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純真に輝く邪な彼女に関する、解決し難い抗えない問題について  作者: 東東
【1章】彼が立ち向かうには彼女はあまりに無邪気に邪悪で
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 あぁ、この子か、と思った。何の感慨もなく、ただそれだけを思った。


 6歳の春に開かれたその小規模なパーティーは、名目上、第一王子たる自分、ライナス・ローズベルトの誕生日を祝う為のものとされていたが、実際には僕の婚約者候補を集めて行う、選定の場だった。

 パーティーの趣旨を説明されたわけではなかったが、生まれた時から第一王子として自覚を持つようにという教育を受け、周りからそれ相応の接し方をされていればそのくらいのことは分かるようになるわけで・・・、ついでに言えば、周りの大人達にとっての本命、つまりできたら選んでほしいと思っているのが誰なのかも、その態度で分かってしまう。

 まぁ、後から来たのに僕の隣に空けられていた席に案内されていれば、誰にでも分かることではあるのだろうが。


「お隣、失礼致しますわ。私、エンバー家の長女、リロウと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます。殿下、6歳のお誕生日、おめでとうございます。殿下の誕生を祝う栄誉を頂けたこと、大変光栄に思っておりますわ」

「こちらこそ、お祝い、ありがとう。こうして皆にお祝いしてもらえて、嬉しく思うよ。今日は是非、楽しんでいってほしい」

「えぇっ、全力で楽しみますわっ」


 僕以外の子供が全て同じくらいの年齢の少女だけという、意図が丸分かりの招待客のうち、僕の隣の席を充てがわれたのは印象的な赤を纏う少女だった。

 いくつかある円卓のうち、僕が座っている一番大きい円卓に主賓である僕が座り、その右隣に母上が座っていて、左隣だけ空けられていたのだが、そこに座ったのが4つある公爵家の中でも今、尤も経済的に大きな影響を持つエンバー家の令嬢なのだから、これはもう、彼女が本命なのだろうなと察するしかなかった。

 勿論、同じ円卓についている少女達も有力な候補者達であることは、その家柄を考えれば分かることではあったけれど、彼女達は二番手の候補なのだろう。

 席に着く前に年齢にそぐわないほど美しい所作で礼をし、それからやっぱり年齢よりかなり大人びた口調で挨拶と祝いのそれを口にした少女に如才なく言葉を返しながら不躾にならないように相手を観察すれば、国一番の資産を誇る公爵家の令嬢であることを納得させられる身なりをした、その身なりに負けないほど華やかな容姿をした少女で、確かにこれなら最有力候補になるだろうな、とまるで他人事のように納得してしまった。


 それこそ、何の感慨もなく、この子なんだなと理解し、特に反対する意思もなくそのまま納得しそうなほどに。


 彼女は、とにかく赤の印象が強い美少女だった。

 緩くウェーブした髪はオレンジを数滴だけ混ぜたような鮮やかな赤で、少しだけ吊り上がり気味の、猫を思わせる大きな瞳は炎のような、混じりっけのない赤。そんな赤を生まれ持った彼女は赤が良く似合う華やかな、同じ6歳という年齢にはそぐわないほど完成された美貌を持ち、その美貌に映える大輪のバラのような笑顔を浮かべている。

 少しだけきつめの顔立ちだとは思ったが、文句のつけようがない美貌と、第一王子の隣に座るという高位の令嬢ですら通常は緊張するような場面で物おじせず、笑顔を浮かべているその大胆なほどの肝の太さも自分の婚約者の最有力候補者に相応しいのだろう。

 赤の髪に生える大振りの金の髪飾り、赤を基調とした贅の限りを尽くしたドレス、彼女の華やかな美貌を彩るに相応しいネックレスやその他装飾品、どれも他の令嬢との差を見せつけるような豪華さで、その豪華さに決して負けていない彼女自身の姿を見ても、もう何事もなければ彼女で決定するのだろうと思えた。

 勿論、婚約する本人である僕の意思や好みをある程度尊重する気持ちがあるから彼女だけではなく、他の令嬢も集めてくれたわけで、他に気になる令嬢がいればその令嬢を充てがってくれる気もあるのだろうが・・・。


