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魔の森 6

 アーヴィンは血が滴る剣先をスッと上げると、デニークの左目に向ける。


 視力を失い、黒い眼帯に覆われていたはずの左目。だが今は、見慣れた眼帯はなく、そのわずかに緑がかったブルーの瞳がしっかりとアーヴィンを見返している。


 アーヴィンはすべてを吹っ切るように、軽蔑をあらわにしてハッと笑う。


「見えるようになっていたってわけだ。それなのに恩知らずもいいところだね。せいぜい残されたわずかな時間で、周りの景色でも見納めておけばいい。あとで両目もろともえぐり出してやるから」


 この時代で目を治すことができる人物がいるなら、ララしか考えられない。


 聖杯が盗まれたと騒ぎになったあの日、皇城から逃げる際にデニークと鉢合わせでもしたのだろう。片目が見えないデニークにララが同情するのは容易に想像できる。そして彼女なら、密かに治癒を施してやるだろう。


 もしかしたらそのときに、デニークはララの神聖力の高さに気づいたのかもしれない。


 アーヴィンはもう無用とばかりに、剣を振って血を払うと、鞘に収める。


 振り返り、背後にいる仲間の聖騎士たちに指示を出す。


「これでもう逃げようにも逃げられないだろう。一応、死なない程度に止血だけはしておけ」


 そしてすぐさま駆け出すと、迷うことなく魔の森の怪しげな青紫色の霧を抜け、その中に足を踏み入れた。




 魔の森の中、際限なく襲いかかってくる魔獣を倒しながら、アーヴィンは自身の愚かさにひどく苛ついていた。


 自分だって、ララを狙っていたやつが仲間であるデニークだとは思いもよらなかったのだ。


 皇帝直属騎士団の団長で、かつて聖騎士だった頃には当時の筆頭聖騎士の右腕をも務めていた。そんなデニークはアーヴィンにとって上官であり、仲間でもあった。


 デニークは、アーヴィンにはないものをいくつも持っていた。


 優れた剣術と才知があっても、臣下がついてこなければ、民に信頼されなければ、国を治めることなどできはしない。


 特にデニークは、人を惹きつける才能に秀でていた。


 デニークの部下は誰もが彼を尊敬し、認めて慕った。城下に降りれば、その気さくな性格のおかげで身分など関係なしに、多くの民から気軽に声をかけられていることをアーヴィンはよく知っていた。


 神聖力や剣術に関してはアーヴィンのほうが上だったかもしれないが、自分勝手な性格だと自覚しているアーヴィンには、部下をまとめて育て上げる優れた能力もなく、誰からも慕われるような性格でもない。


 愛想は皆無で、民に信頼されるような誠実さも持ち合わせていない。


 ローイエン公爵家を継ぐその日まで、せいぜい今のように剣を振う聖騎士を務めているほうが自分には向いている。


 それに聖騎士ならば小規模の隊で、神聖力の高さが優先されることからも集まる連中は変わり者が多いため、こんな自分でも筆頭聖騎士がなんとか務まる。


 そもそも筆頭聖騎士も、前任から強制的に名指しされたから、ならざるを得なかっただけだ。


 しかし皇帝が急逝したことで、事態は大きく変わってしまう。


 帝位継承第一位のアーヴィンを次期皇帝に、という動きが浮上したのだ。


 思いもよらない事態に、アーヴィンは大いに焦った。


 自分が皇帝にふさわしい器だとは思わない。

 自分よりも、デニークこそがその座につくべきだ。


 だからこそ、あとは彼の出自さえ証明できればいい──、本気でそう思っていた。


 でも結局は、アーヴィンはデニークの資質を大きく見誤り、彼が抱えていた闇にも気づくことができなかった。


 アーヴィンは目の前に躍り出てきた魔獣に、素早く剣を突き立てる。


 今はララの無事が最優先だ。


 アーヴィンはそれだけに集中する。


 ララは神聖力を封じる手枷をつけられていたらしいが、おそらくそれは外れている。


『聞こえる? ララの友人の聖騎士よ。神聖力を封じる手枷はぼくが外しておいたよ。でも急いで──』


 魔の森に入る直前、ふいにアーヴィンの耳元に聞こえたのは、幼い少年のような声だった。


 ハッとして声のしたほうを見るも、何も見えなかった。


 不思議な現象だったが、思い当たることがひとつだけあった。


 ララがよく話していた、友人である祝宴の妖精──。


 アルトリウスだった前世では、その妖精がララ以外に声を聞かせたり姿を見せたりすることはなかったが、さっき聞こえた声はその祝宴の妖精だと、アーヴィンは確信していた。


 神聖力を封じる手枷まで用意していただと──? やっぱり殺しておくべきだった。


 怒りのあまりギリッと唇を噛み締める。


 だが、その手枷さえ外れていれば、神聖力で魔獣に対抗できる。ララの実力があれば、すぐに命を落とすことはないはず──。


 アーヴィンは剣を握る手に力を込め、ただ前を向いて進む。


「テオ、ごちゃごちゃ言う前にさっさと倒せ! 勝手についてきたのはお前だ!」


「勝手にって、ついていくしかないじゃないですか! ひー、上官が横暴! 悪魔! いや、むしろこの人こそ魔獣だったんだ!」


 背後からは、アーヴィンをなじるような悲鳴が聞こえるが、構わずアーヴィンは先を急いだ。



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