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魔の森 4

 足を踏み入れた魔の森の中、そこは森の外を囲む青紫色の霧とは異なり、ララでも見慣れた白い霧が薄っすらと漂っていた。


 霧のせいで視界があまりよくない。すぐさま魔獣に襲われるかと思ったが、ひとまずは大丈夫そうだった。


 ララは安堵の息もそこそこに、すぐさま手首を左右に強く引っ張る。


 硬い鉱石でできた手枷は簡単に外れた。音を立てないように、そっと足元に捨てる。


 そうして辺りを注意深く見回す。


 木々が生い茂っているが、魔獣らしき姿は見当たらない。


 しかし姿が見えないからと言って、油断はできない。


 薄暗い木々の向こう、そのあちこちからは何かがいる気配と刺すような鋭い視線を感じる。


 ララは警戒しながらも、先ほど通り抜けたばかりの背後に漂う青紫色の霧にそっと手を伸ばし、指先で触れる。


 指先は造作もなく霧を抜けた。


(魔獣はこの霧を越えられないと言われているけど、人間はどうなのかしら……?)


 気になったが、仮にこのまま霧を通り抜けて元の場所に戻れたとしても、皇帝直属騎士の男と黒装束の男たちがまだ見張っているだろうと思えた。


 試すなら場所を移動してからのほうがいいかもしれない。


 ただそれでもかなりの危険が伴う。


 霧の向こうが崖や川になっていれば、転落したり溺れたりする可能性もあった。運が悪ければ、霧を抜けた直後に死んでしまうだろう。


(まずは、この場を離れるのが先決よね……)


 ぎゅっと拳を握り締め、一歩を踏み出そうとしたそのとき、


「グルグルグルル……ッ」


 ララの背後からは魔獣の低い唸り声が聞こえた──。





  * * * 





「──遅い! 置いていくぞ!」


 アーヴィンは、目の前に現れる魔獣を神聖力をまとわせた剣でバッサバッサと斬り捨てながら、背後に向かって叫ぶ。


「アーヴィンさま! 僕、まだ見習い聖騎士──、なんですけど! もう無理、死んじゃいますっ!」


 テオは泣き言を吐きながらも、魔獣の攻撃を軽やかに避け、無駄な動作もなく最短で相手を斬り落とす。


 彼はまだ若くアーヴィンよりも経験が浅いものの、これから先かなりの剣の使い手になることを予感させる強さがある。


 将来、次の筆頭聖騎士になる可能性は非常に高く、お人好しなのが弱点になり得るものの、人当たりのよさと優れた洞察力があることからも、アーヴィンよりもずっとうまく周囲を取りまとめていけるだろう。


 だからこそアーヴィンは、テオを自身の側近としてそばに置き、目をかけてきたつもりだ。


「お前なんかに任せた俺が馬鹿だった! ララに何かあったら許さない! お前のその首が胴体とつながっていられるのも今だけだ!」


「──ぐ!」


 アーヴィンの物言いはひどいものだが、テオは反論できず、言葉に詰まる。


 絶対にララから目を離すなと言われていたにもかかわらず、テオはその場に現れた皇帝直属騎士団長のデニークを少しも疑うことなく、彼女を任せてしまったのだ。


「それは──、すごく反省してます! でも、デニーク団長が裏切るなんて思わないじゃないですか! それになんでララさんを狙うんですか⁉︎」


 テオは魔獣に襲われた町の事態収集の途中、ふと気になってララを探すと、保護しているはずの彼女の姿がこつ然と消えていた。


 しかも、彼女の身を預けたはずのデニークも見当たらない。


 慌ててアーヴィンに知らせると、アーヴィンはそもそもデニークが来ていることすら知らなかった。


 急いで調べを進めたところ、デニークがララを馬車に乗せ、どこかに走り去ったことがわかったのだ。


 アーヴィンは数人の聖騎士らとともにあとを追いかけたが、追いかければ追いかけるほど、その行き先は魔の森を示していた。



「──ララはどこだ!」


 アーヴィンが魔の森の前にいたデニークに追いつくと、そこにはデニークと黒装束姿の怪しげな連中、そして幼い少女がいた。


 城郭に囲まれた大きな街で牢屋から逃げ出したララを襲ったというのは、この黒装束の男たちの可能性が高かった。


 一目で暗殺に長けた者だとわかる。


 ララの命を狙っていたのは、デニークだったのだ──。


 アーヴィンは襲いかかってくる黒装束の男たちを再起不能にしたあとで、デニークに殴りかかる。


 デニークは帯剣しているにもかかわらず剣に手をかけることも、避けることもなく、アーヴィンの拳を受けた。


 構わずアーヴィンは怒りのまま、デニークを何度も殴りつける。


 そして力任せに、デニークの体を地面に叩きつけた。


 口の中が切れたのか、デニークはプッと血を吐き出したあとで上半身を起こし、ニヤリと笑ってからアーヴィンを見上げる。


「──ハハッ、よほどあの聖女が大事なんだな。利用価値があるからか?」


 アーヴィンはギリッと唇を噛む。


 皇帝直属騎士団長である彼が、こんな下劣な表情を浮かべるところなど見たことがなかった。


 アーヴィンが知るデニークは忠誠心と正義心にあふれ、高潔で平等、誰よりも騎士の称号がふさわしい人物だった。


 それなのに、いったいなぜ──。


「言え! ララはどこだ!」


 アーヴィンは、顔が腫れているデニークの胸ぐらを掴んで詰め寄る。すると、


「……ラ、ララちゃんがっ! あの向こうに、ひ、ひとりで……っ!」


 聖騎士によって保護された幼い少女が声を振り絞り、泣きじゃくりながら、魔の森の周りを覆う怪しげな青紫色の霧を指差した。


 その瞬間、アーヴィンはかつてないほどに殺気立つ。


(まさか魔の森に入らせたのか──?)


 恐れていたことが起きていた。


 瞳が怒りの色に染まる。


 ゆらりと立ち上がると、考えるよりも先に体が動き、剣を抜いていた。



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