 正直、興味がなかった。というか、第一王子の自分に相応しい相手なら、どんな容姿だろうと性格だろうと、構わなかった。


 他人の容姿にそこまで興味がないし、性格だって自分の候補者にと選んでくれているなら、国を共に守り、繁栄させていく人間として現時点では合格点だということなのだろう。

 勿論、まだ子供なのだからこれから先にどういう人間に成長するかは分からないが、婚約者になればそれ相応の教育が施されるのだから、大して問題にもならないに違いない。

 だとするなら、僕としては王子としての僕に相応しい人間であるなら誰でもよかったし、逆にどれほど個人的に心惹かれる相手でも、王子としての僕に相応しくない人間であれば、その人を選ぶ気なんてなかった。

 まだ6歳だとしても、第一王子、いずれは皇太子になるだろう人間としての矜持がすでに僕にはあり、その矜持に則って行動する以外の選択肢があるとは思っていないのだから。

 だから、まぁ、パーティーが始まってから、親に言われているのか自分の立場や役目、かけられている期待を察しているのか、それとも何かしらか心惹かれるものが僕にあったのかは分からないが、入れ替わり立ち替わり円卓越しに、或いはわざわざ他の円卓から僕の傍にやって来ては話しかける令嬢達の相手をしながらも、隣に座る彼女、リロウ・エンバーのことは常に気にしていたし、気を配っていた。

 あれだけ大人びた口調で話し、振る舞える彼女ならそれこそ他の令嬢達以上に自分の立場や役目、かけられている期待を察しているのだろうし、自分が最有力候補者になっていることだって気付いているはず。

 その立場からすれば、僕が他の令嬢達の相手ばかりをしていれば面白くないだろうし、このまま順調にいけば婚約者になるだろう相手に不快な思いをさせるのも得策とはいえない。

 他の令嬢の相手をしている間もそういう計算が脳内を走っていた為、他の令嬢の相手をすれば隣のリロウに話しかけたり、或いは話しかけられた令嬢の会話にリロウを誘ったりしてとにかくリロウを蔑ろにする気はない、という意志は見せていた。

 その成果なのか、それとも彼女自身が場を弁える人間だからか、或いは自分の優位性は誰であっても動かせないという自信でもあるのか、彼女は僕が他の令嬢と少し長く話し込んだり、その話の内容が楽しくて思わず笑ってしまったりしても、過剰な反応を見せることはなかった。


 ・・・というか、何の反応も見せなかった。


 変だな、と思ったのは、この中では爵位が低い方に位置する、容姿もあまりパッとしない令嬢だが、話が抜群に面白くてつい長々と相手をしてしまい、他の令嬢達のその令嬢に向ける視線が鋭く変わり始めていることに気づいた時だった。

 拙い、と思い、その令嬢の為にも不自然にならない程度に急いで会話を切ろうとしたのだが、周りの鋭い視線に気づかないのか、気づいてもこのチャンスを逃すわけにはいかないとでも思っていたのか、なかなか会話が切れずに、いっそう周りの空気が微妙になっていく中で多少強引にではあるがようやく会話を切ることができ、次は自分の番だと言わんばかりの空気を発する他の令嬢達の視線をさり気なく躱してとにかく最初にリロウの機嫌を取らなくてはと視線をリロウの方へ向けたのだが・・・、彼女は僕を通り越して、母上へ視線を向けていたのだ。

 正確にいうと、母上と視線を交わしているのではなく、少しだけ俯いた状態だった。べつに下を向いているわけではなく、少しだけ会釈をしているかのように俯いて、でも時折顔を上げて母上と視線交わす。つまり、僕を挟んだまま、母上と話をしていたわけなのだが・・・。

 リロウの機嫌が悪くなっているわけではないことには安堵した。母上としても、彼女が放置されて機嫌を悪くすることは避けたくて、それで話しかけていたのだろうと思う。だから彼女の機嫌が悪くなっていないことには安心したのだが、でも時折、視線が上がる以外、下の方に向いているままの視線の行方が多少、気にはなった。

 決して気が弱いタイプには見えない。もし気が弱いなら、最初の挨拶であんなに堂々とした台詞は口に出来ないだろう。でもそれなのに、今、彼女の視線は母上の顔の位置より少しだけ下に向いていることが多く・・・、しかも母上と視線を合わせるのが恐れ多いとか、そういう感じでもなく、何か、しっかりその下に視線を向けた位置に見つめる対象があるのだと言わんばかりにじっとそこに視線を据えている様子も気になった。

 一度気になってしまえば、当然、その視線の先を追ってしまう。追って・・・、辿った先を知った時、たぶん、気の所為だな、と自分の中の第三者がキッパリ断言する声が聞こえた。それはもう、有り得ないと言わんばかりの口調で。


