暗闇からの報告
その夜、アーヴィンは逗留する宿の一室にいた。
つい今し方まで、別室で同行している数名の聖騎士らと、今後について話し合ったところだった。
今日の夕方、この街の治安管理棟に若い娘が保護されているらしいという話を聞きつけ、急いで訪れたが空振りに終わる。
ただそこに残された痕跡から、アーヴィンは今自分が追いかけている相手が、ララフネスだという確信を抱き始めていた。
それだけに、あと一歩のところで彼女を見失ってしまい、落胆の色は隠せない。
そのうえ自分たち以外にも、彼女を追っているやつがいるかもしれないのだ。
不安と焦りは募る一方だった。
とりあえず治安管理棟を去る際、あの中年管理官には、薄水色の瞳と髪を持つ若い娘を見つけ次第、必ず保護するようきつく念押ししておいたから、今度は間違っても牢屋に入れるなどいう愚行をおかす真似はしないだろう。
あとは夜明けを待って明日の朝一番、協力を要請した大勢の衛兵も交えて、街中を大がかりに捜索することになっている。
そのとき、アーヴィンはふと何かに気づいたように顔を上げる。
浅く腰かけていたベッドから離れ、窓際へと近づく。
手を伸ばし、窓をわずかに開ける。
冷たい空気を頬に感じ、木々が風に揺れる音が耳に入ってくる。
アーヴィンは微動だにせず、窓ガラス越しに暗闇に覆われた外の景色を見つめる。
すると、暗闇の中から見知った男の低い声がした。
「──受け入れる、との返答が。ただし、本人は知らぬこと。自分たちから話すので待ってほしいと……」
アーヴィンはそのまま視線を動かさず、口を開く。
「わかった、それで構わない。引き続き、動向を注視してくれ。何かあれば連絡を」
「御意」
アーヴィンは安堵が混じる息を吐く。
──これでなんとかなるはずだ。
暗闇から声を発した男は、ローイエン公爵家が抱える間諜のひとり。今はアーヴィンが専属で使っている者になる。
報告してきたのは、とある人物の出自に関する手筈が整いつつあることについて。これはアーヴィンが単独で密かに急ぎ進めていることだ。
「あと別件で、少し気になることが……」
ややあってから、暗闇から続けて声がする。
「何だ?」
「帝都の警備棟、その地下牢に捕えられていた罪人数名が、行方知れずになっているようです。あちこちの町や村で金目の物を略奪し、女、子ども関係なく命を奪った連中です。獄中で死んだ様子もなく、脱走したなら各所に通達があるはずですが、それもありません。おそらく秘密裏に連れ出し、その事実を握り潰した者が──」
「なるほど、ならその罪人は何かしらに利用されているか、もしくは口封じですでに死んでいるだろうね」
「調べますか」
「……ああ、念のため、調べておいてくれ」
「御意」
窓の向こうにあった気配がふっと消える。
アーヴィンは何事もなかったかのように、窓をそっと閉めた。