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第十三話 覚悟

 幻と向き合う形で伊織、彩。

 その後ろに控えるように猫が座る。


 改めて幻の姿を見て、再び彩は驚いた。

 声のみならずその姿も、伊織の師匠と呼ぶには随分と若い。

 その一方で、随分と世慣れしたような不思議な感じのする女性だった。

 一体何歳なのだろうか。

 そんな彩の視線に、幻は妖艶な笑みを浮かべてみせた。


「可愛らしい娘子じゃないか。伊織に何かされなかったかい?」

「え?いや、そんなことは」

「……冗談を言ってる場合じゃないんですよ、師匠」

「普段ろくに顔も見せぬくせに困った時だけ顔を見せる不義理な弟子、というのはどうなんだ?何かの冗談かと思ったが」


 まだ赤みの残る鼻先をこすりながら、伊織が溜息をついた。


「……来たらこういう目に遭うから来ないんだよ」

「おや、どこかに犬でもいるのか、負け犬の声がするな」

「……気のせいでしょ。それより、ちゃんと俺の話を聞いてください」


 ようやく本題に入り、伊織は昨日からの一連の出来事を幻に話して聞かせた。

 と言っても当の彩自身ですら記憶が定かでないため、説明できることもそれほど多くはないのだが。


 幻は笑みを形作った唇のまま、終始黙って話を聞いていた。

 そしてそれは、伊織が話し終わった後も変わらなかった。


「……あの、師匠。聞いてます?」

「寝ているようにでも見えたか?」

「いや、そうは言ってませんけど」

「半分寝ていた。お前の話しぶりは昔からまどろっこしい」

「……師匠」

「彩」


 幻は、怒る伊織を無視して彩に呼び掛けた。

 それだけで、彩は何故か背中がぞくぞくするような感じがした。


「は、はい」

「見知らぬ土地では不安も多かろう。かわいそうにな。辛い時は幾らでも伊織に当たって気を紛らわすがよい」

「え?……あの」

「師匠!」

「本当に五月蝿い男だな、お前は」


 このままではいつまで経っても話が進まないと考え、伊織は真顔で続けた。


「……過去に例はありますか? 未来に時をつなげたことは」

「私はない」

「今回俺は、ただつなぐだけではなく、彩をその時代に返さねばならない。ですがそれは()()()()()()()()()()を変えることになるかもしれない。……可能だと思いますか?」

「可能かどうか……」


 ゆっくりと瞬きをして、幻は視線を伊織に戻した。

 その瞳には、先程までのどこか人を揶揄うような色が消えている。


「それを決めるのはお前自身だ。そして、不可能という答えを選ぶような弟子を育てた覚えは、私には無い」

「猫に言われました。今の前も、今も、この先も……時はずっとつながっていると」

「なるほど、お前より猫の方が余程つなぎの真実が見えているわけだ。ありがとう、猫。すまんがもうしばらく、この馬鹿弟子を導いてやってくれ」

「仰せのままに」


 猫は神妙に頭を下げて答えた。

 これまでの軽口ばかりの猫と全く違うその様子は、幻への強い畏敬の念を感じさせた。


「お前はどう思う、苦楽」


 伊織達の後ろに向かって、突然幻が声を投げた。

 彩が驚いて振り返ると、襖が開いてイケメン青年が苦笑しながら顔をのぞかせた。

 その手にはお盆とお茶、そして茶菓子。

 それを皆に配りながら、苦楽が穏やかに口を開く。


「大事なお話の途中かと、気配を消して盗み聞いていたつもりでしたが」

「お前の気配などどこにいても分かるわ、馬鹿者。下の娘さんたちはどうした」

「火急の用で、ということでお帰り頂きました」


 それを聞き、伊織が飲み込んだ茶にむせた。


「ちょっと! 皆、俺のこと恨んで帰ったんじゃないだろうな」

「怖い顔で伊織の名と住まいを聞かれたので、思わず教えてしまったけど。あれ、まずかったかな?」

「……あんたたちは揃いも揃って」


 幻が声を上げて笑い、苦楽は澄ました顔をしている。

 ちなみに猫の忍び笑いも彩の耳に聞こえた。


 伊織がここに来たがらなかった理由。

 そして、それはすぐに分かると言った猫の言葉。

 それの全てに納得が行き、彩は伊織に少し同情した。


 一方で、彼らの言葉には悪意が微塵も感じられない。

 分かりあえているからこそ言える軽口なのだろう。

 それは彩にも十分伝わった。


 -うらやましい-


 その思いは、次の瞬間、疑問に変わる。

 何故自分はそう思うのだろう。

 そんな関係を、元の世界で築けなかったのだろうか。


「……彩さん?」


 気付くと、苦楽がすぐ横にいた。

 目の前には、差し出されたお茶と茶菓子。


「あ、すみません」

「具合が悪いのではないですか?」

「いいえ……あの。……すみません、元の世界のことを考えてて」


 記憶を取り戻そうとすると、頭痛や動悸がする。

 その彩の症状については、先程幻にも説明していた。

 ただ、今朝見た夢については、まだここにいる誰にも話していなかった。


 幻は、彩が少し落ち着くのを待って口を開いた。


「なあ、彩」

「は……はい」

「ふふ、そう毎度畏まるな。伊織の様に弁えどころを知らぬのも困るがな」

「……」


 伊織はもう、口を挟む気力も無くしたようで、無言で師匠の言葉を聞いている。


「未来に時をつなぐ方法については、伊織に責任を持って調べさせる。だが、な」

「……?」

「もしも元の世に戻るとするなら、彩自身もそれなりの覚悟を持たねばならない。聞いているだろうが、時をつなぐためには相応の対価、そして戻りたいという強い思いが必要だ。今の彩からは、そこまでの覚悟が感じられん。戻るためには、失っている記憶を取り戻さねばならないだろう。……それがお前にとって吉か凶かは分からぬがな」

「……はい」


 幻の口調は決して厳しい訳では無いのに、何かを責められているような気がした。

 そう思って項垂れる彩に気付いたのだろう。

 幻はより一層口角を上げて続けた。


「それと、彩。お前が望むなら、いつでもこちらに寝泊まりするがいい。伊織ならば心配いらぬとは思うが、万一ということもあるしな」

「ないわ!」

「あ、や、大丈夫です。ありがとうございます」

「ほう、ひとまず信用されたようだな。……彩を泣かすなよ、伊織」

「……分かってますよ」

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