第2章 金色の灯(あかり)(後編)
“正しさ”と“やさしさ”の設計が並ぶテスト。
完璧な理性と、柔軟な心。
二つの答えが画面に示され、鷺沼は初めて揺らぐ。
― 第七工程デモ
リモート会議の画面には、
再び七人の顔が並んでいた。
鷺沼が淡々と告げる。
「第七工程の設計方針を再確認します。
アークシステムズ側の“柔軟性を持たせた設計”は、
当初の仕様定義から逸脱しています。」
凪が少し前に身を乗り出した。
「はい。ですが、実際のユーザー動作を考えると、
想定外の入力も拾える設計にしておく必要があるんです。
人の操作って、必ずしも想定どおりじゃないですから。」
「“想定外”を拾う仕組みは、
エラー処理を複雑にします。
論理的整合性を保つことが優先です。」
その冷たい一言に、凪の肩が少し沈む。
柊が静かに口を開いた。
「確かに理論上はそうですが、
実際にシステムを運用するのは人間です。
柔軟さって、事故を防ぐ“余白”なんですよ。」
「……余白、ですか。」
鷺沼の目が一瞬だけ動いた。
永峰が画面越しにゆっくりと言葉を重ねる。
「完璧な設計って、
“誰もミスをしない前提”で成り立つんですよね。
でも、ミスを想定した設計は、
人を守る設計でもあります。」
灯がやさしく笑った。
「人って、完璧じゃないですもの。
だからシステムが少し寄り添えば、
その人もちゃんと動けるんです。」
鷺沼はわずかに息を吐いた。
理解不能。
彼らの言葉は情緒的すぎて、理屈になっていない。
「……理論より感情を優先する設計は、
品質を不安定にします。
ただ、論より証拠でしょう。
両方のシステムを実行して確認します。」
モニターに二つの画面が並ぶ。
一方は鷺沼の設計――
ロジックの欠片も狂いのない完璧な構成。
もう一方はアークシステムズの設計――
枝分かれが多く、“曖昧”な分岐を許容する構造。
テストが始まった。
鷺沼案の画面が滑らかに動き出し、
会議の空気にわずかな緊張が走る。
誰もが息を詰めた。
だが、進行バーが七割を超えた瞬間――
警告音。
画面が一瞬、黒に切り替わる。
「……エラーコード327。想定外入力による停止。」
不破の声がわずかに震えた。
沈黙。
凪が小さく呟く。
「その入力、ユーザーが誤操作したときの想定ですね。」
続いて、アーク案が実行される。
進行バーがゆっくりと右へ伸び、
エラーもなく完了の表示が浮かぶ。
鷺沼は無言で画面を見つめていた。
表情は変わらない。
ただ、その沈黙の長さが、
彼の中で何かが噛み合っていないことを示していた。
「……君たちの案で進めよう。」
それだけを告げて、
鷺沼は画面の共有を閉じた。
誰も勝ち誇らない。
アークの5人は、ただ静かにうなずき合う。
勝負ではないことを、全員がわかっていた。
モニターに映る鷺沼の横顔を見つめながら、
環は小さく思った。
――この人は、まだ“正しさ”の中で生きている。
けれど、きっといつか、
その中に“ぬくもり”を見つけられる日が来る。
会議が終わると同時に、
鷺沼はひとり、モニターの光を見つめたまま動けなかった。
理屈では説明できない成功。
たかがデモ。されど、完璧な理性では覆せない現象。
――あれは偶然か、誤差か、それとも……。
答えの出ない問いだけが、
彼の中に静かに残っていた。
結果はひとつの事実を示した。
揺れた心を認めたくない鷺沼は沈黙するが、
その沈黙こそが“変化の始まり”だった。




