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純真に輝く邪な彼女に関する、解決し難い抗えない問題について  作者: 東東
【1章】彼が立ち向かうには彼女はあまりに無邪気に邪悪で
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「・・・ねぇ、あっちの薔薇を見に行かない? 君に是非、見せたいから案内したいんだけど」

「いえ、私は、べつに・・・」

「母上がとてもお好きな花なんだけど・・・」

「是非、お願いいたしますわっ」

「・・・うん、手を」

「えぇ」


 これ以上、彼女の話を聞くわけにはいかない、という思いと、全てを確認しないわけにはいかない、という使命感、二つのそれが鬩ぎ合い、結局、使命感が勝ってしまった。たぶん、僕はそういう人間として生まれ、そういう人間として育っているのだろう。

 何かに諦めるようにその使命感に従うことは受け入れたが、今、この場でその使命感のまま話を聞くわけにはいかない。先程は聞こえていなかったようだが、話をし続けていたらいつか周りに聞こえてしまうかもしれないし、聞こえてしまえばそこから先、何がどうなるか分かったものでもない。

 だからとにかく彼女を連れて少しだけこの場を離れたくて持ち出した提案は、最初、特に気のない返事をしていたにもかかわらず、母上のことを持ち出せば盛大な同意をされた。その同意の強さに思うところはあるのだが、それには目を瞑り、彼女の手を取って円卓から少しだけ離れた位置に咲き乱れる薔薇の元へ向かう。

 勿論、二人で席を離れようとする様を羨ましげに見つめる同じ円卓に着く他の令嬢達には、母上のお好きな花をお見せしたいので少し案内します、と断りを入れて。

 ・・・笑顔で頷く彼女達が、その笑顔の中に、次は自分達を案内しろ、と訴えているのを感じ取りながら。


「綺麗ですわ・・・、勿論、王妃様のあの顔やお肌の美しさには負けますが」


 連れて行った先で、彼女は艶やかな赤を降り注ぐ光に煌めかせる薔薇を前に、うっとりとそう呟いた。自身こそ花のような顔をして、咲き乱れる花より尚、鮮やかな赤を纏っている彼女が薔薇にうっとりとしている様はとても美しく見る者に幸福を与えそうなものだが、今、その幸福な光景をすぐ傍で見ていて感じるのは、背中を駆け抜ける悪寒だけだった。

 花の美しさと母上の容姿を比べる、それくらいならまだしも、何故、肌の美しさをここで持ち出してくるのか、それがさっぱり分からないのだが、理由が分からないながらも、それが良からぬ発言であることだけは察せられるが故の悪寒で。

 その悪寒に、決意が揺らぎそうになった。確かめなくてはいけない、という、この場に彼女を連れ出した理由でもあるそれが。しかし揺らぎそうになったそれは、いくら揺らいだとしても決して消えてはくれなかった。

 何故なら数秒、薔薇を堪能していたはずの彼女は、まるで他の花でも探すように視線を庭園内にゆっくりと巡らせ始めて・・・、そこで見つけた母上の姿に、陶然とした溜息を零して身震いしたのだ。

 ・・・まるでその身震いが移って悪化したかのように悪寒が再び襲ってくるが、同時に、揺らいでいた決意が揺らぎながらもその存在を強く主張し始めた。

 あの溜息の意味を確認しないわけにはいかない、アレは決して見て見ぬ振りをして許される類のモノじゃない、と。


「あの・・・、母上のこと・・・、えっと・・・、憧れて、いるんだよ・・・、ね?」


 どう思っているのか、そういう範囲の広い問いを口にしようとして、途中で限定的な、肯定か否定かの二択しかない問いに変更してしまったのは、決意に促されて問いを発しながらも、やっぱり揺れている決意では立ち向かいきれないそれがあったからだろう。

 それなのに、僕のその二択のうちどちらかの答えしか求めていない問いに対して、彼女、リロウは与えていない三つ目の選択肢を選んでしまったのだ。

 聞いてもいない自分の思いの丈を語りまくる、という選択肢を。


「王妃様は・・・、素晴らしいお方ですわ。私、あんなに立派なのに下品ではなく、理想的な膨らみと張りをを持ってこの世の重力に逆らい、世界に幸福をもたらす双丘を目にしたことがございませんわ」

「・・・そう、きゅ、う」

「あんなに豊かな豊穣の地を毎日間近で凝視できる殿下が、羨ましいし妬ましいし憎らしいくらいです」

「あの・・・、えっと、なんか、僕が変質者のような行動を取っているみたいなこと、言わないでほしいだけど・・・」

「きっと、幼少期より、あの魅惑の谷間に顔を埋めるという、生まれたことを神に感謝する行為を幾度となく繰り返しておられるのでしょね」

「繰り返していないけどっ?! あと、そんな行為で感謝しても、神に対して不敬でしかないし!」

「あぁっ! しかもあの腰! なんですの? あの細さ! あんなに豊かな双丘を支える腰があんなに細くて許されますの? あんな折れそうな悪魔の魅力がある腰を見せつけられてしまえば、撫で回さずにいられなくなるではありませんのっ!」

