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邂逅 2

 つい先ほどまでは、賑わいのある平和な町並みだった。


 しかし今は一変して、大勢の人々が逃げ惑い、悲鳴と怒号が飛び交う大混乱の状態に陥っていた。


「ワーッ!」

「キャーッ!」

「に、逃げろー‼︎」


 我先に逃げようとする大勢の人々。地鳴りのような群衆の足音に、あちこちで泣き叫ぶ声。

 何かが蹴り倒されて、散乱する激しい物音──。


 木箱から抜け出したばかりのララは、何が起こっているのかわからず、急いで視線をあちこちに向ける。


 ただならぬ状況に心臓が早鐘を打つ。

 あり得ないほどの緊張感が走る。


 すると、


「──ま、魔獣だッ!」

「魔獣が出たぞーッ!」


 想像した以上の悪い状況を知らせる言葉が聞こえ、一気に血の気が引く。


 考えるよりも先に体が動いたララは、地面を蹴って駆け出す。


 人々が逃げる方向とは、逆の方向を目指して──。





  * * *





 ──それは突然だった。


 辺境の要所となる、城郭に囲まれた大きな街。

 その街にある治安管理棟の牢屋から、ララフネスだと思われる薄水色の瞳と髪の若い娘が姿を消したのは三日前のこと。


 足跡をたどり、おそらくもう街の中にはいないと思われたが、その後の足取りが掴めずにいた。


 可能性が低いほかの方面を捜索していた本部隊も呼び寄せ、到着した者からこの街を基点に、近隣にある町や村にそれぞれ向かわせた。

 そして自らは、テオを含めた数名の聖騎士の別部隊を連れて、可能性の高い場所を不眠不休で手当たり次第、徹底的に探した。


 でも依然として、見つからない。


 神聖力を持つことが必須条件になる限られた人数の聖騎士団とは異なり、神聖力の有無を問わず大勢の騎士が所属する皇帝直属騎士団を使うことができれば、もっと広範囲に及ぶ人海戦術が行えるのだが、彼らを動かせるのは皇帝か、騎士団長であるデニークだけだった。

 皇帝はすでに亡く、筆頭聖騎士でしかないアーヴィンが動かすにはさすがに無理があった。


 せめて彼女が向かった方角だけでもわかれば、まだ希望はある。


 焦る気持ちを抑えながら、その日たどり着いたのは、それなりに賑わいのある町だった。


 アーヴィンは連れていた聖騎士らに聞き込みするよう指示したあと、自分は側近で見習い聖騎士のテオを伴い、目を凝らしながら通りを手当たり次第に歩いていた。


 そして、なんとなく曲がった角で、向こうから歩いてきたと思われる小柄な若い娘とぶつかった。


「──ッ! す、すみませ──」


 ふいに聞こえた、聞き覚えのある透き通った声にハッと息を呑む。


 ぶつかったのか、相手は痛そうに手でおでこを押さえ、下を向いている。


 相手が纏っているローブのフードと、指の隙間からわずかに覗くのは、目を引く薄水色の髪──。


(まさか──)


 急いで顔を確かめようとするが、相手は何かに気づいたように急に踵を返そうとする。


 逃さない、とばかりに、アーヴィンはすぐさまその華奢な手首を掴む。


 相手は必死に手を振り払おうとしてくるので、無意識に力が入る。


 そのとき、相手のフードがわずかにずれ、その顔がはっきり見えた。


 アーヴィンは息を呑む。


 見開いた視界に映るのは、髪と同じく吸い込まれるほどの薄水色の瞳と、雪のような白い肌に形のよい輪郭、淡く色づいた唇──。


 片時も忘れたことなどない、アーヴィンがずっとずっと会いたかった相手──。


 でも、どんなに願おうとも、もう決して会うことは叶わないと思っていた相手──。


 呼吸することも忘れ、引き寄せられるように相手から目が離せなかった。


 しかしそのとき、ふいに体の中に流れ込む自分とは異なる神聖力を感じた。


 眠りを促される可能性を察知し、反射的に掴んでいる手をパッと放してしまう。と同時に、


「──アーヴィンさま、どうしました?」


 ふいに、背後から声がかけられる。


 ほんのわずかアーヴィンの意識がそちらに向く。


 後ろからついてきていた、自身の側近のテオだった。


(──しまった!)


 そう思ったときには、すでに遅かった。


 目の前の相手はアーヴィンの一瞬の隙を見逃さず、ひらりと体を翻し、逃げ出していた。


 先ほどまで掴んでいた手のひらに熱がこもる。


 心臓がこれでもかというほど、高鳴っていた。


「──見つけた、ララだ」


 遠ざかる華奢な背中から目を離さず、アーヴィンはつぶやく。


「アーヴィンさま?」


 テオが怪訝げに声をかけるも、その言葉はアーヴィンの耳には入らない。


 気づけばアーヴィンは強く地面を蹴り、彼女を追いかけて猛然と走り出していた。


「──えっ⁉︎ ええーっ⁉︎ ア、アーヴィンさま⁉︎」


 なんの前触れもなく走り出したアーヴィンに、背後のテオは驚き、慌てふためいている。


(──今度こそ絶対逃さない)


 走りながらアーヴィンは、彼女がララフネスだとはっきりと確信していた。



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