18-02. ジェミニア女王
着替えを済ませる間に、日はすっかり落ちてしまった。窓の外は暗く、王城警護の篝火だけが光源だ。
別室で着替えていた俺は、ヤミたちと合流してから、マリアに案内されて階段を上る。
曰く、女王との謁見は食事をしながらということらしかった。食事が喉を通るかは心配だが、現在俺の腹の虫はうるさいくらいに鳴いている。
王城も迷路のようで、初見では到底ルートを覚えられない。都市も城も、どこまでも堅牢にできている。そして唐突に建物のつくりが変わる。使われている建材も明らかに新しかったし、窓の建て付けも変わっていた。
「ここが三年前の戦場です。まだ修理中の箇所もたくさんあります」
マリアは声を潜めて言った。しかし声は容赦なく反響する。この反響もまた、侵入者に気付くための仕掛けなんだとか。
「さぁ、こちらです」
マリアが扉の前の騎士に頷きかけると、扉が開かれた。どういうカラクリなのか、扉は音もなく左右にスライドして開いた。誰も触っていないのに、だ。
そこは二十人も入ればいっぱいになってしまうくらいの小部屋だった。王城の食事の間だというからもっと巨大なものを想像していた俺は少し拍子抜けした。領民が集まることの多かった俺の家の食堂の方が、少し広いくらいだ。
俺を中心に右にヤミ、左にベスが座る。豪奢な銀の燭台の上には三本の蝋燭が灯っている。部屋の随所にも灯りはあったが、全体に薄暗かった。マリアと、いつの間にかヴァレスもいた。他には誰もいない。
俺たちが居心地悪くなりかけた頃、奥の扉が仰々しく開かれた。ヤミは反射的に音を立てて立ち上がり、俺とベスは身だしなみを整えつつ席を立った。
「ああ、立たなくて良いです」
白い軍服に赤いハーフマントを身に着けた女性――俺には彼女がジェミニア女王だとわかる。かつて夢で見ていたからだ。その頃よりは幾分大人の顔をしていたが、それでも間違えることはない。白金の髪をアップに束ねていて、化粧は薄い。幾分強めに引かれた紅と大きな黄褐色の目に、否応なしに目を奪われる。
「座って座って」
ずいぶん気さくな女王だなと思った。俺たちは促されて座る。
「ヤミ姉さま、お久しぶりです!」
「元気だったか」
「この三年は特に忙しくて、気落ちしている暇なんてありませんでした」
「そうか」
ヤミの言葉はまるで片言のようになっていた。ヤミの顔を窺えば――泣いていた。あのヤミが、人前で涙をこぼしていた。
「皆よくしてくれています。ヴァレスたちのおかげで私も無事です」
ジェミニアは立ち上がると、ヤミの隣に移動した。
「姉さまとお話ができなくなってから十年。私は一時も姉さまのことを忘れたことはありませんでした。あの襲撃の時でさえ」
「助けてやれなくて、すまなかった」
「姉さまのせいではありませんよ。お父様とお母様は残念でしたが、私はこうして元気にしております」
「親を失って元気な奴なんているものか」
ヤミの言葉を聞いて、俺はベスと顔を見合わせる。ベスは「そっとしておこう」と言って、運ばれてきたパンを皿にして、自分のナイフで肉料理を突き刺して乗せた。パンは齧るのが不可能なほどカチカチなのだが、こうして食べると肉料理がなくなる頃には、皿代わりのパンも食べられるほど柔らかくなる。
俺もそれに倣って、聞き耳を立てつつ程よく焼けた肉料理を堪能する。初めて食べる味付けだ。食欲をそそる香りに、ピリッとした辛みがある。噂に聞く黒胡椒だろうか。空腹もあいまって「美味い」以外の感想が出てこない。
「ヤミ姉さまがおそばにいてくださらない事の方がよほど寂しいです」
「女王なんだから、もっと言葉に気を付けろよ」
「姉さまこそ、女王に対する言葉遣いを直してはどうですか?」
ジェミニアはしてやったり、という表情だった。ヤミの横顔からは表情はうまく読み取れない。
「あなたはどういう立場であれども、正統な王家の血を引いた、私の姉です。私が尊崇の念を抱いていたとしても、非公式であるなら問題はありません。公式にしたいところですが、立場上そうもいかないのがつらいです」
「お前に愛されてるのが事実ならそれでいい」
ヤミとジェミニアは手を握り合っていた。十年の空白を埋めているかのようだ。
「もちろん、私も疑ったことはありません。でも、本当にごめんなさい、姉さま」
「ん?」
「霊話石を禁じられていても、私にはいくらでも姉さまに連絡を取る手段はあったのです。ヴァレスにお願いすればすぐにできることを知っていました」
確かに。俺は無心に食事を続けるベスを見ながら思う。
「いや」
ヤミは首を振った。
「十年前じゃ、お前もアタシたちもみんな子どもだ。簡単に事は運ばなかっただろう。それにヴァレスの奴は、頼みもしないのに時々アタシたちの前に姿を現してはお前の近況を教えてくれていたよ」
俺は壁際に立っているヴァレスを見た。ヴァレスは肩を竦め、マリアは小さく笑った。
「そうだったんですか、ヴァレス」
「出過ぎた真似を致しました」
「良いのです。それでこそ、王室魔法術師の筆頭です」
俺とさほど年齢が変わらないのに、ジェミニアには威厳があった。ヤミにはネコのように甘えているが、ひとたび顔を上げれば女王のそれになる。これが為政者かと、俺は納得させられてしまう。
「ここ数か月の姉さまの動きは存じていたのですが。ちょうどそこの彼、ヒューケイアの血を引く彼を助けたくらいから」
「オルレアス・ヒューケイアです、女王陛下」
「レアと呼んでも?」
「もちろんです」
幾分緊張しながら、俺は頷いた。ベスも食べる手を止めて、小さく頭を下げる。
「エリザベス・ティラールです」
「あなたがベスね」
「はい!」
「ファイヴァルレドを探しているのでしょう?」
「そう、です。しかし」
「明日、ヴィレオリア公爵が訪れます。その時に訊いてみましょう」
「は、はい!」
渡りに船だ。俺たちがヴィレオリア公爵と会って話をするなんて、まず不可能だ。しかし、公爵といえど女王の仲介とあってはまともに取り合わざるを得ない。
「姉さま、明日はグリードお爺様の所にも行かれるのでしょう?」
「う、うん。何で分かった?」
「筋を通さないと面倒くさい方ですもの、お爺様は」
「……その通りだね」
「それに、筋さえ通せば、お爺様は味方になってもくれます」
しかし、ハヌヴァ・グリード聖庁異端審問局長は、ヤミを追放した張本人だ。そううまく運ぶだろうか?
「異端審問官――優秀な何名かを一度に失って、かなりの大打撃だったとのこと。お爺様もしばらくふさぎ込んでいました」
そう聞いて、俺はレイミのことを思い出す。
「さて、そんなことより――」
ジェミニアは立ち上がってぱっぱと着衣を直すと、ヤミの真正面の席に移動した。
「まずはあなたたちの旅の話を聞かせなさい」
「楽しいものじゃない」
「そうでなければ、私が出来ることはなくなってしまいます」
ジェミニアはその黄褐色の瞳を蝋燭の炎で妖しく揺らめかせた。




