第六話 猫童
「……!」
目を覚まし、今見たものが夢であったと知る。
それでもまだ、仰向いた自分の目に映る景色はいつもと全く違っていて。
彩はぼんやりと記憶を辿った。
そうだ、自分はいつの間にか江戸時代らしい世界に来ていて、伊織という男と、猫という少女に助けてもらったのだった。
それは夢じゃなかったのか。
落胆が、彼女の心を支配する。
既に夜は明けているらしく、戸の隙間から日が差し込み、鳥の鳴く声が聞こえた。
「…………」
そっと起き上がろうとして、足元の妙な重さに気付く。
上半身だけ起こしてみれば、重く感じた部分に一匹の猫が丸くなって眠っていた。
毛並みの整った、真白く美しい猫だった。
こんな猫、昨日もいただろうか。
そう考えて何気なく手を近づけようとすると、白猫がパチリと目を開けた。
湖面のような青色の両目が彩をとらえる。
そしてー。
「よく眠れたか、彩?」
「……?」
あの少女の声が聞こえ、辺りを見回す。
今聞こえた声はこの猫からだった気がするけれど、どうしてだろう。
「ああ、すまぬ。結局昨日は話す暇が無かったからの。ワシが猫じゃ」
「……猫、ちゃん?」
猫が猫だと名乗っている。
正しいようだが、そうではなくて。
「分かり辛いか。ならばこれで」
言うや否や、白猫は身軽に飛び上がり空中でひらりと一回転する。
そしてその足が畳に着く時には、猫の姿は昨日の少女のそれに替わっていた。
「……えぇっ!!」
「うわっ、なんだ、どうした!」
彩の声に伊織が飛び起きた。
そして目の前の二人の様子を交互に見て、この日最初の溜息をついた。
「お前……勝手なことをするなと言っただろうが。死ぬかと思ったわ」
「遅かれ早かれ教えねばならぬことじゃ。気にするな」
「気にするわ。彩を驚かすな、面倒だろうが」
「ご、ごめんなさい……私」
「あ!いや、違う。彩のせいじゃない。なんというか……」
その時、隣から壁が叩かれ、続いて男性の声がした。
『おい、朝っぱらからうるせえぞ、伊織。まさかお前、女連れ込んでんじゃねぇだろうな』
「馬鹿言うな、猫だ。小唄の練習だと。すぐ黙らせるから許せ」
返事を返した伊織は、彩に顔を向けた。
「こういうことだ。だから、しばらくは大声は控えてくれ」
「……うん」
「ていうか、今悪かったのは全面的に猫だからな。お前は反省しろ」
「ワシは昨日説明しようとしたぞ。それを止めたのがお主ではないか」
「分かった分かった、俺が悪かったよ。……でだ、彩」
「……?」
「今見た通りだ。猫は……猫童は人間じゃない。その名の通り、猫でもあるし子供でもある妖だ。周りの目もあるから、普段は子供の姿でいるが、まあ、本人が言うには猫の姿が一番楽らしいから、家の中じゃ猫になってることが多い」
「あやかし?」
「物の怪の類だな。中には人間に悪さをする妖もいるが、猫は違う。……まあ、性格には難があるがな」
「馬鹿を見捨てず支える良い妖だと言わぬか」
「……色々あるが、俺の仕事を手伝ってくれる仲間だ。彩の力にもなるだろう」
仲間、という伊織の言葉に、彩と猫はそれぞれ反応した。
とりあえず、現状そのものが異常である彩にとって、多少の異常の追加は問題ではなかった。
それに、力になると言ってくれた伊織が言うのならば、どんな姿であろうと猫は味方だ。
「うん……分かった。改めてよろしくね、猫ちゃん」
「こちらこそじゃ、彩」
猫は小さく笑った。
僕ではなく仲間だ、と。
我が主殿は、なかなか嬉しいことを言ってくれる。