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あまり触れないように

 ──この人はいったい何者なのだろう?


 つい今しがた限界がきたように眠ってしまった、自分よりも少しだけ年上に見える目の前の若い女性を見ながらテオは思う。


 眠りに落ちる寸前に慌てて抱き留めたものの、必要以上に触れないよう注意しながら、抱えた彼女の体ごとその場に静かに腰を下ろす。


 自身の上官である筆頭聖騎士アーヴィンのこの女性への執着ぶりを見れば、介抱のためとはいえ、決してこの状態も好ましくないだろうと思うと自ずと緊張が走る。


 あのアーヴィンがあんなにも感情を素直に表すところなど、テオはいまだかつて見たことがなかった。


 アーヴィンはつい先頃崩御した皇帝の甥で、この帝国の筆頭貴族であるローイエン公爵家の嫡男、帝位継承第一位という人物。さらに筆頭聖騎士で、おまけに見目も抜群にいい。


 冷たい感じはあるものの、それもまた世の女性にとっては魅力的に映るようで女性が放っておくことがないが、本人はいたって冷静を通り越して、もはや他人事だ。


 女性と接することはほぼないし、微笑みかけることもない、愛想笑いですらしない。


 だからこの捜索だって、最初からおかしかった。


 大聖女の聖杯を盗もうとした罪はあるものの、盗人と思われる若い娘ひとりに筆頭聖騎士自ら指揮をして捜索するなどあり得ない。そのうえ、分散して広範囲を捜索させている本部隊とは別に、テオを含めた少数部隊までも編成して別行動させるほどの念の入れようだった。


 テオは彼女にあまり触れないよう、視界に入れないよう注意する。


 だがやはり気になってしまい、その寝顔をそっと窺い見る。そのとき、


「──おい」


 ふいに背後から声をかけられ、大きく肩をびくつかせる。


 アーヴィンかと思って焦りながら振り返ると、そこには思いがけない人物が立っていた。


「──え、デニーク団長⁉︎」


 テオもよく知る人物、左目に黒い眼帯をした皇帝直属騎士団の団長、デニークだった。


 彼は、皇帝直属騎士団の団長になる前は聖騎士団に所属しており、当時の筆頭聖騎士の右腕をも務めていた実力者だ。


 その昔、遠征先で仲間をかばったことが原因で左目の視力をほぼ失ってしまったことは、帝国の騎士なら誰でも知っている。しかしそのハンデがあったとしても、彼に勝てる騎士は数えるほどしかいないというから、その実力はかなりのものだ。


 アーヴィンが筆頭聖騎士になる前までは、デニークがその最有力候補だと言われていたのも頷ける。

 その当時、長年務めていた筆頭聖騎士が翌年に引退することが決まり、その後任にはデニークが指名されるのではと噂されていた。


 しかし、以前所属していた皇帝直属騎士団の団長に叙任されるという、より大きな栄誉を授かることになったため、聖騎士団を離れたのは一年ほど前のこと。


 デニークは下位貴族の子爵家出身にもかかわらず、ついにはこの帝国で最大規模を誇る皇帝直属騎士団の団長となったこともあり、テオのような平民の騎士にとっても憧れと羨望の対象だ。


 彼が皇帝直属騎士団長になった年は、騎士団の下位部隊への平民の入団希望者が例年の三倍以上になったほどだと聞いている。


 それにしても、デニークは皇帝直属騎士団を指揮する立場だ。通常ならば、あまり帝都を離れることはしないはずだが……。


「デニーク団長、いつこちらに? あ、もしかして魔獣が現れたことを聞かれて?」


 そばを守る皇帝がいない空位の今、デニークが別任務か何かで帝都を離れていた可能性もあることに思い至ったテオはそう尋ねる。


 偶然ここから近い地域にいたのならば、魔獣出現を聞いて急いで駆けつけてくれたのかもしれない。


「ああ、知らせを受けてついさっき到着したんだが、魔獣は? すべて消滅したのか?」


 テオの予想を肯定するように、デニークが頷いて言う。


 険しい表情なのは、事態の深刻さを理解しているからだろう。


 テオは頼れる彼に感謝しつつ、状況を説明する。


「来ていただけて助かります。魔獣はすべて消滅したんですが、おそらく魔獣暴走(スタンピード)が起きました。ちょうどこの町に居合わせたアーヴィンさまと僕たち聖騎士で応戦しましたが、次から次に狂ったように暴れる魔獣が出現して、このとおり町はひどい有り様で……。そもそも魔獣の出現だってそうあることじゃないのに、なんでこんな突然……」


