大聖木と紋章付きの指輪 2
ララとアーヴィンのそばに来たテオは、立ったまま呆然と目の前の光景に見入っていた。
真剣な面持ちのアーヴィンは、何か思い至った様子でテオを見上げて尋ねる。
「もしかして、魔獣は聖獣が変化した姿だったのか?」
テオが神妙な面持ちで頷く。
「父が遺した日記には、ひとつの可能性としてそう記されていました。邪気に侵されるから、魔獣になるのではないかと──。ただ、聖獣の存在はおとぎ話のようなものですから、父自身でさえ突拍子もない考えだと思っていたみたいで……」
「確かお前の父親は、お前が生まれる前に亡くなったんだったか。学者か何かだったのか?」
「いえ……、えっと、さあ、どうでしょう」
テオはやや苦笑するように言う。
「じつはよく知らないんです。優しい人だったようですが、母は父のことはあまり語りたがらなかったので……、いや、語りたがらなかったというより、母が父と一緒に過ごせたのはわずか三年くらいだったので、知っていることは限られているみたいでした。特に母は、父の生まれや過去についてはあまり知らなかったのかなって、僕はそう感じてました」
テオは昔を思い出すように、さらに言葉を続ける。
「僕がまだ母のお腹の中にいる頃に、父は『必ず戻ってくるから』と言って家を出て行ったらしいんですが、そのまま戻ることなく、数年経ってから人伝てに、亡くなったとだけ知ったようで……。そんなこともあって僕は母に、父のことを尋ねるのを無意識に避けるようになってしまって……。
あ、でもそうですね、遺された父の日記を読む限り、探究熱心で学問に秀でていた人だったんじゃないかなって、僕とは正反対ですが」
そう言ってテオが軽く笑う。
そこで、アーヴィンが何かに気づいたように、目を大きく見開く。
「テオ、お前、それ──」
テオの隊服が首から胸にかけて裂けていた。魔獣の爪痕だ。
ララも驚いて声を発する。
「やだ、大丈夫⁉︎ けがは──」
「あ、ちょっとかすっただけです。けがはしてないので大丈夫です」
テオがなんでもないように言う。
「違う、その指輪──」
彼の身を案じたわけではなかったらしいアーヴィンが、急くように首を振る。
隊服が破けたことであらわになっているテオの首元には、チェーンタイプのシンプルなネックレスが見える。
そのチェーンに通す形で、ひとつの指輪が覗いていた。
指輪には、深い青色の輝きを持つブルーサファイアがついている。
アーヴィンは指輪から目を離さないまま、なぜか息が詰まるほど驚いている。
「ああ、これですか? 父が家を出る前に、母に手渡していったものだそうです」
テオはネックレスを首から外すと、チェーンの一部を持ち、ララとアーヴィンの前にぶら下げて見せる。
ララが見たところ、指輪は年代物のようで台座の装飾もかなり細かく、高価な品に思えた。
ララはテオとはまだ知り合ったばかりだが、飾り気のない青年に見える彼が宝石がついた指輪を身につけているというのは意外な感じもしたが、彼にとって父の形見とも言える品なら納得だった。
ララがあたたかい気持ちで見守る一方で、アーヴィンはやけに険しい表情のまま、無言で手のひらをテオに向かって差し出す。
すぐさま意図を理解したテオが、チェーンに通されたままの指輪をその手のひらに乗せる。
「──父の名は? 知っているのか?」
アーヴィンは指輪をじっと見つめたまま問う。
テオはなぜそんなことを問われるのかわからない様子で、やや首を傾げて答える。
「ええ、”リック”という名だったと、そう母からは聞いています」
アーヴィンは息を呑む。
その指輪は、確かに見覚えがあった──。