「ならないけどっ?! というか、まさか母上にそんなこと、しようとしていたの?!」

「腰からお尻のラインも途轍もない魅力ですわ。まさに犯罪級、撫で回されても文句は言えない、みたいな・・・」

「言うよっ! そんなことしたら犯罪なんだから、文句を言うどころか牢に入れるよっ!」

「王妃様は、あれだけ腰が細くてもちゃんとお尻がしっかり膨らんでいるところが素晴らしいのです。よく、細いことがご自慢の女性がいらっしゃいますけど、全体的にただ細いだけなんて魅力を感じませんわ。やはり、女性の魅力は丸みですの。凹凸のない体なんて、女性に生まれた特権を捨て去ったとしか思えませんわ」

「・・・たぶん、今、一部の女性を全力で敵に回したと思うけど」

「その点、王妃様は細くあるべき場所だけ細く、膨らむべき場所は下品にならないギリギリのラインまで膨らんでいて、しかもどこもかしこもお肌ツルツル、もうっ、これは神が我が国に与えたもうた最大の祝福と言ってよいのでは?」

「よくないっ、よくないから!」

「あぁ、王妃様・・・、本当に素敵なお方・・・、でも私を惑わす、罪なお方ですわ・・・」

「母上によく分からない罪を勝手に背負わせないでくれる?! というか、君は一体母上をどういう目で見ているんだいっ?!」

「厭らしい目で見ていますわ!」

「はっ?!」


 たぶん、その断言が最後のひと押しだったのだ。続いていた有り得ない発言に対して必死の抵抗を続けていたのだが、全く怯む様子も恥じる様子もなく口にされた断言に、張り詰めていた神経が限界を迎えたようにプッツリと切れ、意識が軽く遠退いてしまったようで。

 結果、それが僕の隙になってしまい・・・、気がつけば彼女に手を引かれ、席の方へと足を進めていたのだった。

「王妃様が席にお戻りになっておりますわ」という嬉々とした声が聞こえていた気がしたが、たぶん、気だけじゃなくて本当に聞こえていたのだろう。意識が遠退いていたので、実際に聞こえているという実感はなかったが。


「ふふっ、二人で何をしていたのかしら?」

「王妃様がお好きだという薔薇を見せていただいてましたわ」

「あぁ、あの赤い薔薇ね。えぇ、私のとても好きな花よ」

「どうしても王妃様が好きだというお花が間近で見たくて、殿下に無理を申し上げてしまったのです」

「まぁ」

「はっ、ははう・・・」

「でも、他の皆さんにも是非、ご覧になっていただきたいですわ。殿下、皆様もきっと喜んでくださると思うので、ご案内しては如何です?」

「そう・・・、ね。一人だけ、というわけにもいかないものね・・・、ライナス、皆さんをご案内して差し上げなさい」

「・・・は、い」


 席に戻った途端に母上に親しげに話しかけるリロウに危機感を覚えて、どうにか母上に発しようとした警告は、それを察したのか、それとも自分に向けられる妬みを含んだ羨望の眼差しに思うところがあったのか、さもなければそういった点だけはきちんと令嬢らしい気遣いが出来るのか、リロウが発した提案とそれに同意した当の母上自身によって打ち砕かれた。

 勿論、母上としては自分に危険が迫っているなんて思ってもみていないのだろうし、半ば自問自答かのように小声で漏らされたそれが、いくら大本命とはいえあからさまな贔屓をするわけにはいかない、という配慮から発せられているのが分かってしまえば僕に拒否する言葉があるわけもなく、前半の台詞に比べて周りに聞こえるように多少声を張ったそれに喜びを見せる令嬢達を一人ずつ、あの薔薇の元へ案内する羽目になる。

 ・・・べつに、他の令嬢達を薔薇の元に案内して、少しのお喋りをする、という流れが嫌なわけじゃない。正直に言えば面倒だなという気持ちはあるけど、でも、これが今日の自分の役目なのだと理解しているのだから、その役目を果たすこと事態に否はないのだ。

 ただ、どの令嬢を案内している間も、必死に向けられる言葉に応えている間も、気が気ではなかった。その所為で、どの令嬢に対しても興味を向けることができず、辛うじておざなりではないというレベルの対応しかできないまま、全ての令嬢の相手を終えてその令嬢を席までエスコートした後、見苦しくないギリギリの速度で自分の席に戻ったのだ。

 理由は勿論、リロウと母上の様子が気になって仕方がなかったからだ。正確にいえば、リロウが母上に何かとんでもないことをするのではないかと心配で仕方がなく、一刻も早く二人の元に戻りたい、というか二人の間に入って母上を守りたい、という気持ちが強くて、とても悠長に他の令嬢を相手をしていられなかった。

 しかしそんな母を思う子の心に気づいてくれない母上は、戻った僕に意味ありげに告げるのだ。


「ちらちらこちらを見ていたわね」と。


 最初、何を言われているのか分からなかったし、その言葉にどんな意味を含ませているのかも分からなかった。しかし母上が開いた扇子で口元を隠し、その扇子の上に出ている目を笑みの形にして見下ろしてくるその様を目にした途端、すぐに察してしまう。