 テオの言葉に、デニークがぴくりと眉を動かす。


 魔獣暴走と聞いて、より一層深刻な事態だと認識したのだろう。重く受け止め、思案するようなそぶりを見せる。


 だが、ややあってから視線を下げると、テオが膝の上でしっかりと抱えている──というには、だいぶ距離のある不自然な力の入れようで支えられているララに、チラリと目を向ける。


「テオ、馬車の用意ができた。その女性はこちらで保護しておこう、ついさっきアーヴィンからも頼まれた」


「え、でも目を離すなと言われていて……」


「お前もやることがあるだろう。心配するな、こっちに任せろ」


 突然の申し出に、テオは困惑する。


 だがアーヴィンはデニークがいるのを知って、彼に任せたほうがいいと判断したのだろうと思い直す。


 それならこれ以上、自分が頑なに断る理由もない。


「そうですか、わかりました。じゃあ、お願いします。あ、でもくれっぐれもっ! 慎重に接してください。あと、あまり触れないようにお願いします。じゃないと、絶対あとでひどいことになりそうな予感がしますから!」


 テオは顔をしかめ、自身がこれまでアーヴィンから受けた数々の理不尽な横暴を思い出しながら、所々強調するように言う。


 対するデニークは訝しむように、

「その女性は、あいつとどんな関係なんだ?」


「あ、やっぱりデニーク団長も気になりますよね。いや、それが僕にもよく……」


 テオは一瞬、知り合いを通り越して本当は恋人なのでは? と口に出しそうになった。


 しかし、彼女が全力で否定していたので違うのだろうと思い直し、口を閉じる。


 ということは、まさかアーヴィンの片想いなのだろうか。それならもっと気になるが。


 とはいえ、憶測で伝えることではないだろうと感じ、あいまいに答えるに留める。


 そのとき、テオはふと、デニークの顔を見てわずかに違和感を覚えた。


「……あれ? デニーク団長、目の傷が薄くなって……。それに眼帯も前よりも薄い生地になったような……。もしかして回復に向かってるんですか?」


 デニークの左目はほぼ見えないと聞いていた。


 それに眼帯でも隠れないほど目の上下に大きな傷があったはずだが、不思議なことに今は前よりもかなり薄くなっている気がする。


 その傷は、傷を負った当時に彼自身が持つ神聖力で治癒を試みたそうだが、あいにく良い結果にはつながらなかったらしい、という噂もテオは耳にしていた。


 他人に治癒を施せるのは、遥か昔に存在していたと言われる聖女と呼ばれる女性くらいだ。


 聖騎士も神聖力を有しているものの、男女の性別の違いなのか、効果につながるほどの治癒能力はない。


 そもそも治癒には何よりもその神聖力の高さが求められるため、それ相応の神聖力がなければ難しい。


 テオが思ったまま口にした問いかけに、デニークは一瞬目を見開いたように見えた。


 もしかして余計なことを訊いてしまっただろうか。


 テオは自分の無神経さに内心焦ったが、

「ああ、いい医師に出会えてな」

 と相手がすぐに口元をゆるめて言ってくれたのでほっとする。


「そうなんですね! でも傷が治るなんて、まるで聖女さまみたいですね」


 先ほど目にしたばかりの信じられない光景が頭に残っていたので、思わずそんな言葉が出る。


 かつては大聖女だけでなく、聖女たちも聖騎士の傷をも癒していたと伝えられているが、大昔すぎてテオには実感が湧かない。


「聖女か……」


 デニークがそうつぶやいた声は、テオの耳には届かなかった。


 テオは慎重な動きで、深く眠ったままのララの華奢な体をデニークに預けると、


「あまり触れないように、ほんとに注意してください。じゃあ、あとお願いします。僕も事態収集にあたってきます!」


 そう言って駆け出した。



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