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EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season5 ― 心が動く瞬間(とき)―  作者: 柊梟環
EVOLVE Season5 ― 心が動く瞬間(とき)―
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第6章 再会の光 ― 溶けゆく理性 ―

灯が語る“選ばれた意味”。

その言葉は鷺沼の理性をかき乱し、

心の奥の氷を溶かしはじめる。


午後のレビュー会議。

アルカディアの会議室とアークシステムズのモニターが繋がる。

しゅうなぎたまき永峰ながみね、そしてあかりの姿が映っていた。


鷺沼さぎぬまは軽く顎を引き、いつもの調子で会議を進める。

声は冷静、テンポは一定。

その正確さは、まるで時間そのものを支配しているようだった。


だが、灯の声が入ると、

そのリズムがほんのわずかに揺れた。


「……鷺沼さん。

 “想定外の動作”について、

 少し“人の誤差”を許容してもいいかもしれません。」


「誤差を? それでは品質が下がります。」


鷺沼は淡々と答えた。

理屈では正しい。だが灯は、首を横に振る。


「人の誤差って、“不具合”じゃないと思うんです。

 その人にとっては、精一杯の“正しさ”ですから。」


その一言に、凪も環も、ゆっくりと頷いた。


灯は、ほんの少し間を置いてから、続けた。


「私ね、左手が動かなくなってから、

 全部右手で作業するようになったんです。

 最初は何もかも遅くて、間違いも多くて……。

 でも、毎日続けていたら、右手だけでも少し速くなってきました。

 前みたいにはいかないけど、知識は残ってる。

 それがあるから、今もパソコンと向き合えるんです。」


鷺沼は、わずかに視線を上げた。


「できなくなったことを数えるより、

 今できることを使いたい。

 どうせなら、右手だけで前より速くなってやろうって思ってるんです。」


灯は、少し笑って言葉を足した。


「どちらかが使えなくなったことは、悪いことじゃないと思うんです。

 そうなっても明るく前を向いて歩ける人――

 神様が、『この人なら立ち上がって幸せをつかむだろう』って選んだんだと思ってます。

 ……勝手な考えですけどね。」


会議室の空気が、静かに揺れた。


凪がモニター越しに微笑む。

環も、胸の奥にあたたかい何かが広がっていくのを感じていた。


鷺沼は視線を落としたまま、何も言わなかった。

だが、その胸の奥で、確かに何かが音を立てた。


(……選ばれた? そんなものがあるはずが――)


否定の言葉を探しても、見つからない。

心が小さくざわつき、理性が軋む。


会議が終わると、

モニターの電源が落ちる瞬間、灯の声が聞こえた。


「鷺沼さん。お疲れさまでした。」


その声は柔らかく、

まるで冬の陽だまりのように、

冷たい理性の表面に光を落としていった。


部屋に残るのは、静寂だけ。


鷺沼は背もたれに身を預け、

さきほどの言葉を反芻していた。


――神様が選んだ。


(……選ばれた?)


喉の奥で小さく笑いが漏れた。

そんな曖昧なものを、信じる人がいるのか。

努力も、計算も、積み上げた理論も、

“選ばれし者”の言葉ひとつで塗り替えられるというのか。


だが、否定しようとすればするほど、

胸の奥がざわめいた。


完璧を求め続けてきた自分は、

もしかすると誰にも“選ばれなかった”のかもしれない。


その思いが、胸の奥で小さくはじけた。


「……くだらない。」

 吐き捨てるように呟き、目を閉じる。


だが、瞼の裏に浮かぶのは、

灯の穏やかな笑顔と、

右手でキーボードを叩く姿だった。


冷たく凍りついた理性の奥で、

またひとつ、氷が音を立ててひび割れた。

「選ばれた」という言葉を否定しながら、

鷺沼は自分の中に一度も感じたことのない温度に気づく。

静かなひび割れは、やがて大きな光へとつながる。

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