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戴冠神聖式 1

 その日の午前。穏やかな日差しが降り注ぐ中、帝都の皇城敷地内にある荘厳な大聖堂では、このアリヴィウス帝国の新たな皇帝即位のための戴冠神聖式が行われようとしていた。


 大理石で覆われた聖堂内を満たすのは、頭上から注ぎ込む柔らかな光。


 奥行きのある聖堂の中ほど。金の装飾が施された主祭壇の前、真っ白な床の一部分のみ、鮮やかなモザイク細工が正方形に敷かれているのが見える。


 そこは聖域とされる場所のため、四方の隅に縦縞の浮き彫りが入った四本の大理石の列柱を置き、意図的に主祭壇とそのほかの場所を隔てている。


 聖域の中央には、オーク材でできた歴史を感じさせる戴冠神聖式用の重厚な椅子が鎮座する。そのさまは、新たな君主が座るそのときを待っているかのよう。


 その椅子の脇に立っているのは、真新しい白い祭服を身に纏った、聖女と思われる若い娘──。


 彼女の数歩後ろに並んで控えているのは、同じく白い祭服姿で首から水色の帯を掛けている中年の副神官と初老の神官長、ふたりの男性。神官長はこの帝国のすべての神官を束ねる存在であるとともに、初代皇帝アルトリウスの霊廟と大聖女ララフネスを祀った神殿の総括管理者でもある。


 神官長と副神官、彼らの手には、この場での聖女の役割を示すかのように、儀式で使われる金と貴石で彩られた帝冠と、装飾杖の大鷲の飾りのついた帝笏(ていしゃく)が見える。


 聖堂の入り口となるのは、西の大扉。


 アーチ型の大扉の前には、主祭壇に向かってまっすぐに伸びる細長い広間の身廊(しんろう)がある。


 身廊には、儀式に参列する大勢の者たちが厳粛な面持ちで、左右向かい合わせの形に分かれて座っていた。


 その誰もが、つい先ほど主祭壇へ向かって身廊を颯爽と進んでいった、若い聖女の姿を目にした瞬間、ハッと息を呑んだ。


 目を引くのは、美しい薄水色の髪と瞳。

 背中に垂らす形でゆるく結われている三つ編み。

 その姿に重なるのは、歴史上で語り継がれるあの大聖女の姿──。


 と同時に、今では帝都でも知らぬ者はいないほど広がっている、『遠く離れた辺境の町に大聖女が現れた』という嘘のような噂、それは真実だったのかと、多くの者が信じられない思いを抱く。




 この戴冠神聖式を迎えるにあたって、ララが正式に聖女の称号を授かったのは、半月ほど前のこと。


 初老の神官長はララの髪と瞳の色、そして神聖力の高さが紛れもなく本物であると認識すると、大聖女ララフネスの再来だと勝手に決めつけ、号泣しながら喜んだ。


 確かにララの前世はララフネスなので間違いではないのだが、ララはそれをアーヴィン以外の誰かに打ち明けようとは思わない。


 ララフネスだった頃のことは、もう遠い過去のことだ。


 ちなみに、ララが初代皇帝アルトリウスの霊廟に忍び込んだあの日、鉢合わせした彼女を聖杯泥棒だと決めつけて暴言を吐いたのはこの初老の神官長だが、そのときのことは神官長の記憶からは都合よく抜け落ちているようだったので、あえてララも蒸し返すことはしなかった。


 髪の毛を引っ張られたりしたのはひどいと思ったが、自分も聖杯と呼ばれる酒杯を無断で拝借した非もあるし、彼の職務を思えば致し方なかったとも言えるだろう。


 そんな神官長は自分が退く代わりに、ララにその職についてもらいたいと強く熱望し、あろうことかその場にいた神官全員までもがそれを強く後押しするものだから、ララは断るのにとても苦労した。


 特に、大聖女を祀る神殿の神官たちの熱量にはこちらが引いてしまうほどのものがあり、大聖女を彷彿とさせる容姿のララを目にした神官の彼ら彼女らは、気が狂ったような勢いで歓喜し、神官長になってもらえないならせめて聖女として神殿に所属を、と詰め寄ってきたのだ。


 そのうえ、予定されている戴冠神聖式の聖女もぜひ務めてもらいたい、と懇願された。


 確か戴冠神聖式の聖女は、聖職者を多く輩出する家門の筆頭侯爵家の令嬢が一番有力だという噂を聖女選定の際に耳にしていたが、その令嬢はすでに辞退を申し出ているということだった。


 あとで裏から聞いた話によると、なんでも本当は荷が重いと感じていたそうで、そこに大聖女が現れたという噂を聞き、これ幸いと辞退したらしい。


(わたしのほうが、もっと荷が重いと思うけど……)


 儀式は新たな皇帝が即位するための重要なものだ。


 筆頭侯爵家のご令嬢ならともかく、ただの平民で何の身分もなかったララが務めるほうが荷が重い。


 だから神官長と神官らに懇願されたとき、ララはあからさまに顔をしかめて拒否を示して辞退したが、それは無意味だった。


 神官長がララの手を取って感涙しながら、「なんと! お引き受けくださると……!」とララの気持ちとは正反対の言葉を声を大にして叫び、それを受けた神官たちがすぐさま両手を上げて喜んだからだ。


 そうしてララの意思はそっちのけで、戴冠神聖式ではララが聖女の役割を担うことになった。


 今身に纏っている白い祭服は、美しい装飾が施された儀礼用の特別な服で着慣れないし、参列している大勢の人から向けられる視線も気になる。


 でもララは小さく息を吸って、心を落ち着かせる。



 やがて、アーチ型の大扉がゆっくりと左右に開かれる。


 大扉から入ってくるのは、白い儀礼服の上に伝統的な紫みのある濃い青色の正装のローブとマントを羽織った、若いひとりの青年──。


 帝位継承第一位でローイエン公爵家嫡男、筆頭聖騎士のアーヴィン──、ではなく、見習い聖騎士の、テオだ──。


 ややクセのある灰褐色の髪は今はきれいに後ろに撫でつけられ、あらわになった額が凛々しさを醸し出している。


 彼の特徴的な青みを帯びたグリーンの瞳は、ただまっすぐ前だけを見据える。


 テオの斜め後ろ、その背後を守るようにあとに続いているのは、儀礼服姿の筆頭聖騎士、アーヴィンだった。



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