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たどる足跡と胸騒ぎ

 そこは国境近くの要所、城郭に囲まれた大きな街だった。


 街の中にあるその食堂はこじんまりとしているものの、ずいぶんと馴染みの客で繁盛しているらしく、客の出入りがひっきりなしにあった。


 お昼のピーク時を過ぎた頃だというのに、ほぼ満席だ。


 しかし、客席を忙しなく行ったり来たりしているのは中年の女性ひとりで、カウンターの向こう、厨房の中には亭主らしき中年の男性の姿が見えるだけ。

 厨房の前にあるカウンターの隅には、幼い少女の後ろ姿もあるが、おそらくこの食堂を営む夫婦の娘だろう。


「……厨房のほうにでもいるんでしょうか? もしくは今日はお休みとか?」


 使い込まれたテーブルの向かい側に座る、アーヴィンの側近で見習い聖騎士のテオが、さっと視線を左右に向けたあとで言う。


 その彼の今の服装は、聖騎士の白い隊服ではなく、周りの平民と同じような簡素な上着にズボン、その上にローブを纏っているだけだ。


 テオと大差ない服装のアーヴィンも、先ほどからさりげなく店内を見回しているが、薄水色の瞳と髪を持つ若い娘の姿は見当たらず、心の中で落胆する。


 確かに、この食堂でそれらしい容姿の若い娘が働いているという話を聞いたのだが──。



 あの日、ララフネスらしき若い娘を初老の神官長が目撃し、皇城の城門を閉じてまで捜索したが、目的の人物は見つけられなかった。


 そのためアーヴィンは宰相を説き伏せ、皇城と城下の大勢の衛兵らを広範囲に動かす許可を得て、帝都全体に範囲を広げて捜索にあたらせた。


 だが、それでもそれらしい人物は見当たらなかった。


 次にアーヴィンは、自身が指揮する聖騎士団の騎士を少数の編成に分け、帝都から徐々に捜索範囲を広げるようにくまなく捜索させた。


 そして足取りが掴めた方面には人員を増やし、その一方で今度こそ確実に逃がさないよう、自身の側近であるテオと数名の騎士らには別部隊として動くよう指示した。


 そうしてわずかな足跡をたどって、この辺境の地にいる可能性が高いことがわかり、アーヴィンがテオたちの別部隊に合流したのはつい先ほどのこと。


 ひとまず怪しまれないように料理を適当に注文し、食べながら様子を窺う。



 しかし、しばらく待っても若い娘の姿は見当たらなかった。


「あのー、すみません。若い娘さんもいたと思ったんですか、今日はお休みですか?」


 テオが女将を呼び寄せ、代金を支払うタイミングでそれとなく尋ねる。


 その瞬間、女将の視線が鋭くなる。

 だがそれも一瞬で、すぐに愛想のよい笑みを浮かべると、


「ああ、あの子ですか? 少しばかり手伝いに来てもらってた親戚の子でね。今朝、実家から連絡が来て母親の具合が悪くなったからってんで帰らせたんですよ。残念でしたね、お客さん。

 気立てがいいから、あの子目当てに来てくれる人も多かったんだけどね。まあ、若い娘はいないけど、また食べに来てくださいよ」


 やけに早口でスラスラと答えるのが、アーヴィンの目には何か隠しているように映った。


 サッと立ち上がり、立ち去ろうとする女将を制するよう見下ろす。


 女将はわずかにたじろぎ、ややあってからため息をつき、周りを気にするようにしたあとで、

「はあ、こちらへ……」

 と言って、ひと気のない店の裏手に、アーヴィンとテオを連れていく。


 周りに誰もいないことを確認してから、女将は腰に手を当てると、アーヴィンたちを非難するような目でキッとにらみつける。


「お客さんもしつこいね、何度訊かれても答えは一緒だよ! あの子はもうここにはいないんだから」


 突きつけられた女将の言葉に、アーヴィンはさらに落胆する。


(一歩遅かったのか──)


「あんたらみたいのにしつこく付きまとわれてる、あの子が不憫だよ。何か事情を抱えてそうだとは思ったけど、放っておいてやりなよ。昨日だって──」


 続けられた女将の言葉を耳にし、アーヴィンの表情が途端に険しくなる。


「昨日?」

「──っ!」


 女将はしまったという顔をして、口をつぐむ。


 アーヴィンは隣のテオに視線を送るが、テオは知らないとばかりに首を横に振る。


 自分たち聖騎士ではない。


(じゃあ、いったい誰だ──?)


 女将は怪しむように、アーヴィンとテオを交互に見る。しかしアーヴィンたちに思い当たる節がないのを理解したのだろう、少しばかり態度を軟化させると、


「昨日の昼間、あの子のことを訊いてきた男の人はお客さんたちの連れじゃないのかい? そのせいで、あの子は逃げるみたいに置き手紙ひとつで出て行ったんだとばかり……。

 昨日の男の人、一見この地方の人間に見えたけど、よく見ればお客さんたちみたいにお忍び風を装ってて、愛想よく笑みを浮かべてるけどどこか胡散臭い感じでね。商売をやってると、そういうもんにもめざとくなるもんさ。真っ当な感じじゃなかったね。あの子を怖がらせたくなくて言わなかったけど、心配してたんだよ。それがこんなことになっちまって──」


 アーヴィンの顔がますます険しくなる。


(俺たち以外にも、ララらしき娘を追っている連中がいるだと──?)



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