プロローグ
「──ねえ、ララ。すべてが終わったらさ、ララのために祝宴の妖精が魔法をかけてくれた、あの銀製の酒杯で一緒に飲もうよ」
「でもアス、あなたお酒好きじゃないでしょ?」
狂ったように大挙して押し寄せる魔獣の群れが、逃げ道を塞ぐように自分たち討伐隊の周りを取り囲んでいる。
辺りに漂うのは、乾いた土埃と汗、そして助けられず事切れてしまった味方が流した血、それらが混じり合った戦場独特のにおい。
ララと呼ばれた薄水色の瞳と髪を持つ少女、ララフネスは頬を伝う汗とも涙ともわからない水滴を、手の甲でぐいっと拭う。後ろでひとつに結った三つ編みが背中で揺れる。
ララフネスは、この魔獣討伐に参戦している筆頭聖女だ。
彼女の背後、背中を預ける状態で剣を振るっているのは、仲間の筆頭聖騎士の青年、アルトリウス。
つい先ほど、咆哮をあげながら飛びかかってきた大きな黒い魔獣を叩き斬った直後とは思えないくらい、のんびりとした口調だ。
でもそれが、ララフネスの気持ちを少しでも軽くするためだということは、彼女でも痛いほどわかる。
その瞬間にも地面を蹴って襲ってくる魔獣に向かって、ララフネスは両手をかざし、青白い光の神聖力を発してその巨体を消し去る。
ララフネスとアルトリウス、それぞれが倒した魔獣の体が霧と化し、拳よりも小さな無色透明の魔核石がコロンと地面に転がる。
魔獣の核を成す魔石だ。
魔獣は首を切り落としても再生するため、容易には倒せない。倒すためには、神聖力と呼ばれる力をまとわせた剣か、神聖力を当てることで魔核石と魔獣の体である外殻を切り離すことができ、消滅するのだ。
魔獣が消滅すれば、魔核石だけが残される。
──ある日、大陸に突如として起こった、魔獣が暴走する魔獣暴走。
魔獣が生息するとされる魔の森に近いとある王国は、この広い大陸で唯一、魔獣に抵抗できる神聖力を有する聖騎士と聖女を集め、討伐に向かわせたのは一年前のこと。
当初は順調かと思われていた討伐も、魔の森に近づくにつれ、現れる魔獣の多さと荒れ狂う嵐のような凶暴さに圧倒されるようになった。
そしてついには、魔の森に到達する前に、これまでとは比べものにならないほどの魔獣の群れが押し寄せてきたのだ。
それからどれくらいの時間を戦い続けているのだろう。
それでも次から次へと魔獣が現れるため、終わりが見えない。
自分たちのほかにも大勢の聖騎士、そして聖女たちが魔獣に応戦しているが、みな疲労の色が濃く、肩で息をするほど息が上がっている。ある者は傷を負い、ある者は仲間の傷を治そうと必死だ。
すべてが自分たちの劣勢を物語っていた。
でも諦めるわけにはいかない。
魔獣に抵抗できる力を持つ自分たちが全滅すれば、王国、そして大陸はこれまで以上に魔獣に侵略され、生きる希望もないほどに荒廃してしまうだろう。
アルトリウスがその広い背中を、ララフネスの華奢な背中にトンッと当て、再び口を開く。
「うん、だからさ、きみは赤ワイン、俺はとりあえず甘いリンゴ酒で。ね、どう?」
彼の素早く動く剣先とは裏腹に、その口調は依然としてのんびりしている。
「そうね」
(──生きて戻れたなら)
ララフネスは、思わず漏れそうになった言葉をどうにか呑み込む。
肩越しに振り返れば、そこには戦場には似つかわしくないほどの満面の笑みを浮かべるアルトリウスがいた。
「約束だよ」
彼が言うと本当に叶いそうな気さえする。でもきっとそれは難しい。
「──ええ、わかった」
ララフネスのその言葉を聞いたアルトリウスは彼女から背中を離し、大きく足を踏み出すと、仲間を助けるために襲い来る魔獣の群れへと斬りかかっていく。
そのわずかな隙をつくように、ララフネスにも絶え間なく魔獣が飛びかかってくるが、すぐさま両手をかざして神聖力をぶつけ、魔獣を消し去る。
しかしそれも虚しいくらいに、仲間がひとり、またひとりと倒れていく。
それを視界の端に捉えながら、ララフネスはぎゅっと拳を握り締め、やがてあるひとつの決断を下す。
瞬時にアルトリウスの姿を探し、その背中を追いかけ、彼の横に並ぶとそっと声をかけた。
「アス、あとはお願いね──」
彼が何かを察知したように目を大きく見開くが、ララフネスは構わず、先へ進む。
魔獣の大群に対峙すると、両手をかざし、限界を超えるまで力のすべてを解き放つ。
目が眩むような青白い閃光が辺りを覆う。
迫りくる魔獣の群れを、ララフネスに手を伸ばすアルトリウスを、倒れまいと必死で奮闘する仲間たちを──。
一瞬にして、圧倒的な神聖力がすべてのものを覆い尽くした。
それが筆頭聖女ララフネスの最期の記憶だった──。
たくさんの素敵な作品がある中、目を留めていただき、ありがとうございます。
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