不安と焦り
「お待たせいたしました……っ! あの、このような国境近くの街に、どのようなご用で……?」
その日の夕暮れ前。側近のテオを伴ったアーヴィンが訪れたのは、城郭に囲まれた街の中心から、少し離れた位置にある治安管理棟だった。
慌てた様子で駆けつけてきてそう言ったのは、ここを管理しているやや冴えない中年男性の管理官。
彼は接点などほとんどない聖騎士の突然の来訪に驚き、緊張しているのがありありとわかる。
「若い娘を保護していると聞いたが?」
アーヴィンは要件だけ尋ねる。
昼過ぎ、薄水色の瞳と髪を持つララフネスらしき若い娘の目撃情報があった街の食堂を訪れるも、そこにいると思われた彼女はすでにいなくなっていた。
すぐさま伴っていた別部隊の聖騎士らを四方に散らし、街中の捜索にあたらせていたところ、街の治安管理棟に若い娘が保護されているらしいという情報を聞きつけたのだ。
管理官はアーヴィンを前に、困惑気味な表情を浮かべて答える。
「保護、ですか……? ええっと、あの、筆頭聖騎士さま、何か勘違いされていらっしゃるのでは? その娘は保護するような相手ではなく、財布を盗もうとしたスリだと報告を受けております。おおかた金に困って手が出たのでしょう、本人は否定しているようですが」
「スリ? まさか牢屋に入れているのか?」
アーヴィンは眉根を寄せ、あり得ないとばかりに鋭い視線を向ける。
「え? ええ、それは当然、現行犯の罪人ですから。あの、こちらです、ご案内いたします」
管理官はアーヴィンの視線から逃げるように、足早に案内する。
アーヴィンは背後を振り返り、その場で待機するようテオに目線で指示する。
テオを残し、アーヴィンはひとまず管理官に案内されるまま、建物の中を進む。
しばらくして到着したのは、管理棟の内部にある牢屋だった。
通路に面して、三つほど牢屋が並んでいるのが見える。こちらから手前のふたつの牢屋は、今現在使われている様子がない。
人の気配がするのは一番奥にある牢屋のようだったが、なぜかその牢屋の鉄格子は不自然に開いていた。
アーヴィンは違和感を覚え、すぐさま駆け寄る。
すると、あろうことか牢屋の中では、三人の衛兵がいびきをかいて寝ていた。
急いで辺りを見回すが、若い娘などどこにも見当たらなかった。
「──これは、いったい」
アーヴィンの背後から状況を目にした管理官が、あ然として言葉を吐く。
アーヴィンは寝ている衛兵のひとりに手を伸ばし、体を揺すって声をかける。
「おい、何があった!」
「う、うーん、むにゃむにゃ……」
衛兵は起きる気配がまるでない。寝ているだけにしか見えないが、その症状には覚えがあった。
神聖力の調整次第では、眠りを促すことができる。前世のララフネスも治療のために、そしてたまに面倒な相手に対して、よく使っていた。
アーヴィンは、今自分が追いかけている相手がもうララフネスだとしか思えなくなっていた。
「──ララ、どこに行ったんだ」
追いかけても追いかけても、あと少しのところですり抜けていく。
そうこうするうちに、手がかりさえも失ってしまったら──。
自分たち以外にも、彼女を追っているやつがいるかもしれないというのに──。
アーヴィンは強い不安に襲われ、ますます焦りを募らせる。