 自分が、間違っていたのだと。


 どれほど母上を心配していても、令嬢達の相手をしている間は決して母上の様子を窺うべきではなかったのだと。


「もう、他の子達を案内しているというのに、貴方はこちらばかりを気にして・・・、気持ちは分かるけど、駄目ではないの、案内している子達に失礼よ?」

「母上っ、それは・・・!」

「ふふっ、べつにそんなに必死な顔をしなくても・・・、ごめんなさい、意地悪を言ったわね。本当はべつに咎めているわけではないのよ」


 母上は心底楽しげで、本人が口にしている通り、全く咎める気がないのだろう。・・・が、そういう問題ではないのだ。母上は全てを間違っている。その間違いを生んでしまったのが僕自身の行動の所為だとは分かっていたが、でも、声を大にして主張したかった。

 気にしていたのはリロウではなく、母上です、と。あと、僕の気持ちを母上は全く分かっておられません、と。

 拙い、と思ったのは、母上の中で僕がリロウを気にかけている、気に入っているという解釈が出来上がっているのが分かったからだった。

 そしてその間違った解釈がこの場において拙いことは明白で・・・、いくら僕が第一王子で国の為になることを最優先すべき立場だからといって、あの発言を繰り返す少女と人生を共にするなんてあまりに酷すぎるだろう。というか、あんな発言をする少女が第一王子の妃になることがこの国の為になるのかどうか、その点がまずもって疑問だし。

 僕は、色んな意味で焦っていた。いろんな意味? いや、突き詰めれば焦っていた理由はたった一つなのだ。自分の婚約者にリロウが選定されては困る、ただそれだけが焦りの理由だった。

 いつだって落ち着きをもって、冷静に物事に対処すること、それがいずれは皇太子、王へとなるべき自分に施されている教育で、今までその教育に背くことはなかったと思う。

 しかしその時は続いていたとんでもない出来事に疲弊し、判断力を失っていた上に、迫りくる悪夢に焦りを感じていて、いつも維持しているはずの冷静さや判断能力を失ってしまっていたのだ。

 その結果、開いた口は愚かな言葉を吐くことしか出来ずに。


「ぼっ、僕はただ・・・、母上の元に早く戻りたかったのですっ!」


 大声で怒鳴らなかっただけ、マシだったと思う。本当にこの発言を周り中に聞こえるような声で叫んでいたら、それこそいろんな意味で自分の人生の瑕疵になっていたに違いない。

 とんでもないマザコン王子、しかも恥もない奴だと陰口を言われるという、人生の汚点として。

 不幸中の幸で、その台詞は母上にだけ聞こえるようにと、母上の耳元に顔を寄せるようにして発していたので、周りには漏れることはなかった。

 しかし当然、僕の追い詰められている状態に気づかないままその発言を聞いた母上は『この子は何を言っているんだか』という少々呆れたような目で僕を見下ろしてきて、周りの評価は維持できていても、母上の中の評価を下げてしまったことが分かった。

 まぁ、立派に育てなくてはいけない我が子がマザコンと化していたら、それはがっかりするだろう。

 拙い、と思い、すぐにでもどうにかしなければ、母の誤解を解かなくてはと頭では分かっているが、ただでさえ冷静さや判断力が低下している状態で更なる焦りが重なってしまったので、すぐには言葉が出てこなくて。

 その隙に、口を開かなくていい人間が口を開いてしまう。彼女だけは、僕が母上にだけ聞かせようとしていた台詞が聞こえていたのだ。隣に座っているのだから、当然といえば当然だったのだが。


「お気持ち、分かりますわ・・・。お美しい王妃様から離れるなんて、ほんの少しの時間ですら耐え難いものですものね。私も、早く王妃様の元にお戻りしたいと思っておりましたわ」

「まぁ・・・、お上手ね、リロウ」

「本当のことを申し上げたまでですわ」


 リロウは、何か感じ言ったようにそう告げて・・・、振り返った僕に対して、それはもう、嬉しげに微笑んだのだ。爛々と輝かせた瞳に、並々ならぬ期待のようなモノを滲ませながら。

 その、得体の知れない恐怖を喚起させる瞳とうっかり見つめ合っているうちに、母上からまた小さな笑い声が漏れて、僕はその時、また間違ってしまったことに気づいた。

 母上は、リロウの評価を上げたのだろう。訳の分からないマザコン発言をした僕をフォローし、見つめ合うくらい僕と親しくなっているようだと、そう思いこんで。

 そしてリロウの方は・・・、この瞳の輝き、何かを期待するようなそれは、たぶん、自分と同じ人間、つまり仲間を見つけたと思ってのそれなのだろう。以前、王城で働く者達が同じ趣味の話で盛り上がっていた時に互いに向ける瞳が今のリロウと同じような輝きを放っていたので、間違いないと思う。

 ただ、その時見かけた者達が瞳に浮かべていた輝きより、一層強い輝きを放っているくせに、同じくらい澱んでいるというか、少なくとも清い輝きはしていなくて。

 母上に対してだけではなく、リロウに対しても間違ってしまったのだと実感せずにはいられない、それは邪悪な輝きだった。

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