 彼女、リロウ・エンバーの視線を辿った先は、母上の豊かな膨らみを持つ胸元、その谷間あたりだった。


 ・・・ように見えるのだが、有り得ないことだ。有り得ない、そう、絶対的なまでに有り得ないだろう。どうしてそんな、女性の胸元を凝視する少女がいるというのか。

 しかも、自分の婚約者候補、その中でも周りが最有力候補としている少女がそんな場所を凝視するなんて、そんなことが有り得るわけがないのだ。

 自分の中の大半が大きな声を上げ、今、目にしているものは自分の認識間違い、ちゃんと視線の先を追えていない所為なのだと説得するそれを聞きながら、僕は自分でも自覚がないままに、自然と深呼吸を二回ほど立て続けにしていた。たぶん、体がそれを必要としていたのだろう。切実に。

 そうして必要な空気を取り込んだ後、何か、今までにない緊張感のようなものを感じながら静かに口を開いた。勿論、声をかける先は視線を交わす回数は少ないながら、楽しげに会話をしている母上とリロウだ。


「楽しそうですね。何をお話しされていたのですか?」

「女性同士のお話よ」

「女性同士のお話し、ですか?」

「えぇ、そう。男性の貴方はあまり興味を惹かれる話ではないでしょうけど・・・、楽しかったわ。ねぇ、リロウ?」

「えぇっ、とても楽しかったですわ」


 声をかけると、母上はまるで内緒の話をしていたのだと言わんばかりに楽しげにその内容をぼかして答え、しかもリロウを親しげに名前で呼んでいた。

 その様子からも、リロウがそれだけ候補者として上位に立っているのが分かるのだが、すでに分かっていたことではあるので、べつにそのことに関して驚きはない。

 勿論、リロウが母上の言葉に力強く同意したのも、当然のことだから驚いたりはしない。王妃である母上の言葉をいくら公爵家の人間だからといって、否定なんて出来るわけがないのだから。

 そして母上が「私は少し他の円卓を回ってくるから、貴方達、少し二人でお話ししなさいな。まだ、あまりお話をしていないでしょう?」とそう声をかけて立ち上がったのも想定内だ。なんせ、お茶会が始まって以来、他の令嬢達がこぞって突進して来た所為で、まだ本命であるはずのリロウとは挨拶以外二人で話が出来ておらず、そうなれば母上が気を利かせて二人で話せるようにと計らうのは当然のことで。

 だから驚いたのは、そういったことではなくて・・・、母上がにこやかに立ち上がり、他の円卓へ向けて歩き出したのを見届けてからリロウへ視線を向けたその先で見つけた、彼女のあまりにも悲壮な表情に驚いたのだ。


 彼女は去って行く母上を見つめながら、まるで去って行こうとする愛しい人に縋りつく乙女のような目つきをしていた。


 何というのか、声をかけるのも憚られるレベルの目つきだった。いっそ、去って行く愛しい人ではなく、亡くなってしまった愛しい人の遺体に縋りつく乙女のようにすら見える気がする。

 そのレベルで母上が去って行く、母上との会話が終わってしまったことを嘆いているらしいリロウに驚いたのと同時に、違和感のようなものを覚えたのはその時だった。

 母上はこの国で最も高貴な女性で、振る舞いや容姿、人格、全てにおいて貴族だけではなく、平民も含めた国中の女性の憧れの的なので、母上を慕う気持ちリロウにあるのだとしても不思議ではない。

 不思議ではない・・・、が、だからといって、今日の目的は母上との交流ではなく、僕との交流のはずだし、皆、僕の婚約者として選ばれる為にここに来ているのだろうに、僕ではなく、母上ばかりをその視線で追っているのはおかしいと思うのだが。

 しかもその視線がやっぱり母上の顔ではなく、もう少し下、胸元へ向いているような・・・?


 ・・・いや、だからそれは有り得ないんだって。


「さっき、母上は女性同士の話と言っていたけれど、結局どんな話をしてたの?」

「・・・お好きなドレスはどういったものかや、今後の流行りについてや・・・、アクセサリーですとか、お花、お菓子なども、王妃様がどういったものがお好きなのか、教えていただいてましたわ」

「へぇ・・・、そう・・・」


 自分で自分の思考に否定をし、とにかく母上が与えてくれた機会を活かして彼女との交流を深めなければと思い、まだ母上を視線で追っているリロウに声をかけた。

 まず最初の掴みとして、母上が先ほど楽しげにぼかした二人で交わしていた内容に水を向けたのは、お茶会での話、しかも母上の様子からして本当はぼかさなくてはいけない話ではなく、聞いても差し障りがないことだと察していたからだったのだが、返ってきた答えに多少、何か引っ掛かりのようなものを覚えたのは、リロウの視線が全く母上から離れないことも原因だったのかもしれない。

