第十八話 港の三姉妹と聖白の守り神
──三姉妹の長女、スキーユはサンダーの魔法を撃った。驚きを隠せない俺とユナをよそに、サンダーは海鳥に命中して、海鳥はそのまま海面に落下した。
「見てて! そろそろくるわよ」
すると、落下した海鳥めがけて大きな黒い影が近づいてきた。
……ザブーンッ!
巨大ザメは大きな口で海鳥を丸呑みし、すぐに海中へ潜って消えた。その巨体は、全長十メートルを超えていることが容易に想像できた。
「でかいっ!? スキーユさん、あれってどのくらいの大きさなんですか?」
「ざっと十五メートルくらいかしら。正確に計測した人なんて誰もいないけどね。あの巨大サメのせいで外洋に出られなくなって、私達は巨大サメが入って来ない浅いところで漁をするか、波止場から釣りをするか……程度の漁業しかできなくなったの」
「えっと、魔物のことも含めて、いろいろ聞いていいですか?」
「ええ、何でもどうぞ」
「まず、サンダーの魔法についてです。……びっくりしましたよ! 三姉妹の皆さん全員使えるんですか!? 覚えるための魔法の書はどうやって手に入れたんですか!?」
「ええ、三人とも使えるわよ。魔法の書は……、ユイトル、あなたがもらったのだから説明して」
「ええ。……あれは、五年くらい前かしらね。ポッシの山道に山菜を取りに行ったら、山道の入口で老人が倒れていたの。何でもその老人は、ロティールの街で仕事を引退した後、山小屋を建ててひっそりと暮らそうとしていたらしいのだけど、水も食料も無くなってしまって、ブレゼスにくる途中の道で空腹で倒れてたのよ」
……俺、ユナ、サキは目を合わせる。
(それっ!? セップさんじゃ!?)
「で、港に運んで食事をあげて、食料も恵んであげたのよ。そしたら後日、お礼に……って魔法の書『サンダー』をくれたのよ」
「でも、三姉妹の皆さんは漁師であって魔女ではないでしょう? どうしてその老人は三姉妹の皆さんが魔法を使える……なんてわかったんですか?」
「それも、その老人が言ったのよ。『君達三人は魔法使いの魔力を持ってる。人の適性を見る目には自信があるから、騙されたと思ってこれを読んで覚えてみなさい。港で生活するなら電気の攻撃魔法は有事の時に役立つだろう』……って」
(やっぱり! セップさんだっ!!)
「でも、セップさん……、いやその老人はブレゼスとロティールの魔法書店では売ってない『サンダー』の魔法の書をどうして持ってたんですか?」
「それはね。街から山に引っ越す時に、書庫に眠ってた家中の本をごっそり持ち出したらしいんだけど、本がたくさんあり過ぎてその中に貴重な魔法の書があることに気づいてなかったみたいよ。山小屋で本の整理をしてたら見つけた……と言ってたわ」
(セ、セップさん……)
「で、私達三姉妹が順番にサンダーを覚えて、そのたびに魔法の書を作って……。それを繰り返して、三人とも使えるようになったわけ」
「で、でも! もっと魔法の書を著して、魔法書店に納品したりしないんですか?」
「私達は漁師であって魔法書店員ではないわ。そんな面倒なことしないわよ」
(なっ!? サンダーの魔法を独占してるっ!?)
俺とユナはその会話に、目を見開いて、ただただ驚いていた。
「……なるほど、分かりました。次に巨大サメについてです」
「ええ、分かってることは何でも答えるわ」
「巨大サメにサンダーを撃って退治することはできないんですか?」
「それは試したけどダメだったわ。海面に現れた時にサンダーを直撃させても、致命傷にならずに、すぐに海中に逃げていくの。私達の魔力が足りないのか、電撃が海水に拡散してしまうのか……。少しはダメージを受けているように見えるのだけどね」
「巨大サメに対して他に試したことは何かありますか?」
「ええ。網と罠で捕まえようとしたけど、破られてダメ。銛をたくさん刺して倒そうとしたけど、とても近づけなくてダメ。弓矢で攻撃しても身体の表面に矢が刺さるけど、ダメージ不足でダメ。……普通の漁でできることは一通り試したけどダメだったわね」
「街の入口に大きな銛が飾られていましたが、アレを突き刺そう……なんてことはしてないですよね?」
「ふふ、それは無理ね。アレは街の象徴的な飾りなの。お祭りの時、力自慢大会で持ち上げるためだけの物だわ。長さ三メートル、重さ二百キロを超える防錆加工を施した鉄製よ」
「さすがにそれは投げられませんね……」
(……この話でわかったこともある。サンダーの魔法でも弓矢でも少しはダメージを与えられるみたいだな。攻撃力が足りてないだけで、全く歯が立たないわけではなさそうだ)
俺は頭の中で状況を整理していると、三姉妹の父で漁師長のカルマールが話し始めた。
「さて、魔物の話は一旦終わりだな。もう一人、俺達の大切な家族を紹介しよう。クロビス、『オリオル』の食事を持ってきてくれるか?」
「もう持ってきてるよ、父さん」
クロビスは商品にならない小さな魚や形の悪い魚がいっぱいに入った樽を運んできた。ユナが不思議そうな顔で樽を見つめる。
「えっと、これがお食事? なんだか、アザラシのご飯みたいだね」
「ははっ。アザラシか。それはちょっと残念だな。オリオルー! 今日の食事だーっ!」
カルマールは魚を掴み、海へ投げ入れた。
……すると、大きな生物が海中から近づいて来た。そしてその生物は、投げ入れられた魚を口にくわえたまま、五メートルほどもある長い首を海面から伸ばした。真っ白で神々しいその姿は『聖白の守り神』と称されるのにふさわしい容姿だ。
(……なっ!? この生き物は一体!? 俺が元いた世界で、昔絶滅した首長竜みたいだぞっ!?)
