帰宅
28 帰宅
あの島での出来事は夢の中であったかのように現実感が無い。
目覚めた後、眼球だけになっていた千代の身体が完全に元通り回復していたのには安堵した。
身体と異なり衣服の方は再生しないようで、千代はラルカさん作のゴスロリ服を着せられていた。
メアは特に後遺症もなく、目覚めた後はその場の諸々を取り仕切ってくれた。
マリアは大人しく投降、アウラは未だ入院中だが回復に向かいつつあるらしい。
エレクス、アウラ、マリアの処遇はと言うと、本来であればアルドアの倉庫に不法侵入した時点で有無を言わさず極刑が確定するとの事だった。
入っただけで極刑というのはあまりにも重すぎる刑罰のように思える。
しかし、扱い方を間違えればこの世界自体が崩壊するような代物がある場所だ。
それを考えれば仕方ない制度なのかもしれない。
ただ、メアからこっそり教えて貰った話によるとアウラが持っている特殊な魔道具をアルドアに全て差し出す事で懲役刑へと減刑がなされたとの事だ。
「マリアは単独犯行で極刑、エレクス=マーロとアウラは犯行を幇助した罪で懲役刑って事になったらしいぞ」
メアが教えてくれたその言葉に僕は納得がいかなかった。
そもそもアルドアの倉庫に侵入したのはエレクスとアウラの二人だという話ではなかったか。
それなのにマリアが罰せられるとはどういう事なのか。
余命幾許もないから代わりに犠牲になったというような、さすがにそんな理由ではないはずだ。
何か話に裏がある。
そんな僕の考えを見抜いたのかメアがあっさりその話の“裏”の部分も話してくれた。
あと半年も生きることができないマリア。
彼女を救う為にエレクスは自分の身体と彼女の身体を入れ替える魔術を使った。
つまり死刑の判決を受けたのはマリアではなく、彼女の皮を被ったエレクスだという事らしい。
「じゃあエレクスは極刑になったってこと?」
「今のところ死刑囚ってだけだな、今は牢屋の中だぞ」
僕が見た彼はそれほど悪い人物には見えなかった。
もっとも、それは魔剣ブレイティアによって悪しき心が無くなった状態だったからという事は分かっている。
本性は僕が会った彼とは異なるのだろうが、なんとも複雑な気持ちになった。
事件の後、僕達がツリーウッズフォレストの森で目覚めると時刻は未明であった。
眠りから目覚めたといっても夢の中で起きていたようなものだったので、自衛隊の施設で仮眠をとらせて貰った。
朝がきて僕は簡単な事情聴取を受け、その場で色々な説明を受けた。
その内容を具体的に言うと、翌朝の船便にて本州に送還される事、第五区画内での出来事は守秘義務がある事、今後の生活を送る上で監視が付く事などだ。
最後の夜は僕、千代、メア、ラルカさんの四人でメアの家に泊まった。
メアから先述の話を聞いたのはこの時である。
翌朝、僕は三人に別れの挨拶をした後、船へ乗り込んだ。
第五区画へ来る時は一瞬だったのに、帰るときは一日以上掛かった。
島の位置や航路は機密事項との事で、トイレ以外の時間、窓の無い船室でずっと過ごす羽目になった。
狭い船室内、暇潰しの道具も無く、ただただ退屈な時間が流れた。
狐の窓でも残っていれば茜と会話できたのだが、魔法や魔術に関するものは島の外に持ち出せないとのことだった。
当然ながら船に乗る前に、僕の指からは鮮やかな桔梗の色が消し去られていた。
こんな状況で出来る事といえばここ数日の事を思い返す事だけだった。
島で初めて出会った一つ目の少女。
彼女が作ってくれた味噌汁の味。
メアの家で風呂から服を脱いだまま部屋に戻ってきた姿。
一緒のベッドで寝たとき、彼女の酷い寝相のせいで死にかけた事。
吊り橋から落ちかけた事。
森の中、突然の奇襲により千代の身体が抉れて死んでしまったのだと思ったときの絶望。
しかし、結局無事だった事による安堵感と彼女の変わり果てた容姿への戸惑い。
色々思い返すと千代の事ばかりが思い浮かぶ。
目を疑うような景色や多数の人外達、魔法や魔術など、もし他の人が客観的に見ればもっと凄い事が色々あっただろと言いたくなるかもしれない。
あるいは、出会って二日少しでそこまで深い仲になってないだろと思うかも知れない。
物語の登場人物であれば何らかの伏線なり、展開なりがあるのだろうが、人間の精神とはそこまで単純なものではないらしい。
自分でもよく分からないが、とにかく千代の事ばかり考えていた。
小中学生の頃、国語の授業で『登場人物の考えを述べよ』という問題があったが、実際問題、あれらの登場人物ももしかするとストーリーも何も関係の無いことを考えていたのかもしれない。
出るのは溜め息ばかりで、それは船を降りて自宅に帰った後も続いた。
学校近くに借りた賃貸アパート。
ワンルームの小さい部屋だ。
一日以上船に乗っていたせいで何だか身体が揺れているかのように感じられる。
もうあの島に戻れない事を考えると気が滅入るが、僕の気持ちなど構わずに時間は経過する。
明日からまたいつもの学生生活だ。
取りあえず夕食をとったら今日は寝よう。
そう考え、ベッドから起き上がり家を出た。
近所の牛丼チェーン店に入った所、大学の同級生に出くわした。
「おお中谷、生きてたのか!」
酷い言い様である。
確かに船で戻る時間も合わせると五日間音信不通になっていたのだ。
もしかすると行方不明扱いで警察沙汰になっているのかもしれない。
「LIИE見た?」
「ああ、そういえば電源切りっぱなしだった」
島の中では圏外だったからな。
スマホを起動すると着信メッセージが八件、不在着信三件が表示された。
目の前の友人との話で分かった事だが、結論から言うと警察沙汰にはなっていた。
しかし、警察へ連絡した翌日、警察から僕が無事だった事、家族の問題でしばらく学校を休む事などの連絡が返ってきたらしい。
一瞬本当の事を言おうかとも思ったが、僕が機密を漏らさないよう監視されているという話を思い出し、止めておいた。
一人で居ても出るのは溜め息ばかりだが、友人と話すと幾分か気が紛れた。
帰って寝るだけのつもりだったが、少し調子が戻った。
部屋に戻り日課の動画作成を行うことにした。
忍術(正確には魔法らしいけど)を手品という体で動画撮影し、投稿する。
それなりに動画の再生数も伸びたが、ここのところネタ切れ気味である。
部屋の中で火や水を出すわけにもいかず、やれることといえば限られている。
何気なく目の前に風を起こしてみたところ、突風のせいで机の上の物とごみ箱の中の物が舞い上がった。
「あぁ………」
部屋の片付けをする羽目になった。
やはり駄目だな。
部屋を片付けたら大人しく寝よう。
そう思い、ゴミを拾い始めると玄関のチャイムが鳴った。
「ピンポーン」
時刻は二十二時。
こんな夜遅くに誰だろうか。
ドアを開けると、迷彩服にヘルメットを被った二人の男が居た。




