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冗談が通じない神ほど面倒なことはないと知った 1

 

────────……

 

 

 

真っ暗な空間に飛び込み、延々と落ちていく感覚がして、やっと光が見えたと思うとそこは異世界────。

 

 

というような、どこかで見た漫画や小説のようなことはなく、まるで駅の階段の下から三段目辺りから飛び降り、着地した感覚がしたら、視界は一気に明るくなり見たことのない景色が目の前にあった。

 

短い出来事に呆然としていると、自分を神と言った青年は姫を下ろした。

 

足をつけて自力で立とうとしたが、なぜか覚束ずに姫はふらついた。

 

「おっと、大丈夫か?」

 

青年の支えてくれた手を正直叩き落としたかった姫だが、支えがなくなると倒れてしまう自覚があったため渋々そのままでいた。

 

「いきなりだったからなぁ、空気に慣れないんだろ。この世界は元々あっちに比べると酸素濃度が低いし、さらにここは標高が高いから余計だ。」

 

いきなりの自覚があるならなぜもっと準備を整えてからしなかったと、言いたいことはあったが飲み込んだ姫は口にしなかった。

 

「ほれ、ゆっくり深呼吸しろ。そのうち楽になる。」

 

言う通りにするのは非常に癪だったが、体調の悪さには逆らえないので姫は青年の指示に従った。


草木の濃い香りのする空気を肺にゆっくり送り込むと、酸素が体に巡ってきたのかお足元がしっかりと地面を踏むことができるようになった。


そうして自分の足元を確認してからの姫の行動は早かった。


まず拳を握り締めると、足を広げ足元の安定を確保し、息を詰めた。

そしてそのまま、姫は拳を青年の鳩尾に思い切り叩き込んだ。


「っ……!?」


男女力の差はあれど、姫の渾身の一撃に青年は声にならない呻き声をあげて膝を着いた。


「ちょっ……!おまっ、鳩尾って……!」


途切れ途切れに言葉を発する青年の様子からして、その痛みは相当なものらしい。


そんな青年の様子に同情も哀れみもなく、姫はただ氷のように冷たい目で青年を見下ろしていた。


「……お前は、本人の了承を得ないまま連れ去ることをなんと言うか知っているか?」


低い、それはもう低い声で姫は言った。

見ただけでわかるほどの怒り、いや正直見た瞬間思い切り目を反らして全力で知らない振りをして逃げ出したいほどの怒りを目の当たりにして、青年はびしりと固まった。


姫の予告のない拳についての抗議など彼方に飛んで、全力で逃げ出したい青年であるが、少しでも動けばヤられると本能が告げていた。


「知って、いるのか……?」


低い、姫の声が低い。

本来の性別を疑いたくなるほど、低い。


「……あ~、誘拐、か?」


とりあえず青年は思いついた言葉を口に出したが、すぐにそれが間違いだったと後悔する。


なぜなら、姫が笑ったからだ。


今の今まで、姫が少しでも笑ったのを見たことがなかった青年は、最初は珍しいものを見たなと呑気に思ったのだが、直線背筋を走る悪寒にこれは危険信号だと悟った。


第六感が訴える。この笑顔は決して良い方面に向かうものではないと。


「……残念だな、少し違う。」


ばしんと、姫は自分の掌に拳を打ち付けた。


「誘拐の正式な意味は、『騙して、人を連れ去る』だ。」


「そ、そうか。」


「そうだ。だから『誘拐』は当てはまらない。なぜなら、お前は騙すことなく私をわけのわからんところに連れ去ったからだ。人を、脇に抱えて、問答無用で。」


後半は強調して一言一言区切って言う様が、しかもそれを笑顔のままやってのける姫が、青年はとても怖かった。


わかってはいたが、めちゃくちゃ怒ってる。

予想よりずっと。


「そのため、この状況下で適切な言葉は『拉致』だ。」


「あ~、うん。」


「だがどちらにしても罪は罪。だから私の気が済むまで殴らせろ。」


「…………いやいやいや、それは激しく遠慮したい。」


「あからさまな現行犯に弁解の余地があるとでも?」


反論は許さない、と言うかそもそも反論をさせる気がないだろう姫の冷たい視線に、青年は思わず後退った。


だいたい、気の済むまでってなんだ。

その言葉に従ったら、もう日の目を拝めない気がする。


「ま、まぁ落ち着け。確かに悪いと思ってる、だから俺の話を……。」


「悪いと思っているなら今すぐ私を元の場所に戻せ。」


「で、できない。」


「────は?」


青年のその言葉に、姫は怒りを一瞬忘れて大きく目を見開いた。










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