Prologue
──いつかはこの日がくると、分かっていた。
その時、自分がこの婚約者として適当ではない相手にどう対応するべきか、それを考え続けた日々だったような気がする。
ライナスは、すぐ傍にある光景をどこか第三者的に見下ろすような気持ちで、胸の内だけでそんな呟きを漏らしていた。今、この場では決して口には出せない、その気持ちを。
目の前では、冷たい印象を受けるほどの完璧なまでの美しさを持つ誰よりも貴族らしい少女が、蒼白になって震えている。
一人の少女が顔色を悪くして震える様は哀れみを覚えるものだが、彼女はそれでも顔を俯けることなく毅然とした貴族らしい態度を取り続けているものだから、そういった哀れみを買うようなことはない。同情すら、買えないのかもしれないが。
そしてそんな少女に向かい合っているのもまた、少女だ。小柄で可愛らしい、庇護欲をそそる彼女は、しかし向かいで一人で立つ少女とは違い、複数の少年に守られるように取り巻かれている。
見つめるその大きな瞳いっぱいに、涙を浮かべたままで。
誰よりも貴族らしい少女が得ることのない哀れみを、その少女は瞳に貯めている涙とその小柄で愛らしい容姿によって得ていた。
勿論、この場にいる全ての人間から得ているわけではない。少女を擁護する少年達から得ているだけで、他の者達からは苛立ちと蔑みが向けられている。
尤も、周りが向けるそれらの感情に、愛らしい少女を注視している少年達が気づくことはなかったが。
貴族の中の貴族である少女に対峙し、一部の少年達の擁護を得ている少女は、本来なら彼女に対峙することは叶わない身分の持ち主だ。
彼女が貴族の中のトップ、公爵家の令嬢であるのに対し、少女は辛うじて貴族としての地位を未だ保持しているだけの、没落寸前とまで囁かれている男爵家の令嬢、しかも後妻の連れ子で、母親はただのメイド、血筋的にも身分的にも元が庶民だったので貴族によっては少女を自分と同じ貴族とは認めていない者もいる。
それもまた、仕方がないことではあった。少女はその身分や出生を抜きにしても、貴族らしい振る舞いを覚える気がないのか、貴族の常識外の行動を多々繰り返していた為、貴族らしい貴族ほど彼女のことを面白くないと思っていたのだから。
一部の、そんな彼女の振る舞いを型に嵌った貴族らしい少女より魅力的だと見なした少年達以外は。
そしてそんな一部の少年達によって、彼女は今、守られるべき存在として国の貴族の頂点に近い場所にいる少女と対峙している。
この光景が今日この、冬季休暇前のパーティーという皆が楽しむべき日に披露されることになるのだと、予め承知していた。それが分かる前から、いつかはこういう日が来るのだと覚悟していたし、その為にあらゆる準備をしていたのだ。
そしてその日が今日のこのパーティーの日だと決まってからは、その準備も更に詳細に進められ、今、この日を迎えている。
・・・だというのに、準備を進めていたにもかかわらず、いついかなる時も冷静に判断して行動すべき第一王子である自分ですら、これから先のことを思うと、平静を保つのが難しかった。
でも、それは仕方がないことだっただろう。
もしここで何かを一つでも間違えてしまえば、自分の将来設計が大きく崩れてしまう、そんな場面に直面すれば、誰だって緊張せずにはいられないのだから。