第八話 俺が困るんだよ
──午後はユナとの資料館通いがしばらく続いた。そして今日もまたミエルの魔法書店に向かう。
到着し、扉を開ける。
……カランカラン♪
「ミエルさん、こんにちは」
「あら、テルアキ君、いらっしゃい。いつもユナちゃんの面倒を見てくれてありがとうね」
「……いえ、そんな。ユナはいますか?」
「それが、今は外出中なの。郊外にある湿地の草原にいるわ」
「ココに飛んでくる時に見かける草原ですよね? そこで何をしているんですか?」
「魔女認定試験の実技練習よ。あの辺りは弱い魔物の『グリーンジェル』が現れるのだけど、魔法の練習にはちょうどいいところなの」
「そうなんですね。そう言えばまだ聞いてなかったですが、魔女認定試験って、どんな試験なんですか?」
「魔女認定試験は……
・学科
・ファイアとブリザードの実技
・魔法の書を一冊著作して提出
の三つを行うのよ。試験はあと十日後ね。ユナちゃんは、実技と著作は大丈夫だけど……学科が少し心配ね」
「……はは。確かにそうですね」
「それにしてもちょっと帰りが遅いわね。テルアキ君、迎えに行ってもらえないかしら?」
「分かりました。相手が弱い魔物でも、何かあると心配だし……、行ってきます」
ムーヴで空を飛び、草原に向かう。
(何もなければいいが、アイツのことだ。妙なミラクルを起こしているかもしれない……)
──その頃、ユナは湿地の草原でグリーンジェルを相手にしていた。
「そこっ、出たわね! ファイア!」
「今度はそっちかな? ブリザード!」
魔物の中でも最弱のグリーンジェルはユナの魔法一発で簡単に消滅する。
「ふうー、MPも残り少なくなってきたしそろそろ帰ろうかな」
その時、深い茂みの奥にモソモソと動くジェルの気配を感じた。
「よし! 今日はキミで最後だよ! ブリザード!!」
……モソモソ、モソモソ。
茂みに隠れるジェルの気配は消滅しない。
「……あれ? 効いてないの? もう一回! ブリザード!!」
……ゴゴッ、ボボボッ。
「うーん、変だなあ? もうMP無くなるから……これで最後ね! ブリザードッ!!」
……ゴゴゴゴゴッ!!!
……すると、次の瞬間!
茂みの奥から轟音を響かせながら青白いジェルが急激に巨大化し、ユナの前に姿を現した。
「えっ!? 何これっ!? グリーンジェルじゃない? もしかして……『アイスジェル』!? どうしてこんなところにっ!」
その青白いジェルは巨大化を続けた。
「やだっ!? もしかして私……氷属性のアイスジェルにブリザードを撃って、魔力を吸収させちゃったの!?」
ユナのブリザードで巨大化したアイスジェルは高さ三メートルほどの巨体となり、その体から鞭のように伸びた触手をしならせユナを襲う。
「きゃぁっ!!」
間一髪、横に飛んで回避したが、アイスジェルは攻撃の手を緩めない。激しくしなる触手が再びユナを捉える。
「嫌ぁっ!!」
……その時!!
「プロテクトウォール!!」
……バチィーーンッ!!
(……えっ!?)
ユナの目の前に半透明の壁が現れアイスジェルの触手を弾き返した。
「ユナッ! これは一体? どうなっているんだ!?」
防御の壁を作る魔法を唱えながら、空から現れたのはテルアキだ。
「そ、僧侶様っ!? どうしてここに!?」
「お前の帰りが遅いから心配で迎えに来たんだよ! それより! コイツは何なんだ!?」
「僧侶様っ、これはアイスジェル! 氷属性のジェルなんだけど……、私っ! 間違ってブリザード撃って強くしちゃったの!!」
「なっ!? 何でそんなことに!? ……って言ってる場合じゃないな!」
……ビューーンッ!!
アイスジェルは冷気の光線を発射した。
「マジックウォール!」
……ババンッ!!
光線がマジックウォールの壁でかき消される。
「くそっ、守るばっかりじゃ! エアー!」
アイスジェルの注意を引くようにその側面に走りながら、エアーで空気の刃をぶつける。
……ヒュンッ! ヒュンッ!
空気の刃はアイスジェルの体を貫通した。しかし、傷ひとつつかず、半液体の体にはほとんどダメージを与えられていないようだった。
「くっ……効かない!? おいっ! ユナッ! コイツにブリザードを何回撃ったんだ?」
「えっと……三回!」
「なら! 氷と逆属性のファイアを五回くらい撃ったらコイツを倒せないのか!?」
「ダメなの! 私、MPもう無くて……、魔法はあと一回だけっ!!」
「プロテクトウォール!」
……バチィーーンッッ!!
アイスジェルの攻撃は容赦なく続いている。
(……まずいな。このままじゃこっちもジリ貧でノックアウトだ。どうするっ!? ……くそっ! もうこれしかないか!?)
