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若き筆頭聖騎士と変わらぬ執着 2

 気づけば、アーヴィンの足は大聖女の聖杯が置かれている光の間へと向かっていた。


 いつもは神殿で厳重に保管されているはずの聖杯だが、聖女選定が行われる間だけ、皇城内の光の間に置かれている。


 聖女選定の大半はすでに終わっていると聞く。


 少しぐらい見に行っても大丈夫だろう。


 そう思い、アーヴィンは歩みを早める。



 五百年以上も前の昔、筆頭聖女のララフネスと、アーヴィンの前世である筆頭聖騎士アルトリウスは、魔獣討伐隊の仲間だった。


 それぞれ聖女と聖騎士を率いる者として常に意見を交わし、ときにケンカをしながら、最善の策を選び取って魔獣の大討伐任務を遂行していた。


 常に命の危険と隣り合わせで、凶暴な魔獣に対峙し続けるのは、かなり過酷だった。


 終わりの見えない戦い。それでも討伐隊は王国、そして大陸を守るという志のため、必死で戦った。それこそ命を賭して──。


 今朝会話した仲間が、その夜にはいなくなる。最善を尽くすも、ときには救えない命もあった。


 殺伐とした雰囲気に呑まれそうになることもある日々の中、ララフネスは光だった。


 常に周りを励まし、癒し、自ら負った傷よりも他者の傷を治すことを優先した。


 気づけば、アルトリウスは彼女に恋をしていた。


 離したくない、誰にも触れさせたくない、自分だけを見てほしい──。


 狂気と背中合わせのような、愛しいがゆえの狂おしいほどの感情。


 アルトリウスがそんな感情を抱える一方で、ララフネスは自分のことをただの仲間としか見ていないと感じていた。


 仲間の中では立場の近さもあり、多少特別な相手だと思ってくれていたかもしれない。


 でも異性として、男として意識してくれてはいなかったように思う。


 ただそれはアルトリウスだけの問題というよりも、ララフネスが恋に疎いことも影響していた。誰もが振り返るほどの美しい外見をしているのに、見た目には無頓着で、その中身は無垢な子どものままだった。


 だから待った。


 彼女が自分を意識してくれる日が来ることを──。


 それなのに──。


 ララフネスを突如失ったあの日から、それは永遠に叶わぬ願いになってしまった。


『アス、あとはお願いね──』


 彼女の最期の言葉が今も耳から離れない。


 だから前世のアルトリウスは皇帝になった。


 ほかの誰でもない、ララフネスのために。



 

 光の間に近づくにつれ、いつにない騒がしい雰囲気に、アーヴィンは眉間にしわを寄せる。


 なぜか胸騒ぎがする。


 急いで駆け寄ると、光の間の開かれた大扉の前に見えるのは、祭服姿の神官や衛士らが集まっている姿。


 その中には、いつになく深刻そうに話しをしている聖騎士の白い隊服を着た若い男もいた。


 ややクセのある灰褐色の髪と青みを帯びたグリーンの瞳が特徴のその若い男は、アーヴィンの側近であり、見習い聖騎士のテオだった。


「──アーヴィンさま、大変です!」


 テオはアーヴィンに気づくと、慌てたように駆け寄って来る。


 アーヴィンは何かが起こったことを察知する。それもとても悪いことが──。


「何があった、テオ」

「それがじつは、大聖女さまの聖杯が消えたんです──!」


(聖杯が、消えただと──?)


 急いでアーヴィンは光の間に入り、祭壇に駆け寄る。


 数日前までは確かにあったはずの、大聖女の銀製の聖杯がこつ然と消えていた。


(よりにもよって、あの聖杯が消えた? 盗まれたのか、いったいどこのどいつが。ほかのものならいくらでも盗めばいい。でもあの聖杯だけは──)


 アーヴィンは唇を噛み締める。


 こんなことなら大聖女の神殿から移動させなければよかった。いいや、そもそも他者に任せるのではなく自分の手元に置いておくべきだったのだ。


 置いておきたかったのに、でもそれは叶わなかった。


「──くそっ!」


 アーヴィンは怒りで我を忘れそうになるのを必死で抑えながら、急いで振り返ると衛士らに向かって叫ぶ。


「盗んだやつがいるなら、城外に出るはずだ! 誰も外に逃すな! 理由は何でもいい、今すぐ城門を封鎖しろ!」


 見たことのないほど殺気立った筆頭聖騎士に大声で叫ばれ、衛士らは悲鳴をあげそうな勢いでその場を離れる。


 次にアーヴィンは、テオに怒気をはらんだ視線を向けると、近くに呼び寄せる。


 テオの耳元に顔を近づけると、


「城内にいる聖騎士に、聖杯の捜索に当たるよう指示しろ。ただし、くれぐれも内密に動け。もしかしたら、城内に滞在しているどこかの家門の令嬢が関わっている可能性もある」


