第2章 金色の灯(あかり)(前編)
会議のあと、環の胸には小さな不安が残っていた。
その思いを受け止めたのは、いつもそばにいる“はは”灯だった。
ぽかぽか邸で語られる言葉が、環の勇気に明かりを灯す。
― 会議のあと、ぽかぽか邸にて ―
凪の案が採用された日の夜。
「君たちの案で進めよう」と言った瞬間、
鷺沼の表情がほんの一瞬だけ揺らいだ。
その変化を見逃さなかったのは、環と灯だけだった。
けれど環の胸の中には、
まだ消えない緊張と、苦手意識が残っていた。
数日後。
灯がぽかぽか邸を訪ねてくる。
柊と凪は買い出しに出ており、
リビングには灯と環だけがいた。
「はは、コーヒー淹れますね。」
「ありがとう。やっぱりここは落ち着くわね。」
環は少し迷ってから、
ぽつりと口を開いた。
「……鷺沼さんって、無駄がなくて完璧ですよね。
でも、冷たい感じがして……私、緊張しちゃって。
ははが笑ってくれるとホッとするの。
最近、柊や凪くんが忙しそうで、
私、ちゃんと役に立ててるのかなって思っちゃって。
いつもなら気になることは柊に話すんですけど、
いま話したら柊に負担がかかってしまいそうで……」
灯はカップを置き、優しくうなずいた。
「そうね……環は、冷たく感じる人が苦手でしょ?」
「はは、なんでわかるんですか?」
「そんなの、環の顔見たらすぐわかるわよ。」
灯は笑って、少し真面目な顔になる。
「たぶんね、柊くんも環の気持ちわかってると思う。
いま大変かもしれないけど、
環がそうやって思ってること、ちゃんと話してくれるのをきっと待っていると思う。」
環は静かに息をのんだ
「だから、環。
いま私に言ったことちゃんと柊くんに話しなさい。
どんなに忙しくても、どんなに大変でも、
ちゃんと聞いてくれる人でしょ?柊くんは。
それどころか――“聞きたい”と思ってるはずよ。
だって、環の心の声をいちばん知りたいのは、
柊くんなんだから。」
環は小さく頷き、灯に抱きついた。
「うん……ありがとう、はは。」
そのあと、買い出しから戻った柊と凪。
「ただいま〜」「ただいま!」
「おかえりなさい!」
灯が環の背中を軽く押した。
「ほら、環。」
環は勇気を出して言った。
「柊、聞いてほしいことがあるんです。」
「ん? いいよ。ここで話す?」
「ここで大丈夫。」
環は深呼吸して言葉を紡ぐ。
「最近、私……役に立ててるのかなって。
柊や凪くんが頑張ってるのに、
鷺沼さんの前だと緊張しちゃって、
一言も話せなくて……」
柊は環の手を包み、穏やかに笑った。
「環。俺たちは環がいるから動けてるんだ。
環がいなかったら、たぶん俺も凪も混乱してるよ。
役に立ってるとかじゃなくて、いてくれることが大事なんだ。」
「そうですよ! 環さんがいないと仕事進みません!」
凪も笑って続ける。
柊がふと、やさしく言った。
「環は、鷺沼さんみたいなタイプ苦手だろ?」
「え? なんでわかるんですか?」
「そんなの環の顔見たらわかるよ。」
環は目を丸くした。
「柊、ははと同じこと言ってる!」
「え?」
灯が楽しそうに笑う。
「そう! 柊くん、私とまったく同じこと言ったわよ〜!」
三人の笑い声に、
凪もつられて笑い出す。
「僕もわかりますよ。環さん。
僕もあの人ちょっと苦手です。」
「え! 凪くんも?」
「はい、ちょっと冷たい感じしますよね。」
「でも、この前、一瞬だけ表情が変わったんです。
うまく言えないけど、何か違って見えたんです。」
灯は少し目を細めた。
「そう……私もそう思ったの。
ほんの一瞬だったけど、
氷が揺れたみたいにね。」
ぽかぽか邸のリビングに、
やわらかい光が差し込んでいた。
その静けさの中で、
まだ遠い誰かの心が、
ほんの少しだけ動いたような気がした。
柊と凪、そして灯が支えてくれた安心。
環の言葉は、冷たい理性の壁にそっと触れ、
小さな“揺れ”となって鷺沼の胸に残っていった。




