迫る脅威
つい先ほど、治安管理棟を抜け出したララは左右を見回し、通りを足早に通り過ぎる。
牢屋の中で眠らせたあの衛兵たちが目を覚ます前に、この街を出なければいけない。
全速力で駆け出したい気持ちを堪え、怪しまれない程度に周りの通行人に紛れつつ、可能な限り急いで城門を目指す。
「──ねえ、ねえってば。そこのお姉さん、ちょっと待ってよ!」
突然、背後から声がした。
驚いたララは足を止め、振り返る。
声がしたほうに目を向ければ、誰かが建物の影から手招きしていた。
「──あ! さっきの!」
よく見れば、先ほど自分に財布泥棒の罪を着せたあの少年だった。
ララは左右を見回し、衛兵がいないのを確認してから、路地裏にいる少年に駆け寄る。
「ちょっと! さっきはよくもわたしに罪をなすりつけたわね!」
「ごめんってば。でもなんとか出られたんだね、よかった、気になってたんだ」
少年は眉尻を下げながら謝る。多少は悪いと思って心配してくれていたようだ。
しかし牢屋を抜け出してきたララには、一刻の猶予もない。周囲を警戒しながら早口でしゃべる。
「全然よくない! 早く逃げないと!」
「え、許してもらえたから出てこれたんじゃないの?」
少年は驚いて声をあげる。
牢屋のある治安管理棟から出てこられたのは、当然衛兵たちに許してもらえたからだと思っていたようだ。
「そんなわけないで──」
そう言いかけたとき、ふいに何かを感じた気がして、ララはハッとして振り返る。
──足音がしなかった。
しかし、そこには黒装束姿のいかにも怪しい男三人組が立っていた。
言葉を途切れさせたララを不審に思った少年が、ララの視線の先に目を向けるも、途端にヒュッと喉を鳴らす。
怯えたように後ずさり、ララを見上げて問いかける。
「……だ、誰? お姉さんの知り合い?」
「……ていうことは、きみの知り合いでもないってことね」
ララは、少年にチラリと視線を向けて返す。
「し、知らないよ!」
「ねえ、もしまた懲りずにお財布を盗んだんなら、ちゃんと返して謝ったほうがいいわよ」
「え、盗ってないよ! さっきは仕方なく……」
いやな予感がしながらも、あえて茶化すようにララが言うと、少年は首をブンブンと横に振って全力で否定する。
目の前の相手は、少年が財布を盗んだから怒って追ってきた、とかではなさそうだ。
そうこうするうちに、黒装束姿の男のひとりが脇に差している小型の短剣を抜く。
剣の表面が怪しくギラリと光る。
ララはごくりと生唾を呑み込む。
そっと腕を伸ばし、少年を背後にかばう。
相手はどうやら本気だ。こちらを害するつもりらしい。
意図はわからないが、かなり危険な状況だった。
(追われるし、牢屋に入れられるし、いったいなんなのよ──!)
ララは自分の身に降りかかる災難を心の中で叫ぶも、一方で努めて冷静に、少年に向かってささやく。
「……合図したら全力で逃げるのよ、わかった?」
「お、お姉さんは……?」
少年は恐怖のあまりブルブルと震えているが、それでも精一杯ララの身を案じてくれる。
「……大丈夫だから、──今よ、早くっ‼︎」
ララは少年の背中を思い切り押した。
少年はふらつきながらも、なんとか地面を蹴って駆け出す。
黒装束姿の男たちは一瞬視線を少年に向けるが、追うそぶりは見せず、ララにだけスッと焦点を定める。
(──狙いは、わたし?)
身構える間もなく、次の瞬間には男たちが一気に斬りかかってくる。
ララは少年が逃げた方向とは別の方向へと駆け出す。
男たちは素早い動きで、背後からララを襲う。
剣の太刀に迷いはなく、人を傷つけることへのためらいが少しもない。明らかな殺意──。
(聖杯を拝借しただけで命まで狙われるの──⁉︎ 嘘でしょ──⁉︎)
ララは心の中で叫ぶ。
体の向きを変えた瞬間、下から振り上げられた相手の剣先が、ララの頬すれすれをかすめ、前髪の毛先をわずかに切り落とす。
もうなりふり構っていられなかった。
ララは両手のひらをかざし、目の前の空間目がけて思い切り神聖力をぶつける。
強烈な青白い閃光が、ララと黒装束姿の男たちとの間で炸裂する。
そのあまりの眩しさに男たちの動きが一瞬止まる。
相手の視界を奪ったその隙に、ララは一目散に逃げた。
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