 上官であるアーヴィンの指示に、テオは目を見開く。


 貴族令嬢が聖杯を盗んだ可能性もあると疑っているのだ。


 万が一そうなら、かなり話がややこしくなる。貴族令嬢ゆえに、滞在しているその部屋を許可なく検めることは難しい。


 そのとき突然、光の間に飛び込んで来た人物がいた。


「アーヴィン卿! いいところにおった!」


 アーヴィンの姿を見るなり叫んだのは、初老の神官長だった。

 帝国のすべての神官を束ねる存在で、初代皇帝の霊廟と大聖女の神殿の総括管理者でもある。


 彼はよたつきながらアーヴィンに駆け寄ると、頬を紅潮させながら興奮気味に言った。


「聖杯を盗もうとした不届者がおったんじゃ! じゃが、このわしが取り返してやったわ!」


 神官長は右手を上げ、誇らしげに銀製の聖杯を掲げて見せた。


 確かにそれは大聖女の聖杯だった。


 アーヴィンが何よりも大切にしているもの──。


 アーヴィンは深く安堵する。と同時に、盗んだやつがいるなら必ず捕まえて、盗もうとした理由を吐かせなければいけない。そのうえで、もう二度とそんなことを考えることもできないようにしてやる。


「神官長、相手の顔は見たのか!」


「ああ、はっきりと見たわい、メイド姿の若い娘だった。あろうことに、言い伝えに聞く大聖女さまのような薄水色の瞳と髪をしておった。三つ編みの髪型まで真似て、小癪な!」


「は──?」


 アーヴィンは耳を疑った。


 その間にも、神官長は怒りが収まらない様子で続ける。


「そのうえ、聖杯に酒を注いで酒盛りしておったんじゃ! それだけでなく、聖杯は自分のものだとか、約束がどうとか、わけがわからんことばかり抜かしおって! 不敬にもほどがある! 必ず捕まえなければいかん!」


「まさか──、そんな──」


 アーヴィンの体が震えた。


 あり得ない。でももしかしたら、と期待してしまう自分がいる。


 前世の記憶がある奇跡が自分に起きたなら、自分以外にも起きる可能性もあるかもしれない──。


 すぐさまアーヴィンは、神官長から聞いた薄水色の瞳と髪を持つ若い娘を至急捜索して保護するよう、城中の者に伝達しろと指示を出す。


 そして自身が管理する聖騎士団には、城内を捜索、さらにはすでに城外へ出ている可能性も考慮し、帝都全体に範囲を広げるよう指示する。加えて、自身の側近であるテオと数名の騎士らには少数の別部隊として動くよう伝え、万が一にも漏れがないよう万全の体制を敷く。


 その後すぐさま、アーヴィンは先ほどその若い娘が目撃されたという初代皇帝の霊廟へと向かう。



 着いた先の廟堂内、前世の自分の大きな肖像画の下には、美しく繊細な装飾が施された黒檀の棺が横たわる。


 かつては自分の死体が入っていたかと思うと、何度見ても奇妙な気持ちになる。


 目を向ければ、半開きの棺の前には、赤ワインとリンゴ酒の瓶──。


 床には、何かをこぼしたような水溜りができていた。


 ゆっくりと近づくと、アーヴィンはその水溜りに手を伸ばす。人差し指ですくうと、躊躇(ちゅうちょ)することなく指先を舐めた。


「──甘い、リンゴ酒」


 神官長から聞いた話によると、聖杯を取り戻す際に入っていた中身が床にこぼれたと言っていた。


 大聖女によく似た薄水色の瞳と髪を持つ若い娘、後ろに結った三つ編み、盗まれかけた聖杯、開封された状態の赤ワインとリンゴ酒、そして約束──。


 それらはすべて、あるひとりの人物を示していた。


「本当に、ララなのか──」


 アーヴィンは彼女の残影を追い求めるかのように、じっと目を凝らした。



ここまでご覧くださり、ありがとうございます!引き続き楽しんでいただけるようがんばります。


「面白かった」「続き読みたい」「応援しようかな」など思っていただけましたら、ブックマークやブックマークや下の☆☆☆☆☆評価で応援いただけると連載の励みになります(*ˊᵕˋ*)

よろしければ、よろしくお願いいたします!

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