「クウゥーーッ! クウゥーーッ!」
オリオルと呼ばれた首の長い生き物は愛らしい声で鳴きながら、魚を頬張っている。
「はっはっ。驚いたかい? こいつはオリオル。希少な海獣の一種だな。他の街では『ブレゼスの港を守る聖白の守り神』なんて呼ばれているが、俺達にとっては家族同然だ。囲い込み漁を一緒に手伝ってくれたりもするんだ」
そう言いながら、カルマールはポンポンと魚を海に投げる。オリオルは回転したりジャンプしたり……と、遊びながら魚を口でキャッチしている。
「きゃーっ! オリオルちゃんって言うの!? 可愛いーっ!」
オリオルはそう叫ぶユナに長い首を近づけ、頬をすり寄せる。ユナもそれに応えて頭を撫でた。
「もうっ! なんて可愛いのっ。ヨシヨシッ!」
「オリオルが初対面の部外者になつくなんて珍しいな。きっと気に入られたんだな。こいつは賢くて俺達の言葉も理解するから、話しかけてみるといいよ」
「そうなんですか!? オリオルちゃん、凄いんだね! ヨシヨシッ」
「クゥーーッ、クゥーーッ」
「えっと、じゃあ……オリオルちゃん、『四+三』はいくつ?」
「クックッゥー!」
「えぇっ!? 凄いっ!! オリオルちゃん! 『七』で正解っ! 計算もできちゃうのね! なんて賢いのっ!? ヨシヨシッ!」
(……なっ!? 今の鳴き声! 『七』だったのかっ!?)
呆然とする俺にカルマールが尋ねる。
「ところでテルアキ君、しばらくこの街に滞在するのかい?」
「ええ、そのつもりです」
「なら、ユイトルの店の二階を使うといい。ちょうど何部屋か空いてるから、自由に使ってくれ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
──こうして俺達はしばらくこの街で滞在することになった。ユイトルと一緒に俺、ユナ、サキの三人は食事屋に戻る。
「なぁ、ユイトル? 俺達が昼に食べた魚のザバだけど、どうしてロティールの街に出回らないんだ? あんなに美味い魚なら、歩いて一日の隣街に出回っても良さそうなものじゃないか?」
「いい質問ね。確かにそのとおりだけど、問題があってね。ザバは足が早くて輸送できないの。『ザバの生き腐れ』って言葉があるくらいなのよ」
ユナが不思議そうな顔で聞き返す。
「足が早い……ってどういうこと? 海の中で早く泳げるとか?」
ユイトルが涼しい顔でため息混じりに答える。
「……はぁ。何にも知らないのね、このチビ女は」
(……っ!? チビ女って言った!?)
「まぁまぁ、ユイトル。穏やかに頼むよ。ユナ、足が早いってのは、『短時間ですぐに傷んでしまう』……って意味だ」
「ふーん、テルアキは知ってるんだ? なかなか見どころがあるわね。まぁ、そういうことよ。わかったかしら? 例えば、鮮度を保つために費用をかけて氷をたくさん用意して、それをわざわざ一日かけて輸送して……なんてことをしたら割に合わないのよ」
「あんなに美味しいお魚なのに、何だか残念だね。ロティールでも食べられたらいいのになぁ」
「全く、欲求に素直な女ね。でもそれは無理なのよ。諦めなさい」
(ザバが傷まないようにできたらロティールでも食べられるよな。こんなに素晴らしい食材、……何とか問題を解決できないものか?)
「さて、着いたわね。二階にある部屋の鍵はこれよ。外の階段を上れば部屋に直接入れるから、一階の店や私のことは気にせず、自由に出入りしてね」
「ユイトル、ありがとう!」
──こうして俺達はブレゼスの街に滞在し、巨大ザメ退治を検討することになった。