俺はこの難局を乗り切る手段を思いつき、ユナに確認する。
「ユナッ! 『ムーヴ』は使えるかっ?」
「『ムーヴ』!? 使えるよ! 一回だけならっ……」
「よしっ! ならコイツを倒すことは諦めて、二人同時のムーヴでコイツを向こうの林の方までぶっ飛ばすぞっ!!」
「えっ!? でもこんなに大きいの……、飛ばせる!?」
「大丈夫だっ! 俺はいつも、コイツと同じくらい大きな木をムーヴで浮かせて運んでる! 俺ひとりでもできるかもしれないが、二人同時なら確実だっ!」
「わかったよ! 僧侶様! 合図、お願いっ!!」
俺はアイスジェルの攻撃が止まる隙を見計らってユナに合図を送る。
「よしっ、行くぞっ!……今だっ!!」
「ムーヴ!!」
「ムーヴ!!」
……ドーーーンッ!!
二人のムーヴが息ぴったりに重なり、アイスジェルは林の奥へと飛ばされていった。
「はぁっ、はぁっ……。僧侶様、うまくいった?」
「あぁ……何とかな。ただ、アイツを退治したわけじゃない。問題を先送りにしただけだ。いつかは退治しないと」
「……そうだね。いやー、でも危ないところだったよ。僧侶様っ、ありがとう!」
いつもの明るい笑顔で軽く礼を言うユナに、俺は思わず怒鳴り声をあげた。
「馬鹿かお前はっ! 敵の状況も確認しないで、どうして三回もブリザードを撃ったんだ!!」
突然の大声にユナがビクンッ! と萎縮する。
「ひいっ! ご、ごめんなさい!!」
「ごめんじゃ済まないぞっ! いいか!? 行動の後はちゃんと状況を把握して、結果を見てから次の行動を考えるんだっ! 覚えとけっ!」
「……うぅ、うん。わかったよ。ごめんなさい……。ぐすん……」
恐怖のせいか? 叱責されたせいか? ユナは泣き始めてしまった。
(……ちょっと言い過ぎたかな?)
少し冷静になった俺は言い過ぎたことを後悔した。
「ユナ、ごめんな。俺もちょっと興奮して……。言いすぎたよ。悪かった……」
「ううん。……僧侶様は悪くない」
ユナは首を細かく横に振り、下を向いて泣いている。
(……ユナ)
目の前でユナが弱々しく涙を流す姿を見て、俺はゆっくりと近づき、……無意識のうちにその肩を抱いていた。
(……えっ!? そ、僧侶様!?)
無意識とは言え、大胆な行動に自分で驚きながらも……、俺は腕の中のユナに言葉をかける。
「……いいんだ。もう泣くな。ユナ、ひとつだけ、言っておくぞ。一度しか言わないから、よく聞くんだ」
「……ぐすん、何? ……僧侶様?」
ユナが俺の腕の中で顔を上げる。
……見つめ合う二人。
……俺は言った。
「お前に何かあったら……、俺が困るんだよ」
(……っ!?)
……俺の言葉に驚きを隠せないユナ。
「えっ!? 僧侶様? ……それってどういう?」
「いいんだ。深く追求するな」
俺はユナの頭にポンッと軽く手を乗せてユナの質問を遮った。
「よし、帰ろう。一緒に飛ぶから、しっかり捕まれ」
俺はユナに手を差し出す。しかし、ユナは俺の手ではなく俺の腕にギュッとしがみついた。
「ちょっ! 何でそうなるんだよ!」
「えへへ。だって、僧侶様が言ったんだよ。『しっかり捕まれ』……って」
疲労感でいっぱいのユナがわずかな笑顔を見せた。
(……ったく! コイツはこんな時でも可愛いのか!?)
俺は少し照れながらムーヴを唱え、ユナと一緒に空を飛んだ。
──ミエルの魔法書店に到着する。
「おかえりなさい。遅かったわね」
「ミエルさん、ただいま。私……ちょっと部屋で休んできます」
ユナは重い足取りで部屋に向かう。俺は一部始終をミエルに伝えた。
「そんなことがあったのね。テルアキ君、ユナちゃんを助けてくれてありがとう」
「いえ、当然のことです。それより、五分ほど出かけてきます。ミエルさん、この家にミルクはありますか?」
「ええ、あるわよ。……五分ほどね。なら、私はユナちゃんが好きなミルクティーの用意をしておくわ」
ミエルの予想外の言葉に俺は戸惑う。
「……えっ? 何で分かるんですか?」
「うふふ。そういうふうにあなたの顔に書いてあるのよ」
──魔法書店に戻った俺はミエルが用意したミルクティーと一緒にユナの部屋の前に立ち、ドアをノックする。
……トントンッ。
「ユナ、聞こえてるか? ……返事はいらない。一方的に話すから聞いてくれ」
「…………」
「ハニードーナツとミルクティーをここに置いておく。じゃあ、また明日な」
(……僧侶様!? 私のために買ってきてくれたの!?)
……ユナが好きな最強ゴールデンコンビ、食べる元気はあるだろうか? そんなことを考えながら、俺は魔法書店を後にした。