 この国の女性の代表で、母上が身につけた物、好んだ物は服であれ装飾品であれ食べ物であれ、なんでも流行る。だから母上の好む物を知ってみたい、今後の流行りがどうなるのかを質問してみたい、という気持ちは分からなくもないのだが・・・、なんというか、リロウの答え方、その声音に含まれる熱がやけに気になるのだ。


 なんとなく・・・、本当になんとなくでしかないのだが、その熱が粘性を帯びている気がして仕方がない。


「あぁ・・・、そう、それと美容に関してもお聞きしましたわ」

「美容、かぁ・・・、女性は気になることだものね」

「えぇ、大変気になりますわ。あの美しい白い肌をどう維持しているのか、滑らかな、水分がたっぷり含まれた柔肌はどういうお手入れをされているのか・・・、大変、気になりますの・・・」

「・・・そう、なんだ。えっと・・・、美容の秘訣を教えてもらいたかったってことかな?」

「・・・たまりませんわ」

「・・・」


 ・・・流石に、誤魔化せなかった。勿論、誤魔化すべき相手は自分自身で、途中までは女性ならではの話ということにしようと全力でその方向に向かうべく返事をしたのだが、そんな僕の返事なんて聞こえていないかのように零された恍惚とした一言に、何も言えなくなってしまう。

 誤魔化し続けた違和感を形として突きつけられてしまったかのようで、なんという返事をしたらよいのか考える以前に、その突きつけられてしまったものを自分の中で消化することがまず、難しく。

 普段から維持している、自分の身分に相応しい表情が剥がれ落ちそうになる気配を感じながら、その気配に必死に抗いつつ、気づかれないように深呼吸を今度は意識的に何度か繰り返した。

 そうしてどうにか内面で起きてしまっている荒波を押さえ込もうとしている間にも、リロウの視線は母上から離れない。正確に表すなら、母上の顔より少し下あたりから、なのだが。

 もう、その事実から目を背けるわけにはいかなかった。

 母上のそのあたりへ視線を向け続けたまま、陶然とした表情を浮かべ続けているその様に、知らない振りは出来ない。今、この事実から目を逸らせば、とんでもないことになってしまう・・・、そんな危機感すら抱いて、何かに急かされるように口を開きながら辺りを伺ったのは、たぶん、予感がしていたからだ。

 ここから先は、誰にも聞かせるわけにはいかない話になる、という予感が。

 そんな予感に促されて確認した周りは、僕とリロウが二人での会話を楽しんでいるとでも思っているのか、あれだけ突進してきた他の令嬢達も今だけは遠巻きにしていたし、同じ円卓についている令嬢ですら、隣の令嬢とお喋りをしてこちらの会話を聞かないように気を遣っているようだった。

 流石に高位令嬢達なので、他人の話を盗み聞くなんてはしたないことはしないように躾けられているし、ましてや誰もがリロウが最有力候補だと察しているからか、そこに割って入ることは出来ないと察しているようだ。

 それでも開いた口が発した声は、極力抑えられていた。ただ、抑えようとして抑えたわけじゃない。本当ならそんな問いを発したくないと願う心が、無意識にその音量を抑え込んでいたのだろう。

 いくら音量を抑え込んだとしても、発してしまえばもう何の意味もなくなる問いではあったのだが。


「ねぇ、ちょっと聞いてみたいんだけど・・・」

「はい・・・、なんでしょう・・・?」

「さっきから・・・、なに、見ているの?」

「お胸ですわ・・・、王妃様の、大きな、形の良い、触り心地の良さそうなお胸です・・・」


「素敵ですわ・・・」と続いたその声を聞きながらも、咄嗟に視線を辺りに走らせたのは、勿論、今の会話を誰にも聞かれていないかどうか、それを確認する為だった。

 会話の前に一度、確認はしていたが、もう一度確認せずにはいられない事態になり、内心焦りながらも視線を走らせ・・・、幸いにも、誰かがこちらの会話に気づいた様子はない。

 問いを発した僕自身の声の音量は抑えられていたし、返事をしたリロウのそれも吐息のようで、決して周りに響くような音量の声ではないので誰にも気づかれないで済んだようだが・・・、その状態に安堵出来る段階はすでに数段飛ばしで飛び越えていた。

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