魔の森 5
そして目の前のデニークの体は、真っ二つになっている──、はずだった。
しかし、それをかろうじて防いだのはテオだった。
横から剣を突き出し、必死の形相でアーヴィンの剣先を押し留めている。
「アーヴィンさま、落ち着いてください──ッ!」
「──放せ、殺して何が悪い」
殺さなければ気が済まない。公の場で罪を明らかにする必要なんてない。この場で叩き斬ってしまえば済む話だ。
より一層、アーヴィンが殺気立ったのを感じたのか、テオが叫ぶ。
「ララさんを助けるのが先じゃないんですか!」
その一言で、アーヴィンは我に返る。
(そうだ、すぐに追いかけないと──)
ほんのわずか殺気が薄れたのを察知したテオが、安堵するように剣を下ろす。
しかしアーヴィンが一歩を踏み出した瞬間、デニークが嘲笑うかのように大きく声を発した。
「アーヴィン、お前は皇帝にはなれない! 私と同じだ! 聖女はお前を選ばなかった、これがその証拠だ! 神の意思にそぐわぬことを強要されるくらいなら死を選ぶと、自ら魔の森へ入ったんだ──!」
その言葉を聞くやいなや、アーヴィンは体を捻り、デニークの左肩を勢いよく踏みつけ、相手の体をねじ伏せる。
と同時に、閃光の速さで剣を振り下ろす。
「──ッ!」
アーヴィンの剣は、デニークの太ももに突き刺さっていた。
無造作に剣を抜くと、デニークの太ももからは血があふれ、たちまち地面を濡らす。
「ララを狙ったのはそれが理由か、愚かな」
アーヴィンは酷薄な表情のまま、デニークが手をかけるも間に合わなかった剣に、相手の血で濡れた自身の剣を当てると、勢いよく弾いて遠くに捨てる。
苦痛に顔を歪めるデニークの胸ぐらを乱暴に掴み、上半身を起こさせて引き寄せると、嫌悪を滲ませて耳元に顔を近づけ、抑えた声音で言った。
「──あんたが陛下の息子だということは知っている。いつからだ。あんたは、いつから知っていたんだ?」
険しい表情でアーヴィンが問う。
アーヴィンは、デニークが亡き皇帝の息子だと知っていた。
だからこそ皇帝が崩御したあと、アーヴィンはデニークが皇帝の息子であることを証明するため、ローイエン公爵家の間諜を使い、その出自を隠していた人物である子爵家の彼の母親と祖父に密かに接触していた。
数度のやり取りののち、事実を明らかにすることを彼らもようやく承諾したが、デニーク本人がその事実を知っているとは夢にも思っておらず、自分たちから話すので待ってほしいという返事を、数日前に間諜経由で届けてきたばかりだった。
でもそれは間違っていた。
デニークはすでに自分の出自について知っていたのだ。それがこの結果だ──。
デニークが痛みに堪えながらも、ハッと軽く笑う。
「ああ、お前も知っていたのか? いつから私が知っていたかって? 最初に配属された皇帝直属騎士団に入団して、四年目くらいだったか。休暇の合間に実家の子爵家に戻ったときに、偶然母と祖父が言い争いをしているのを耳にしたときからだ。
いつからか母は変わり、俺を疎むようになっていた。だから自分の父親が誰かを知ったときは衝撃だったが、至極腑に落ちた。でもこんなこと誰にも言えやしない。言ったところで今さらどうなる? 私の存在は生まれる前から、意図的に書き換えられていたんだからな!」
デニークの胸ぐらを掴んでいるアーヴィンの手に力が入る。
「──言えばよかったんだ」
「所詮、お前にはわからない」
すぐさま吐き出されたすべてを拒絶する言葉に、アーヴィンはギリッと唇を噛み締める。
激しい後悔と失意に襲われる。
アーヴィンは愚かな自分への怒りと憤りを必死で堪えるように、
「帝位にふさわしいのは甥の俺じゃなく、あんたなんじゃないかと思った。だからその出自さえ証明できればと、水面下で動いていた。でもそれも、俺の大きな誤りだった──っ!」