
ラッピングからすると手作りと見て取れたが、差出人の名前がない手作りチョコを食べる勇気は俺にはなかった。
「お礼も何も・・誰が入れたか分からないから返しようがないだろ」
「確かにな」
自分の事を好きな誰かがいるという事実は照れくさくも嬉しいことだが、その相手が分からないという事で、何か気持ち悪さも覚える。
自意識過剰と言われるかも知れないが、確かにあのチョコを受け取った日から変に視線を感じていた。
「ところで、あのチョコ食ったのか?」
「食えるわけないだろ・・・。誰が作ったか分からないもの・・・」
潤と他愛もない会話をしながら、教室に向かう。ふっと猫の泣き声が聞こえた気がして俺は振り返った。
「理、どうしたんだ?」
廊下には、学生が行きかうだけで猫の姿などない。
傾げた首に手をやり、俺は潤の方へ向き直る。
「いや、なんでもない」
教室につくと、俺の机の上に季節外れの小ぶりなひまわりが置かれてあった。
「これ・・・」
「お!なんだなんだ、チョコの次は花の贈り物か?」
「アホ、俺は男だぞ」
ため息をつきながら、ひまわりを手に取ると目の前の席の女子が振り返った。
「山田さんが朝一番に教室に来たらしいんだけど、来たときにはもうあったって言ってたよ」
「ふーん」
「誰だろうね?」
「本当に、誰だろう・・・・あっ悪い、よかったらこれ教室に飾って」
一輪の向日葵。故意に置かれたその花の意味は、俺には分からなかった。
***
「お疲れさま。理くん」
「お疲れ様です」
いつものように、学校帰り岡田眼鏡店へと出向いた。
「今日は、僕がお茶を入れてあげるよ」
店に入るなり、保さんから珍しい申し出があった。
「どうしたんですか?珍しい」
「んー。理くん疲れているようにみえてからね」
なるほど。と乾いた笑いをして、保さんの言葉に甘え椅子に腰をおろした。
「で、どうして疲れているの?」
湯気が昇る湯呑を渡され、俺は保さんにお礼を言う。一口飲むと、ほっと体が温まる感じがした。
「ここ最近、誰かにみられてるきがするんですよね・・・
変に肩が凝って」
「やっぱり・・・」
「やっぱりって」
驚く俺の目の前に保さんは腰をおろし、ゆっくりと口を開いた。
「まだ、はっきりと分からないけど・・・理くんに何かついてる気がしててね・・」
「何かって?」
「最近、他に変わったことなかったかい?」
「・・・・今朝、机に向日葵がありました」
保さんは、腕を組み”向日葵ねぇ”と呟き瞳を閉じた。
窓の外は、18時過ぎだというのにまだほんのりと明るく。日が長くなった事が容易に分かった。
行きかう人は、家路を急ぐように歩いている。
客もいない静かな室内からそれを見ていると、ここだけ別の次元に切り取られているように感じた。
「向日葵の花言葉は・・・」
保さんの穏やかな声が室内に響く。
「ずっと・・・貴方をみています・・・だよ。理くん」




